掃き溜め通り
魔導協会を出た後、私たちはカイラスさんに教えてもらった情報屋を訪ねるために、シャルマーン王城の城壁近くにある怪しい通りへ向かった。通称“掃き溜め通り”と呼ばれるくらい、ここは多くの犯罪者やならず者が根城にしている。いわく、栄華を極めたシャルマーンの闇なんだって。私たちはか弱い乙女だから襲われないか心配だ。
石レンガのアーチをくぐって掃き溜め通りに入ると、シャルマーン最大の闇市が広がった。違法建築によって増設された建物が空を覆っているから通りは暗いけど、帝国を始めとした様々な産地の食材が売られている。中には得体の知れないお肉とか偽物にしか見えない魔導書もあり、目利きができない人じゃないとカモにされちゃいそう。
「針を刺すような視線を感じる……カタビランカの魔導地下街を思い出すな」
「どんな都市にも裏の顔がありますからね。治安はこっちのほうが悪いみたいですが」
闇市の住民はすれ違うたびに品定めをするような目で私たちを睨んでくる。腕が立つかとか、軍人じゃないかとか、色々と観察しているのだろう。
魔導地下街の雰囲気は心地よかったけど、掃き溜め通りの空気はあまり好きじゃない。魔導地下街と違って殺伐としているし、よくわからない香が焚かれていたり、明らかに精神状態のおかしな人が道の端っこでうずくまっていたりする。衛生管理も最悪だ。“ヒロック蛙のスープ“と書かれた看板のお店で、たくさんのお肉が大鍋で煮込まれていたんだけど、同じぐらいたくさんの蠅も鍋にたかっていて、店主は気にせずに蠅ごとすくって客に渡したし、タロッコパイを売っている店は、焼き上げる釜を一度も洗っていないのか、近寄っただけで腐臭が漂った。たまに頭上の建物から濁った水が垂れてきたり、足元の排水溝から虫が這い出て住民の服に入り込んだりもする。
とにかく人も物も多い。シャルマーンの繁栄から弾き出された人々が掃き溜め通りに集まっている。
人混みに紛れたスリやならず者。窓を開けて誘惑する娼婦。魔導薬がこぼれて変色した地面。白昼堂々と横行する人攫いや、魔術の暴発で吹き飛んだ店の一角。堕落騎士の決闘場と化した裏路地……。
「こう見るとカタビランカは、うまく住民同士で助け合っていたんですね。問題が起きれば義勇兵が駆けつけましたし、魔導地下街だって独自のルールがありました。貧民外も一度は大雨に沈みましたが、住民たちが力を合わせて復興しました」
「表社会はフィリップ隊長が、裏社会はマダム・リンダが支配と統治をしていたからな。善性の是非はともかくとして、共通する規則というものはやはり重要だ」
「規則なき社会に未来なし、ですか。そういう意味ではシェミールの惨状は切羽詰まっているのかもしれません」
とりあえず情報屋の居場所を見つけないといけない。カイラスさんには掃き溜め通りのどこかで活動しているとしか聞いていないから。
「おじさん、腸詰めを二つください」
「……毎度」
店主が値踏みをするように私たちを見たあと、エマの身なりに納得して腸詰めの串焼きを渡してくれた。受け取って代金を払う。串焼きの片方をエマに渡すと、彼女は片方の眉を器用に上げて「大丈夫な肉だろうな……」と小さく呟いた。まったく、エマは騎士なんだから多少腐っていても食べられるだろうに。
「ちなみにおじさん、ここらで“義足の技師“を知らないですか?」
“義足の技師“というのは情報屋のことだ。彼はパラアンコを憎んでいて、パラアンコの内部情報や軍事機密を集めてはシャルマーン軍に売っているらしい。もちろん街の情報にも詳しく、もしも味方につければとても有力である。
「お前さんたち、正規軍の人間か?」
「違いますよ。別の街から来ました」
一瞬、店主は警戒したような素振りを見せたけど、私たちが明らかに軍属とは思えない格好と年齢だったから警戒を緩めた。たぶん、相手が軍属だと厄介なことになるんだと思う。明らかに違法なものも売っていそうだし。
「義足の技師……俺らは“ 家無し“って呼ぶ」
「家無し?」
「腕は確かだが正気をちょいと失っていてな。こんなふうに様子がおかしいんだよ……」
店主は片足で立つと表情を歪め、腰を丸めて丸鍋を頭にかぶり、タチの悪い物真似のようなものを始めた。
「家無しは人の話を聞かねえ。でもパラアンコの名を出すと、とたんに目が輝くんだ。もちろん嫌な輝きだよ。戦場帰りの元軍人みたいにギラついてやがる」
大鍋がぐつぐつと煮立っているけど、店主は話に夢中で気づかない。あふれ出したスープが机の上に落ち、その上にボトボトと腸詰めも落ち、まるで氾濫した川のように机が水浸しになる。
「街に来てすぐの頃はまだ話が通じたんだが、薬をやってからは本格的におかしくなっちまった。大人しく会話をしていると思いきや、薬が切れた途端に暴れ出す。そしていつも、気が狂ったように娘の名前をぶつぶつと呼ぶのさ……ミレッタ、ミレッタ、ってな」
エマと顔を見合わせた。エマの左手は今にも腸詰めを口に運ぼうとして固まっていた。
「パラアンコを憎む片足の技師。家族を失った哀れな男。 家無しさ……おや、あんたら、心当たりがあるのかい?」
「その人はどこで会えますか?」
「二つ先の角を曲がって突き当たりまで進むと、ガラクタがたくさん積まれた階段がある。そこを登って一番奥まで行けばいい。呼んでも聞こえないことがあるから注意しろよ」
なるほど、掃き溜め通りに住んでいるという情報は正しかったようだ。お礼を言うと店主は人が良さそうに笑った。
「それじゃあ嬢さんたち、素敵な旅を。掃き溜め通りへようこそ」
私たちは路地を歩いた。掃き溜め通りの奥へ、悪意と欲望、腐敗と誘惑、金の匂いと犯罪にまみれた世界へ足を踏み入れた。




