不穏な道中
私たち、ラプタ小隊はアイゼンを出発した。祝福教会の信徒はいい人ばかりだったから、本当はもっと街で過ごしたかったけど、残念ながら時間は残されていない。フィリップ隊長が攻め込む前に、私たちはシャルマーンへ入国する必要がある。
シャルマーンに連れて行く部隊は全員ではない。ポルナード君を筆頭に、何名かの隊員をアイゼンに残した。理由は様々だ。怪我をしていて遠征に耐えられないからとか、パラアンコ国内の情報を知るための拠点にしたいからとか、もしくは、戦いに向いていない隊員はアイゼンに残ってほしかったからとか。
そうして私たちは馬にまたがってパラアンコの西部、原初の森と呼ばれる深い森林地帯を走っている。審問官による邪教徒狩りが勢いを増しているから街道は通れない。接敵しないように注意しながら北を目指す。
このあたりは開拓が遅れている影響で小さな農村が多い。そして農村に住む人々の多くが祝福教会の信徒か、もしくは逃げ延びたカーリヤ族だ。信徒の村であれば交渉次第で補給を受けられる。私たちは普段よりも広めに斥候を出しながら進んだ。
「フィリップ隊長は今どこにいるのだ?」
「王都で民衆を煽っているんじゃないですかね。人気取りも為政者の仕事ですから」
「ふん、お忙しいことだ。そのうちトルネラと並んで王都を凱旋するかもしれん」
「そうなったら私たちはアイゼンで凱旋をしましょうか」
想像すると楽しそうだ。この戦いが終わったらぜひ部隊のみんなでやろう。
「よくもまあ、フィリップ隊長の本性が暴かれないものだな」
「栄光玉砕、という呼び名すら国民は知らないと思いますよ。貴族や商人ならまだしも、貧しい人々は魔女新聞を買う余裕すらありませんから。議会の声明が彼らにとっての真実になるんです」
そう考えると真っ先に議会を掌握したフィリップ隊長は流石だね。いつから計画していたのだろうか。義勇兵を設立したときから? それとも、もっと前?
「それで、なぜお前も一緒にいるのだ?」
エマが後ろを振り返った。私たちの少し後をぴったりと引っ付くように、滑らかな金髪の少女が馬に乗って追いかけている。祈祷士にも関わらず彼女の馬捌きは見事なものだ。
「不肖エチェカーシカ、魔女様のお役に立てるよう尽力する所存です!」
意気揚々と叫ぶエチェカーシカ。アイゼンに残ったほうが安全なのに。
ついてきたのはエチェカーシカだけではない。なぜか、祝福教会の信徒が私の部隊に加わっている。それも結構な数だ。おかげでラプタ小隊は総勢千人を超え、複数の部隊に分けて行軍をしている。もう小隊って規模じゃないね。
「祈祷士がいるのは助かりますけどね。アイゼンで腕を上げたんでしょう?」
「そうなんですよメヴィさん! いや、メヴィ様! うちのおっそろしい先輩に鍛えられたので、少なくとも足手まといにはなりませんよ!」
そのおっそろしい先輩、あなたの後ろで鬼の形相をしていますけどね。
実際のところ、パラアンコでは邪教と呼ばれているけど、サルファの祝福教会は侮れない勢力だ。最近では帝国でも信徒が増えつつあるとか。そんな祝福教会が私たちの後ろ盾になってくれるのは結構ありがたい。治癒士は教会にしか在籍していないし。おかげで治療薬も以前より安く手に入る。
「エチェカーシカに様付けで呼ばれるのは慣れないので勘弁してください」
「はぅ、つまり私たちは親密な仲と言いたいのですね!」
「そうは言っていませんが――」
「えへへ、共にカタビランカで過ごした日々は濃密でしたが、はっきりと言われると照れちゃいます。そうだ! 今夜は私が体を拭いてさしあげますよ! そのついでにちょーっとばかし、メヴィさんの呪痕を触りたいなー、なんて!」
とんでもない娘だ。今夜はエマの隣で寝ることにしよう。
そのままエチェカーシカの暴走がヒートアップするかと思ったけど、斥候に出していた部隊が帰ってきたから彼女との会話は切り上げた。
「メヴィ隊長、ご報告します」
「お帰りなさい。どうしました?」
「この先を東にそれた場所で、村が審問官に襲われているようです。住民が信徒かはわかりませんが、いかがします?」
脳裏に地図を広げた。私たちは西方蛮族が使っていた交易ルートの近くを走っている。順調にいけばあと十日ほどでシャルマーンに入国する予定だ。
「助けにいきましょう」
「急いでいるはずですが、よろしいので?」
「寄り道をするぐらいの時間はあるでしょうから」
人助け。いい響きじゃないか。なにせ私は“献身の魔女”だし。人命救助も私の使命です。
「また変なことを考えていないだろうな」
「エマは私を何だと思っているんですか。そろそろナヲにもまともな食事をさせてあげたいし、村があるのは助かります」
「ナヲー」
さっきまで心地良さそうに寝ていたナヲが首元で鳴いた。食事、という言葉に反応して起きたらしい。相変わらず食いしん坊な子だ。ちなみに結構な量の食糧を用意して出発したけど、すでに心許ない数にまで減っている。原因は、言うまでもない。
「部隊に通達! 速度を上げて襲撃中の村に向かいます! 斥候部隊は引き続き、敵の情報を集めてください!」
私たちは風のように森の中を駆け抜けた。長い逃亡生活のおかげで、ずいぶんと森での動きが上手くなった。早送りをするように木々が過ぎ去っていく。
前方から戦闘の音が聞こえた。叫び声や金属のぶつかり合う音、砲撃による爆発、魔術の光。灰色の煙が木々の向こう側で昇っている。戦場とは少し違う音。怒声よりも、悲鳴が多い。
じんわりと呪痕が熱くなった。私の体からあふれ出した魔力が尾を引き始める。部隊のみんなが事前に察して距離を取った。近くにいるのはエマだけ。
「いきますよエマ! 突撃です!」
「前に出すぎるなよ!」
「善処します!」
木々の間を思いきり飛び出した。ちょうど、農民に襲いかかる審問官の姿が目に入る。彼がこちらに気づくと同時に、腐敗の棘で頭を吹き飛ばした。飛び散った血をかぶった農民が悲鳴を上げた。
ざっと見たところ、審問官だけじゃなくて、移動砲台が五つ、魔術士部隊や騎士隊もいる。どうやら大部隊を率いているようだ。たぶん、複数の村を移動しながら襲っているのかな。
「敵襲! 邪教徒の援軍だ!」
敵の指揮官が叫んだ。すぐさま私に目がけて無数の魔術が飛んでくる。
「ふふん、この程度!」
翼のように魔力糸を広げた。腐敗の魔導元素が、触れたそばから敵の魔術を飲み込んでいく。あっという間に敵の魔術はほとんどが消失した。呆然とした敵指揮官の姿が見える。
そのまま広げた魔力糸から何十、何百という、小さな腐敗の棘を生み出した。もはや棘のない場所を探すほうが難しい。同じ大きさの棘がずらりと並ぶ様は、我ながら美しい光景だ。
「ま、魔女だ! 総員構え!」
敵指揮官が震えた声で指示を叫んだ。審問官たちが大きな盾を地面に突き刺して構える。その重厚感はまるで鉄の塊のよう。なにせ彼らは名前こそ審問官に変われど、パラアンコをずっと守り続けてきた猛者なのだ。勇敢な名も無き兵士たちが盾の奥から私を睨んでくる。
私が呪痕に力を込めると、解き放たれた棘が一斉に審問官を襲った。尊厳も、命も、容易く腐敗が貫いた。
「シャルマーンの赤蟻ぐらい、魔術に耐性があれば違ったかもしれませんね」
おびただしい数の死体が広がった。今に始まったことじゃないけれど、だんだん私の感覚が麻痺してきた気がする。死体の中に、かつて共にシャルマーンと戦った兵士がいても、私は何も感じない。むしろ皆の分も頑張ったのだと気持ちが高揚する。
ふと気づいた。これが魔女だ。この理不尽なまでの力こそが魔女なのだ。魔女は恐れない。魔女は罪悪感を抱かない。魔女は、負けない――。
ふと空が陰った。見上げると大きな塊が私に目掛けて飛んでくる。
「メヴィ、投石だ!」
私の前に大きな盾が構えられた。直後、両手を広げたほどの岩が盾とぶつかり、周囲に破片を飛び散らした。
「一応、自分でも対処できましたよ?」
「お前は力を使いすぎると困るだろう。守りは私に任せておけ」
「むう、たくさん治療薬があるので私は困りませんが」
「私が困るのだ」
エマの心配性め。でもありがとう。気持ちは嬉しいです。
異変に気づいた敵兵が続々と集まり始めた。対して、後続のラプタ小隊も到着した。
「敵は村に集中しています! 囲い込むように展開してください!」
耳飾りを通じて各部隊に命令を飛ばした。威勢の良い声が返ってくる。
さあ、戦いの時間だ。つまり私の本分だ。魔女なら魔女らしく、全てを蹂躙してみせよう。そして、フィリップの言葉に惑わされたパラアンコ兵を目覚めさせるのだ。大義名分は我らにあり。ラプタ小隊、出陣です!
エマと一緒に突撃した。耳の奥で、かつての私がひええと叫んだ。また少し魔導の深淵に踏み入った気がした。




