↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
献身欲求  作者: 畑中みね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

121/161

魔導協会シェミール支部の騒動

 

 シャルマーンの王都・シェミールは、赤硝と呼ばれる赤い石材をふんだんに使った美しい街だと聞いていた。砂漠で生まれた奇跡の街。水と緑、そして宝石にあふれた輝かしい王都。

 それだけ発展した都市だ、厳しい検閲がされているはず。そう思っていたけど、いざ到着すると街の入り口に衛兵が居らず、私たちは不気味なほどすんなりと中に入ることができた。そして壁の内側には、不穏な空気が漂うシェミールの街並みが広がっていた。

 道端には浮浪者が倒れ、ショーウィンドウの品物はことごとく奪われ、ボロボロになった魔女新聞が地面に落ちている。街路樹は瑞々しさを失い、花壇の花もしおれて元気がない。


「暗い街だな。カタビランカの貧民街と似ていると思わんか?」

「住民の雰囲気が沈んでいるからでしょう。日が昇らないせいで空気が湿っているし、風に乗って血の香りもします。街灯が届かない場所は何が潜んでいるかわかりませんよ」


 シェミールに到着したのは昼過ぎのはずなのに、街全体が夜に包まれている。そのせいで外を出歩く人が少ない。閑散とした中央通りを、魔導ランプがポツポツと照らしている。エマの言うとおり、暗い街だ。

 でも、満天の星空が広がっているのは綺麗だと思う。月がとっても大きいし、なんだかロマンチック。


「シェミールは昔から日が昇らない街なのか?」

「そんなはずありません。むしろ太陽の光が赤硝に反射して、街を赤く染めあげると書いていました」

「なるほど。つまり、日が昇らなくなる何かが起きたわけだ」

「十中八九、ルドウィックさんの仕業だと思いますよ」


 路地を歩いていると水滴が落ちる音がする。気温が上がらないせいで雨が乾かないのかな。吐く息も白いし、冷たい風が吹くたびに体が縮こまる。私はエマの手を握りながら歩いた。


 シェミールの街並みは古風だ。石造りの住居がところ狭しと建てられているから、道を忘れると迷っちゃいそう。こんなときにポルナード君がいたら、音魔術で道を探しながら案内してくれるんだけどね。彼、アイゼンで元気にしているかな。

 すれ違うたびに、住民が落ち窪んだ瞳で私たちを見つめてくる。まるで品定めをされているみたい。迂闊な旅行客なら追い剥ぎをしてやろう、なんて考えているのかな。よく見ると、住居の玄関や窓の隙間から行き交う人々を観察する住民がいる。私とエマの呪痕を見て襲いかかる人はいないと思うけど、警戒したほうがいいかも。


 街全体が静まり返っている。カタビランカと違って酒場で喧嘩をする声もしないし、客を呼び込む露店や娼婦もいない。道端で噂話をする婦人の姿もない。夜がみんなの話し声まで隠しているのかもしれない。


「どこに向かっているんだ?」

「シェミールの魔導協会です。まずは情報を集めましょう」


 エマが意外そうな顔をした。


「お前が協会に顔を出すなんて珍しい。魔女だと騒がれるから嫌なんじゃないか?」

「そりゃあ行きたくないですけど、ここらで正確な情報を集めるなら協会が一番ですから。エマもそろそろ階級を更新したほうがいいんじゃないですか?」

「時間があれば騎士協会に足を運んでもいいが、他国での更新は手続きが面倒なんだ。それに私はもう一級騎士だと自負している。今さら認定は不要だろう」


 さすがに一級は言い過ぎだと思いますけどね。アルジェブラさんですら準一級止まりだし。


 ちなみに部隊のみんなは別行動をしている。全員でシェミールに入ったら武力行使だと勘違いされちゃうから。なにせもうラプタ小隊は大隊規模だからね。協力関係を結ぶために来たのに敵対したら意味がない。

 だから私とエマ以外の隊員は街の外で待機している。といっても様子を見て大丈夫そうなら少しずつ街に入るつもりだ。たぶんトールマンが率いる斥候部隊はすでに動き始めているんじゃないかな。彼らなら特に指示を出さなくても必要な情報を集めてくれるはずだ。


 やがて前方に魔導協会のシェミール支部が見えてきた。呪痕を刻んだ魔術士がせわしなく出入りしている。協会に来るのはいつぶりだろうか。道中で買った帽子を深めに被り、懐かしい気持ちで入り口をくぐった。


 ◯


 魔導協会シェミール支部の職員であるカイラスは、今日も陰鬱とした街の空気に嫌気をさしながら仕事に従事していた。一ヶ月ほど前、王城で激しい戦いが起きてから街の様子は一変した。朝になっても太陽が昇らず、治安を維持していた正規軍も姿を消した。そのせいでならず者や犯罪者が急増し、わずか数日でシェミールは出歩くのも危険な街になってしまった。


 原因は不明だ。しかし協会職員のカイラスは、間違いなく魔女の仕業だと確信を持っている。街を一つ、それも大国の首都を一夜で一変させてしまうような所業は魔女にしかできない。


「シェミールはどうなってしまうのか……」


 何度目かの重いため息を吐いた。最近は正規軍がするべき治安維持の仕事も協会に頼まれるようになり、日に日に忙しさが増している。なのに給金は増えるどころか減るばかりであるため、早々に辞職した職員も少なくない。といっても辞めた彼らがシェミールでまともな職に就けるとは思えないため、わずかな蓄えで他の都市に逃げるか、もしくはシェミールの地下でならず者の一員になっているかのどちらかだろう。


 自分もさっさと見切りをつけて逃げるべきか。悩みながら書類の整理をしていると、協会の扉が開いてカランカランと呼び鈴が鳴った。入ってきたのは二人組の女性だ。片方はつば広のとんがり帽子を被っているため顔がわからないが、おそらくカイラスの娘と変わらない程度の年齢だと思われる。


「やあ、今日はどんな用事で?」


 カイラスが話しかけると、二人組の小さいほうが口を開いた。


「街に到着したばかりなので、情報が欲しいです。どうしてシェミールは夜が明けないんですか?」

「おやおや、こんなときに……悪いが我々も何が起きたかわからないんだ。噂によると魔女が城を襲撃したって話だが、目撃者はいない。何もかもが王城を覆う城壁の中で起きたってわけさ」

「正規軍はどこへいったんです?」

「どこだろうなあ。居場所がわかれば俺も菓子折りを持って訪ねるんだが」


 正規軍はすべてが消えたわけではない。都市の外へ遠征をしていた部隊や、他の都市から巡回して来た部隊が少数ながら駐在している。だがいくら屈強な正規軍といえども、広大なシェミールの治安を維持するには人数が足りない。

 カイラスの反応に少女は困った様子を見せた。


「どうしましょうかエマ。騎士協会にも足を運んでみます?」

「いや、魔導協会が状況を把握していないなら向こうも同じだろう……なあ、あんた、ここらで評判の良い情報屋は知らないか?」


 女騎士はたいそう使い込まれた盾を持っている。それも少女の体ならすっぽりと隠せそうな大盾だ。最近は攻めを重視する戦い方が主流であるため、盾持ちの騎士は珍しい。それも若い女性となればシェミールでも滅多に見かけない。

 女騎士の装備をまじまじと見つめていたカイラスは、質問されたことに気づき、ハッと我に返った。


「情報屋か……いくつかあるが、表立った場所で活動していないからお勧めはしない。もしも行くなら自己責任だ」

「それでいい。場所を教えてくれ」

「ああ……」


 カイラスは情報屋の場所を教えた。協会の職員としてあまり危険な場所を教えるべきではないのだが、女騎士の風格を見て問題ないと判断した。


「助かる。ありがとう――」


 女騎士の言葉を遮るように、協会の入り口が蹴り破られ、ぞろぞろとガラの悪い集団が入ってきた。


「邪魔するぜ協会の犬ども! てめえらが独占している物資と食糧をちょいと分けてほしくてなぁ!」

「なっ、なんだね君たちは! 協会は独占しているのではない! 有事に備えて住民に配給できるよう蓄えているんだ!」

「なら今がその有事ってもんだろう! いいから出せ!」


 対応していた職員が殴り飛ばされ、周囲から悲鳴が上がった。あっという間に緊迫した空気になる。協会には数名の魔術士が常在しているのだが、対するならず者たちも呪痕を刻んでいる者が多く、戦闘が始まれば双方に多くの被害が出るだろう。

 カイラスが小声で二人組に呼びかけた。


「……二人とも、早く裏口から出なさい。あれは最近影響力を広げているギャングの一つだ。奴ら、襲う店がなくなってついに協会まで手を出し始めたのか……」

「お兄さんはどうするんです?」

「俺はあんたらが逃げたのを確認してから奥に隠れるさ。残念ながら非戦闘員なんでね」


 カイラスの言葉に少し思案した後、少女は女騎士の腕をちょいちょいと引いた。それだけで女騎士は少女の考えを察し、嫌そうに口を曲げた。それでも少女の好きにさせるつもりなのか、女騎士は「騒ぎを起こすと後が面倒だぞ」と言いながら少女と一緒に入り口へ向かった。


「お、おい、あんたら……!」


 大丈夫、とカイラスの呼びかけに手を振って応え、二人はならず者たちの前に立った。

 かたや帽子で顔が見えない小さな魔術士。かたや使い込まれた装備をまとう騎士。ならず者たちの警戒は当然ながら騎士に向けられる。


「なんだお前ら。協会が雇った用心棒か?」

「協会を襲うのは勝手ですが、あそこのお兄さんは見逃してくれませんか?」


 ならず者たちが顔を見合わせると、小馬鹿にしたようにくつくつと笑った。


「残念だが嬢ちゃん、あいつが倉庫の管理人なんだ。見逃すわけにはいかねえな」

「そうですか。残念ですねえ、私は荒事が苦手なんですが」

「ハッハ! やり合おうってか嬢ちゃん! 威勢が良いのは結構だが、喧嘩を売る相手は考えな!」


 ならず者の一人が魔術を放った。準二級相当、速度と精度は中々のものだ。思わずといった様子でカイラスがカウンターから飛び出そうとする。

 しかし女騎士が大盾を少女の前に構え、ならず者の魔術をたやすく弾いた。よく見ると、盾の表面には耐魔術用の魔導回路が組まれている。あれだけで金貨何枚分だろうか。倉庫番のカイラスは無意識に勘定した。


「てめぇら容赦するな! 用心棒なんてさっさと片付けろ!」


 無数の魔術と矢が打ち込まれた。部屋の一角を吹き飛ばせそうなほどの数だ。流石にやり過ぎだろう、と数名のならず者が嘲笑う。

 しかし次の瞬間、女騎士は鮮やかな盾捌きで魔術を受け止め、矢を斬り払った。カイラスが目を見張る。あれだけの魔術を受けながらも、女騎士は少女の前から一歩も下がっていない。まさに不動。難攻不落の鉄壁を彷彿させる守備である。


 カイラスは二人組の後方にいたため状況を把握できたが、ならず者たちは向かい合っていたため、自分たちの魔術による光や破壊された足場の煙によって視界を遮られていた。ゆえに彼らは油断する。よもや鎧に傷一つ付いていないとは思うまい。


「おいおい、相手はたった二人だろう……」


 やがて煙が晴れるとならず者たちは言葉を失った。しゅうしゅうと蒸気を上げながら盾を構える女騎士。その屈強な気配はさることながら、彼らの視線はその背後、爆風で帽子が吹き飛んであらわとなった、少女の呪痕に向けられた。


「荒事が苦手、とは。いったいどの口が言ってんだか」


 女騎士のつぶやきに少女が顔を上げる。頬に刻まれたおぞましい呪痕。藍に近い深緑の髪。引き込むような暗い目。

 ならず者たちは、それなりに場数を踏んだ戦士だ。ゆえに理解する。あの少女が手を出してはいけない存在、否、この場にいてはならない存在であると。頬まで成長した呪痕は上級魔術士の証。一級ならばまだ幸運。もしも魔女に名を連ねる者であれば――。


「ひっ、ひぃっ……こいつ、まさかパラアンコの……」


 少女の呪痕から黒い魔導元素があふれ出し、大弓となって構えられた。堂に入った姿勢だ。ぐんぐんと周囲の魔力が少女の矢に集められる。


「苦手ですよ。だって加減ができませんもの」


 次の瞬間、少女の手から放たれた矢がならず者たちの足場を穿ち、魔力暴走による爆発を引き起こした。カイラスは思わずカウンターに体を隠す。ガラガラと床の崩れる音が聞こえ、立っていられないほど足元が揺れた。


 揺れが収まってからおそるおそる顔を出すと、先の喧騒が嘘のように入り口は静まり返っていた。ならず者の姿はない。死体はおろか、存在ごとかき消された。


「あーあ、やっちゃいました。これで協会は出禁です」

「だから私は嫌だったんだ。この大事なときに問題を増やしてどうする」

「仕方がなかったんですよお。ラプタ小隊の信条は人助けだもん。エマだって反対しなかったじゃないですか」


 世間話をするかのような口ぶりで話す二人組。帽子が取れ、正体を現した少女。

 魔女だ。カイラスは心の中で呟いた。隣国パラアンコで誕生したという、歳若き腐敗の魔女。風の噂で知っていたが、まさかシェミールにいるとは予想できない。


「それではカイラスさん、ありがとうございました。危険な街なので十分に注意してくださいね」


 魔女は晴れやかな笑顔でカイラスにお礼を言った。彼はあまりの事態に返事ができない。言葉を窮するカイラスをよそに、魔女と女騎士は開放的になった入り口から外へ出た。あとには原型を留めない死体と、状況を理解できていない協会職員だけが残された。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。