これも一つの魔女集会
学院に到着した私たちは真っ先に服を着替えて暖炉の前に集まった。互いに身を寄せ合いながら冷えた体を温めていると、団子になって眠ったアイゼンでの日々を思い出す。学院が冬季休暇で閉鎖していたのは幸いだ。生徒がいないおかげで空き教室が多く、私たちが押しかけても問題ないほど部屋が余っている。
「予定よりも到着が遅れたな」
「審問官と交戦したり、大雨に見舞われたりしましたからねえ。むしろ早いほうじゃないですか?」
「ナヲー」
ナヲが気持ち良さげにぷるぷると震えた。暖炉の温もりやナヲの柔らかな毛なみに触れていると、本来の目的を忘れてしまいそうになる。部隊のみんなも疲れているようで、うつらうつらと船を漕ぐ隊員が多い。エチェカーシカなんて我が物顔で暖炉の近くを陣取って寝ている。
私はみんなを起こさないようにそっと立ち上がると、唯一まだ起きているエマに視線を送った。エマはすぐに私の意を汲んで立ち上がった。ナヲは眠そうだからトールマンの首もとに預けておこう。
二人で静かに談話室を出た。夜の学院はすべての明かりが消えて閑散としており、まるで別世界のように冷たい空気が流れている。窓の外はしんしんと雨が降り続け、ぼやけた世界に街の街灯がぽつぽつと灯っているのが見えた。
「前に訪れたときを思い出しますね。あのときは見てまわる時間がありませんでしたが」
「王女の捜索で手一杯だったからな。お前は随分とお楽しみだったようだが」
「なんのことでしょうかねえ」
私は真面目に錬金術を学んでいただけですけどね。結果的にカロリーネ王女とも出会えたわけだし。まあ実際はカロリーネ王女に扮したメルメリィ教授だったんだけど。
懐かしい気持ちで学院の階段をのぼった。学院内の明かりが消えているのは冬季休暇だからだろうか。月明かりすら陰り、手元のランプがないと一寸先も見えない。不気味な夜の世界。改めてここは魔女の領域なのだと実感する。
「以前に戦った痕跡は綺麗に消えていますね」
「離れるなよメヴィ。はぐれたら迷子になるぞ」
「言っておきますけど方向音痴はエマのほうですからね?」
エマがそっぽを向いた。都合の良いときだけ聞こえないふりをするんだから。
結局、見回りの教員すら出会うことなく最上階に着いた。私たちは記憶を思い出しながら、ピッチとメルメリィ教授の密会部屋に向かった。前は隣の部屋から覗き穴を使って室内の様子を確認してから入ったけど、今回は誰が待っているか知っているため、正面から扉をノックした。
「入りなさい」
メルメリィ教授の声がした。扉を開けると、メルメリィ教授が奥の椅子に座っている。魔女としての恐ろしさを知らなければやっぱり綺麗な人だ。きっと今も地下の霊廟で眠っているのだろう。
メルメリィ教授の他にもう一人、魔女の姿がある。砂漠の少数民族に伝わる衣装を着た褐色の少女・エレノアだ。彼女はぶっきらぼうな顔で柱にもたれかかって本を読んでいる。エマが剣に手をかけた。一歩前に出ていつでも応戦できる格好になる。私もひそかに魔力を流した。即座に戦える構え。
「そう警戒するな。私に争う気はない。それにここはエレノアのお膝元。下手に学院を破壊すればそこの性悪が激怒するぞ」
「貴様の雨で我々の部隊に被害が出たのだが?」
「それはお前たちが勝手に雨雲の下へ突っ込んだんだろう。私はただ学院でのんびりと歴史書を漁っていただけだ」
エレノアが本を閉じて机に置いた。表紙に「海洋国家フィデルマの神秘」と書かれている。もしかして次のエレノアの目的地かな。フィデルマと言えばずっと東にある海の国だ。エレノアの場合、海を渡ろうにも大雨で船が沈んでしまいそうだけど、どうするつもりなのだろうか。
ちなみに「誰が性悪ですって?」とメルメリィ教授が腹を立てていた。
「それじゃあ、私たちの間のわだかまりは解消されたってことでいいですか?」
「ああ、お互い綺麗に忘れよう。私とてお前がルーミラの弟子だとわかっていれば争わなかったさ。いや、今は腐敗の魔女か」
「献身の魔女です」
「呼び名とは他者が決めるものだ。ほら、見てみろ」
エレノアから魔女新聞を投げ渡された。嫌な予感がしながら記事を見ると、一面に「腐敗の魔女、プーレリアの地に誕生する」と書かれている。ああ、もう、ルドウィックさんめ!
「似合っているぞ」
「余計なお世話です」
エレノアにお世辞を言われたって嬉しくないやい。
というか、この大雨はやっぱりエレノアの仕業だったんだ。彼女には悪意がないというか、私たちが勝手に雨雲の下に向かってきたんだろうけど、それでも少なくない損害が部隊に出たのだから遺憾である。本当は文句の一つでも言いたいところだけど、我慢。こんな場所で魔女を二人も相手にしたくないもん。
「なぜエレノアがいるんですか?」
「とある教授の研究に期待しているんだ」
「とある教授?」
「ウッドブラット教授よ」
メルメリィ教授が言葉を継いだ。
ウッドブラット教授といえば錬金術でお世話になった先生だ。随分とくせのある人物で、大釜がイタズラされたときも私が犯人だと決めつけてきたのを覚えている。だからあまり好きじゃない。
「この子、呪痕を消したいんだって。変わっているわよね」
エレノアの眉がピクっと跳ねた。変わっていると言われたことが不満らしい。間違いなく変わっていると思うけど。
「私はただ青空を見たいだけだ。魔女をやめたいわけではない」
「同義でしょうに。というかあなたが学院に来たせいで魔女集会の老婆どもに睨まれているのよ。力関係が偏っている、魔女協定に反するぞ、とか言われてたまったもんじゃないわ」
「私は貴様と手を組んだわけではない。そうだ腐敗の。お前の力でもう一度私の呪痕を消してみないか。うまくやれば研究の成功を待たずにすむ」
「それほど便利な力じゃないです。魔女の呪痕を消そうとしたら、半身が腐敗で爛れるんじゃないですかね。たぶん、すっごく痛いですよ?」
「痛いのは勘弁だ。そんなことをされればお前を殴り飛ばすかもしれん」
「ひええ、横暴な」
エレノアが滅茶苦茶なことを言う。素直に呪いくだしの完成を待ってください。
私はまだ魔女集会とやらに顔を出していないけど、もしかしたらルル婆の屋敷に招待状が届いていたりするのかな。まったく興味がないけれど、もしルル婆がついてきてくれるなら一緒に出てみたい。エマも護衛という名目で連れていけたら嬉しいな。
「呪いくだしってメルメリィ教授のために研究しているんですよね。完成したら、メルメリィ教授も呪痕を消すんですか?」
私が気になっていたことを尋ねると、メルメリィ教授は困ったように眉をよせた。
「どうしようかしらねえ。私はそれほど今の生活に不満がないし、今さら現実世界に戻る気もないんだけど……でも、ルディが望むんだものねえ」
「そういえば、ルドウィックさんはどこにいるんですか?」
「今はシャルマーン王城に向かっているわ。私は止めたんだけど、彼、聞かなくって……」
ルドウィックさん、学院にいないんだ。最近は呼びかけにも応じてくれないし、記事のネタを寄越せと現れることもない。珍しいなと思っていたけど、どうやら立て込んでいるみたい。
私たちの最終的な目的は、フィリップ隊長と戦うための戦力を手に入れることだ。そのためにシャルマーンまで来た。まずはルドウィックさんに会って交渉したかったんだけど、学院にいないのは困ったな。
「そっか。呪痕を消したら、私もルディと一緒にまたお出かけができるのねえ……」
メルメリィ教授が遠い目をしながらトリップしちゃった。仕方なくエレノアに尋ねる。
「ルドウィックさんはいつから学院を離れているんですか?」
「二月ほど前からだ。目的も告げずに飛び出していった。狂人の考えることはわからんな」
エマが「ああ、まったくだ」とエレノアを見ながら頷いている。気付かれそうだからやめなさい。
でも、そっか。ルドウィックさんが学院にいないとなると、今後の動きが変わってくる。学院に残って彼の帰りを待つか、それとも王城に出向いて直接会うか。待っていても彼が帰る保証はないから、王城に向かうほうが早いかな。
みんなを連れていくかは少し迷っている。シャルマーン王城なんて敵の本拠地だからね。うまくルドウィックさんと会えればいいけど、最悪の場合は私たちだけでシャルマーン軍の王都軍と戦う可能性もある。それだけは避けたい。
でもきっと、残していくと言ってもエマや部隊のみんなは聞かないんだろう。困った人たちだ。私が隊長だというのに命令を無視するんだから。
気づけば退けないところまで来てしまった。進み続けるしかない。活路は前にしかない。わかっていつつも、尻込みをする。私一人なら構わないのに。
窓の外を見た。分厚い雨雲のせいで、いつにも増して暗い夜が広がっている。進み続ければ暗闇は晴れるのだろうか。私たちの未来もこの夜空のように暗いものだろうか。
なんとなく予感がした。より大きな戦火が近づいている。いや、今もなお、戦いの炎がうねりを上げながら燃えている。栄光玉砕の高笑いがどんどんと大きくなっている。決戦の時は近いのかもしれない。私は無意識にエマの袖を握った。




