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献身欲求  作者: 畑中みね


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偉大なるパラアンコ再建を目指して

 

 フィリップによる独裁政治は多くの諸侯貴族から反感を買った。しかし、彼による政策がパラアンコの情勢を回復させたのもまた事実だった。私兵の廃止とパラアンコ軍の再編によって兵力が大幅に増加し、審問官と呼ばれる特殊部隊も編成されたことで軍備が増強された。他国への牽制と貿易も怠っていない。国境沿いへの派兵。カーリヤ族を滅ぼしたことにより解禁された西方諸国との貿易。他国からの商人に対して関税を減らすことで国内の流通を活性化させ、武器の生産や街道の整備にも力を入れて失業者の数も減らし、今や王都は以前と比べ物にならないほど賑わっている。


 そもそもパラアンコが崩壊の道を辿ったのは議会の存在が大きい。貴族以外も政治に口を出せるというメリットがある反面、自らの利益を優先して議論が滞ることも多く、議員同士が足を引っ張りあったことでパラアンコは衰退した。

 つまるところ優秀なリーダーさえいれば独裁政治とは非常に有益な手段なのだ。特に国内の情勢が不安定な状況ではその傾向が顕著である。あれこれと議論をする時間は残されていない。そしてフィリップならば決断を迷わない。


「フィリップ万歳! パラアンコ万歳!」


 王都ではフィリップを呼ぶ声が連日のように高まった。国のために戦おうと各地から志願兵が集まっている。


「おいおい、またシャルマーン軍との戦いに勝利したそうだ。このまま戦争に勝っちまうんじゃないか?」

「こんなに賑やかな王都は初めてだ。うちのお袋も最近は調子が良くなって、一緒に街を歩けるまで回復したんだぜ」

「西方蛮族の生き残りはどうなったんだ?」

「戦争奴隷としてシャルマーン軍と戦っているそうだ。あいつらとの戦いで失った戦力を、あいつら自身に補ってもらうのさ……おっと、審問官が来たぞ」


 賑わう王都の街道を歩く異様な集団。審問官と呼ばれるフィリップ直属の部隊だ。

 フィリップは数多くの政策を繰り出したが、その中には後世で賛否を問われるものがある。

 その一つが邪教徒狩りだ。プーレリア陥落以降、フィリップは本格的に「サルファの祝福教会」の信徒を迫害した。なぜそのような行いをしたかは多くの歴史家によって議論されたが、実のところ、この時のフィリップはプーレリア陥落の立役者が祝福軍であるという事実を隠したかった。さらに言えばその裏にいるラプタ小隊、そして腐敗の魔女が英雄視されるのを避けたかったのだ。


「邪教徒の鎮圧を本格的に始めるそうだ。どうやらカーリヤ族の腕利きも何人か審問官になったそうだぜ」

「西方蛮族を? そんな奴ら信用できるのかよ。あーあ、バーミュル開拓部隊が生き残っていたらなあ」


 審問官がぞろぞろと王都の門を出ていく。

 フィリップが台頭した今、サルファの祝福教会は厳しい立場に追いやられていた。


 ◯


 パラアンコ西部、以前はカーリヤ族の支配地域だった場所の村に、悲鳴と怒声が響き渡った。一見すればパラアンコ人が同じパラアンコ人を襲っているように見える。邪教徒狩りだ。パラアンコの審問官が祝福教会の信徒を襲っているのだ。


「なぜここに審問官がいるんだ……!」

「やめて! 私たちは何もしていないわ!」


 平然と略奪が繰り広げられている。名目上は「国栄を妨げる邪教徒を制圧する」となっているが、実態は鬱憤のたまったパラアンコ兵の息抜きであった。今の彼らに理性はない。奪われる側から奪う側に立ち、その快楽に溺れてしまったパラアンコ兵たちはもう戻れない。


「魔女を崇拝する邪教徒どもが! お前たちがいなければパラアンコは!」


 パラアンコ兵にとって邪教徒は裏切り者だ。なぜならばフィリップがそう宣言したからだ。鮮烈で過激な、パラアンコ躍進計画。国内の裏切り者を炙り出せ、という思想はあっという間に国民に広まった。

 フィリップが描く地獄の一端である。大義名分で恨みを買い、憎しみを募らせ、奪い、殺し、傷つけ合う世界。その先にあるのは滅亡だというのに、兵士たちはフィリップの言葉を信じた。

 否、彼らは信じたいのだ。パラアンコが衰退したのは決して自分たちの責任ではなく、裏切り者のせいなのだと。


「やめて! せめて子供だけは!」

「一人も逃すな! 邪教徒はすべて殺せ!」


 腹を裂かれた妊婦が悲鳴を上げながら倒れた。妊婦を刺し殺した兵士は嬉々として彼女の足をつかみ、村の中心でパチパチと燃える炎に引きずっていく。そうして投げ込むと炎はより一層激しさを増した。まるで犠牲になった村人の怨嗟が燃え上がるように。

 戦争は人を狂わせる。たとえ敵が他国ではなくとも。


「おおっと、こんな所に隠れていたのか」

「いやっ、離して……!」


 兵士が物陰で身を潜めていた少女を見つけた。器量の良い娘だ。先ほどの妊婦と同じ髪色をしているため、娘だと思われる。少女は目元を泣き腫らしながら兵士を睨んだ。その表情が兵士の嗜虐心をくすぐった。


「おい、邪教徒の娘なんかに手を出すのはやめとけ」

「いいじゃねえか。これも役得だ。お前は他の村人でも捕まえておけよ」


 呆れた様子で仲間の兵士が離れた。残った男は興奮した様子で少女の服に手をかける。必死に抵抗をするも力で敵うはずがなく、少女の柔肌が炎に照らされた。


「やだ、いや、許して……!」

「へへ、魔女様とやらに祈ってみたらどうだ。どうか哀れな私を、助けてくださいってなァ!」


 男の手が少女の身体に伸びた。まるで獣のように鼻息を荒くしながら、少女の滑らかな肌を乱雑に撫でる。助ける者はいない。むしろ触発されたパラアンコ兵が生き残っている村人に襲いかかる始末。


「ようやく俺たちにもツキが回ってきたんだ。存分に楽しませてもらうぜ……ん?」


 いよいよこれからという時、男はすぐ近くに誰かが立っているのが見えた。

 白く、細い足だ。顔をあげると、ぶかぶかのコートを着た少女が男を見下ろしていた。

 飲み込まれそうなほど深く、濁った目の少女だ。青に近い深緑の髪がたなびくたびに、前髪の奥から見える瞳がチカチカと光った。兵士は背筋に悪寒が走った。少女の顔は右半分が呪痕に覆われていたからだ。魔導の深淵に近づきすぎた者の証。


「な、なんだお前!」


 男は怯えたような声をあげた。十の半ば程度の娘だと思われるが、彼女はひどく落ち着いており、その冷静さが、この混沌とした状況においてあまりにも不気味だった。男は軍人だ。何度も戦場で死戦を潜り抜けた。ゆえに彼はわかるのだ。自らの首に死神の鎌が当てられたことに。


「くそっ、どけ!」

「きゃあ……!」


 とっさにまたがっていた村人の少女を横へつき飛ばすと、剣を引き抜いて不気味な魔術士に斬りかかった。


「“腐敗の棘”」


 聞こえない程度の声量で魔術士が呟くと、無数の黒い塊が宙に浮かんだ。


「なに?」


 次の瞬間、男は剣の感触がなくなった。腕を下ろすと、肘から先が消えている。続けて地面の感触がなくなった。見下ろせば、自分の足が溶けてしまっている。後を追うように激痛が走った。彼は喉が張り裂けそうなほどの悲鳴をあげた。


「ァァアアア! 痛ぇ! 腕、俺の、腕――」


 男の頭が弾け飛んだ。頭があった場所に真っ黒な棘が突き刺さっている。

 男の死体からどくどくと黒い液体が広がった。血ではない。腐敗の魔力が混じったナニか。

 黒い水たまりの中に、小柄な魔術士が……否、魔女が立っている。

 村人の少女は、自分が襲われていたことすら忘れて魔女の横顔に魅入った。悪魔だ。とても美しく、罪深いほどいびつで、引きずり込まれそうなほど魅惑的な、魔女という名の悪魔なのだ。炎に照らされる魔女。黒がとてもよく似合う。


 魔女はしばし男の死体を見つめていたが、やがて興味を失ったように死体から視線を外すと、路地の隅で震えている少女に話しかけた。


「さあ、今のうちに逃げましょう。広場の外にアイゼンの使者がいます。生き残った他の村人も保護されているはずなので合流してください」

「……魔女様」

「はい?」


 村人の少女が胸の前で手を重ねた。


「魔女様! ああ、御身のお姿を拝見できたこと、心から感謝いたします!」

「ちょっと、今は祈ってる場合じゃなくて、早く……」

「やはり魔女様は我々を守ってくださるのですね! なのにあの兵士どもは……許せません。ええ、許せませんとも!」

「ひええ、聞く耳をもたないですう」

「何をしているんだメヴィ」


 わたわたとメヴィが困っていると、全身を鎧で覆った騎士が歩いてきた。魔導回路が組み込まれた鎧は一目で逸品だとわかる。左手に大盾を、右手に長剣を持つ彼女はエルマニア。騎士協会で更新をしていないため書類上では二級騎士だが、エルマニアの呪痕は準一級相当にまで成長していた。


「あっ、エマ。他の兵士はどうなりました?」

「すべて鎮圧した。一応、無抵抗の者は拘束しているが、アイゼンに連れて帰るわけにはいかんだろうな」

「そうですねえ。たくさん恨みを買っているので連れて帰るだけ無駄です。とりあえず、この人を馬車に案内してください」

「ああ、魔女様……! まだお話を……!」


 エルマニアに抱きかかえられる少女を見送りつつ、メヴィは村を見渡した。

 ラプタ小隊の隊員たちが兵士を捕縛している。彼らはメヴィの視線に気付くと嬉しそうに敬礼した。中には手柄をアピールする者もいる。


「魔女様だ……」

「ああ、我々を救ってくださった……」


 生き残った村人たちはメヴィに向かって膝を折った。心より崇拝しているのだ。燃え盛る炎と、おびただしい死体を背に、両ひざを折って地面に頭をつける信徒と、彼らに囲まれるメヴィ。それは邪教と呼ばれてもおかしくない光景であった。


「トールマン。出発の準備を。アイゼンに帰りましょう」

「はっ!」


 メヴィが指示を出すと、ラプタ小隊の隊員たちが残った村人を馬車に連れて行った。

 やがて準備が完了すると、ラプタ小隊は祝福教会の総本山であるアイゼンに向けて出発した。


 メヴィたちが邪教徒狩りから信徒を助けたのは一度や二度ではない。西方蛮族を事実上の滅亡に追いやったあの日から、ラプタ小隊はアイゼンを活動拠点にしながらパラアンコ軍と戦っている。救いたいはずの国と戦っているのはなんとも皮肉なものだ。しかし、フィリップの力を削ぐためにはパラアンコ軍との衝突は避けられない。


 今やアイゼンに住む信徒たちにとってラプタ小隊は崇拝の対象であり、同時に救世主であった。その影響力は他国にも及ぶ。シャルマーンでは同盟相手だったカーリヤ族の滅亡に混乱が広がり、その隙をついて新聞屋が動き始めた。帝国に本部を構える魔導協会では新たなる魔女の出現に責任者が集められ、魔女の危険度や周囲の影響について議論がされた。中には「輪廻の魔女の謀略だ」という根拠のない主張も生まれた。

 魔女の誕生に各国が揺れ動く中、混乱の中心である少女はアイゼンに到着した。




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