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献身欲求  作者: 畑中みね


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新たなる厄災の誕生

 

 祝福軍、総勢二万。それは魔女の言葉によって舞い上がり、後先を考えずに全戦力を投入した、祝福教会による濁流のような猛攻撃であった。しかも多数の祈祷士を有する祝福軍は致命傷を与えねばすぐさま復帰をするため、その戦い方は亡者のごとく終わりのないものだった。


「散れィ邪教徒がァ!」


 黒熊ボルドーが吠えた。埒外の腕力によって振るわれた大斧が邪教徒の体を一閃する。斬る、というよりも断ち切るといったほうが正しいだろう。骨ごと二つに分断された邪教徒がわけもわからずに絶命した。


「わしの前に立つ覚悟ができてるんじゃろうなァ!」


 ボルドーが斧を振るうたびに邪教徒の屍が積み重なっていく。

 戦場の一角、冗談のように人が飛んだ。一撃のもとに屠られた亡骸が周囲に飛び散った。

 ボルドーはなおも勢いを増す。魔術がうち込まれようとも上級騎士の呪痕で相殺し、生半可な刃は隆起した筋肉によって止められる。


「魔女様万歳! 罪深き西方蛮族に裁きを!」


 とある邪教徒がボルドーの背後から果敢に斬りかかった。彼は教会が有する二級騎士であり、一般的な基準でみれば優秀な騎士だ。しかし、相手が悪い。


「じゃかあしい!」


 振り向きざまに片手で振られた斧が、たやすく二級騎士の鎧を斬った。


「ば、化け物め……」


 恵まれた肉体。突出した背丈。たゆまぬ努力によって鍛え上げられた筋肉が怪物を生む。

 全盛期をとうに過ぎてなお黒熊は強かった。純粋な肉弾戦ならばカーリヤ族最強だ。その戦いっぷりはカーリヤ族の士気を大いに上げた。先頭で斧を振るうだけで戦況が傾くのだ。まさに英雄。されど――。


「ちぃ、数が多すぎるわい。邪教徒どもに時間をかける余裕はないんじゃが……」


 ボルドーは焦っていた。東門に現れた敵の別部隊が、王城に侵入したという報せを聞いたからだ。自らの王が簡単に討たれるとは思っていないが、ボルドーは妙な胸騒ぎがしていた。まるで今日がカーリヤ族にとって最後の日になるような予感だ。


「前へ進めィ戦士たち! さっさと敵を蹴散らすんじゃ!」


 今は味方を鼓舞するしかない。黒熊が邪教徒軍の中央へ突貫した。邪教徒が、血が、臓物が飛ぶ。鬼気迫る表情で戦場を荒らしまくる黒熊。酷使された呪痕が赤く熱を帯び始め、ボルドーの体から煙がのぼった。

 それでも戦いは終わりが見えない。ボルドーの周囲だけを見ればカーリヤ族が有利だが、全体を見ればまだまだ祝福軍に数の利があり、ボルドーの影響力が届かない戦場の端では破竹の勢いで祝福軍が侵攻している。

 二面攻撃によって追い込まれたカーリヤ族。戦況の行方は王城の決戦次第であった。


 ◯


 ロネは自らの高まりを感じていた。かつてないほどの力がみなぎる。戦士としての到達点。今、この瞬間が最高潮だと本能的に理解した。


 同時に彼は、目の前に立つ少女を見て、やはり自分の判断が間違っていなかったと確信した。ピッチと同化した今、ロネの瞳には魔導元素が見える。そしてメヴィの体から発せられる魔力、そして少女自身の呪痕は尋常でない。

 あと一押し。ほんの一押しで、この娘は化け物となる。

 ロネは強大な力を得てなお震えた。このような怪物がカーリヤ族を襲っていたのか。これは野放しにしてはいけないものだ。誰かが止めねばならない。カーリヤ族のため、ひいては人類のため、新たなる化け物の誕生を阻止せねばならない。


 ロネは決意に燃えた。暴虐非道の悪に立ち向かう英雄になったような気分だった。

 ざわざわと菌糸が左半身を蠢く。肩から生える妹の頭部が何か言いたげな目でロネを見た。パクパクと口を動かす。まるで逃げろと忠告しているかのようだ。されど王は構えた。ロネとメヴィが相対する。


 とん、とロネが地面を蹴った。慣れ親しんだ剣を握り、横なぎに振るって少女の首を狙う。ロネの剣速はカーリヤ戦士の中でも比類ないほど速い。最高点の速度は黒熊ボルドーを上回る。


 剣先がメヴィの首に到達すると思われた刹那、少女の周囲に不気味な黒いモヤが現れ、瞬時に刃の形となってロネの剣を防いだ。さらにもう一本の黒い刃が現れ、無防備になったロネを頭上から襲う。


「俺は一人ではないのだよ!」


 ロネの左半身からぶくぶくと菌糸が膨れ上がり、肉の盾となって無理やり刃を止めた。周囲に胞子が撒き散らされ、触れた地面から菌糸が成長した。

 だが本体から離れた菌糸では今のメヴィに効かない。彼女の周囲だけ腐敗によってぽっかりと空いている。


「しぶといですね、西方蛮族は!」


 腐敗の棘で牽制しつつ、メヴィが距離を詰めた。手に一本、宙に二本の刃でロネに迫る。


「魔術士風情が!」


 騎士を相手に近接戦闘をするという、なかば挑発のような行為にロネは怒りを覚えた。ロネは一級騎士だ。そこにピッチの魔力が加わったことで呪痕が急成長し、今や魔女と同等の魔力を有している。

 だがしかし、メヴィもまた並みの一級魔術士ではない。あとわずか、ほんの一押しで魔女に至るほどの力を得ている。奇しくも互いに呪痕が急成長した理由は同じだ。かたや妹を、かたや弓騎士を食らった。

 つまるところ、愛である。弓騎士の抱いていた、溢れんばかりの愛と祝福、そして欲望という名の願いを一身に宿したがゆえに、少女は化け物へ変貌しようとしていた。


「知っているか、ルーミラの弟子! かつて貴様の師匠が起こした悲劇は、カーリヤ族の運命をも変えた!」


 無数の刃を、ロネは剣一本でさばいた。幼い頃からボルドーによって鍛え上げられた剣術は見事なものであり、カーリヤ族の王に相応しい技量だ。


「かつて西方地域は多くの精霊が住んでいた! だがある日を境にして忽然と消えた……貴様の師、ルーミラが奪い去ったのだ!」


 ピッチの頭部が口を開き、大量の胞子をばらまいた。さすがに直接吸い込むのはまずいと思ったのか、メヴィが口もとを覆いながら腐敗の棘を浮かべ、それらを繋げてマントのように広げて胞子を防いだ。


 ロネの語る内容はメヴィも知っている。さらにいえば、ロネの言葉が間違っていることも。

 ルーミラは精霊を奪ったのではなく、精霊を捕らえて帝国と取引をするカーリヤ族から保護をしたのだ。つまり遅かれ早かれ西方地域から精霊は消えていた。そのことをロネが知らないはずがないのだが、彼は捻じ曲げられた王城の歴史によって勘違いをしている。


「逆恨みもいいところです! 本当に愛されていたのなら精霊は元の地に帰りますよ!」

「詭弁を! 貴様らはカーリヤ族の未来を奪い、今度は居場所すら奪おうというのか!」

「そもそも争いを始めたのはそっちでしょ! ウサック要塞だって元はパラアンコの拠点です!」

「世の流れが我々を争いへと導いたのだ!」


 二人の戦いは激しさを増していく。無数の刃が、剣が、魔術や菌糸が飛び交い、致命傷には至らずとも、両者に少しずつ傷を増やしていく。

 ちなみに、ロネの言葉がまるっきり間違っているかというと、一部は的を得ている。

 カーリヤ族が治める地域は非常に曖昧なバランスで保たれていた。友好的な態度を見せつつも虎視眈々と機会をうかがう北のシャルマーン。交易を通じて少しずつ間者を送り込む西の帝国。統一を目指して圧をかけてくるパラアンコ。もしくは南方の海から訪れる諸外国の船。

 カーリヤ族が西方の地を守るには力を示す必要があった。ゆえに当時の族長はウサック要塞を一方的に攻め落とし、パラアンコへの抑止力にしようとした。これが長きにわたるパラアンコ内戦の始まりとなった。

 彼らは戦うしかなかったのだ。自らの運命に抗ったがゆえの結果である。


「貴様はなぜ戦う! なぜパラアンコの味方をする! 輪廻の魔女にとってパラアンコは仇敵だろうに!」


 問答をしながらもロネは攻めの手を緩めない。彼の強みは並外れた視野の広さ、そして頭の回転の速さだ。メヴィから放たれた腐敗の棘を避けながら距離を詰め、体格差を利用して上段から斬り下ろしつつ、種を植えようと菌糸の根を死角から伸ばす。

 ピッチの菌糸は強力だがメヴィとは相性が悪い。基本的に魔術は術士から離れた瞬間から威力が減衰するため、メヴィに届く頃には彼女の魔力によって腐ってしまうからだ。


「貴様さえいなければ我々は勝っていた!」


 菌糸の根がメヴィの背中に襲いかかった。完全に死角。とった、とロネは確信する。しかし――。


「なぜ戦うか、ですか」


 メヴィはまるで第三の目があるかのようにぐるんと振り向き、赤黒い刃で菌糸を根本から断ち切った。さらに腐敗の影響を受けた根は断面から変色し、根本に向かって腐敗が侵食し始めた。まずい、と察したロネがすぐさま根を切除する。あと少しでも遅ければロネが腐敗に飲まれていた。


(なんだ……?)


 ロネは異変を感じた。少女の雰囲気が変わったのだ。


「よくぞ聞いてくれました! 私、パラアンコを救いたいんです!」


 パァーッとメヴィの表情が華やいだ。途端に彼女の呪痕から魔力が溢れ出す。欲を煮詰めたようにどす黒くておぞましい魔導元素が広がり、思わずロネは菌糸の根を伸ばして迎撃しようとした。だが根は魔力に触れたそばから腐り落ちた。


「アルジェブラさんったら酷いんですよ。私を娘さんと勘違いするんです。でも、確かにあそこには愛がありました。そして最後は私に願いを託してくれました」

「何を……言っているのだ?」


 ロネは意味がわからなかった。だが少女のタガが自らの想像以上に外れていることだけはわかった。

 メヴィに向ける、剣先がわずかに震えている。ロネは戸惑った。自分が恐怖している? 戦闘の途中に――?


「だから私がパラアンコを救います。愛を、愛で返すのです。でも残念ながら、パラアンコを建て直すにはあなた方の存在が少々邪魔です。足を引っ張り合う時間はもう残されていません。せめてあの男が議会席を獲得する前なら、平和的解決もできたかもしれませんねえ」


 メヴィの周囲に浮かんでいた刃が形を変え、身の丈はあろう大きな弓となってメヴィの手に握られた。彼女は慣れた手つきで矢をつがえる。堂に入った構えだ。その姿は戦場に立つ弓騎士と酷似していた。

 ロネの勘が激しく警鐘を鳴らした。左肩の妹が逃げようと激しくもがいた。


(これは……!)


 ロネは本能のままに飛び退いた。直後、一級騎士の瞳ですら追えない速さを矢がロネのいた足場に直撃し、まるで砂糖菓子のように溶かしてしまった。しゅわしゅわと得体の知れない煙が昇り、その奥に、魔力を宿して光る化け物の瞳が見える。明らかに威力がおかしい。先ほどまでの魔術とは段違いだ。

 ロネが苦渋に顔を歪める。これが愛か。こんなものが愛か、と。


「きっと私は恨まれます。でもいいんです! 私がそうしたいんです! 誰もやりたがらず、されど誰かがやらないといけないならば、私が喜んで滅ぼしてあげましょう!」


 二本目の矢が放たれた。今度はロネの目でも追えた。しかし速すぎて体が追いつかない。鋭い穂先がロネの額に吸い込まれていく。


「ニィ……サ……」

「ピネ!?」


 ロネをかばうように、半身の菌糸が膨れ上がった。頭部だけだったピッチの体が上半身まで形成され、その細い両手を兄の前で広げた。母体が失われた今、ピッチに明確な意識はない。事前にロネの体に埋め込んでいた種がかろうじて生きているだけ。いわば残滓のようなものだが、それでもピッチは兄を守ろうとした。


 パァン、とピッチの体が弾けた。衝撃によって砕けた矢が周囲に飛び散ってしゅわしゅわと煙をあげ、その上にぼたぼたとピッチの残骸が崩れ落ちる。

 ロネは震えた。ついぞ彼は妹を失った。


「この……化け物がァ……!」


 ロネは駆け出した。理屈ではなく本能である。

 メヴィから何十という数の棘が放たれた。しかも人体の急所を的確に狙って。


「貴様はここで討つ! 討たねばならん!」


 不思議と頭が冴え、視界が広がり、腐敗の棘の一本一本が見えた。今ならば届く。そう確信したロネは降り注ぐ棘をすべて斬り払った。ドロシー王家に伝わる宝剣が呪痕に共鳴して光を放った。

 まるで物語のワンシーンみたいな光景だった。少女の形をした悪魔に立ち向かう英雄譚。ロネは踏み込む力をさらに強める。


「カーリヤ族の、未来のために!」


 振り払った棘の後ろから矢が飛んできた。三本目の矢。ロネは振り払った剣に重心を預け、片足を軸にして強引にねじった。とっさの判断としては驚くべき反射神経だ。しかし避けきるに至らず――。


「ぐぅ……!」


 左肩がえぐられた。腐敗の侵食を受けて激痛が走り、転がるようにして地面に倒れた。さらに無数の棘が追い討ちをかけるように太ももを貫いた。声にならない叫びをあげるロネ。なんとか立ち上がろうとするも力が入らず、剣を支えにしながら激しく息を吐く。


「あなたがカーリヤ族を想う気持ちは本物です。素晴らしい献身ですよ」


 メヴィの弓にはすでに次の矢がかけられていた。対してロネはかろうじて右腕が動かせるのみ。もはや勝敗は決したようなもの。ロネは強い憎しみと怒りの込められた目でメヴィを見上げた。


「俺が、どれほどの時間を捧げたと思っている! カーリヤ族の再興を願い、どれほどの苦労を!」


 血反吐を吐きながら彼は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

 今も部屋の外では多数のカーリヤ族が戦っている。彼らはロネの勝利を信じて剣を握っている。そんな期待を裏切ってしまったこと、そして目の前の化け物を止められなかったことが悔しくて仕方がない。


「忘れるな化け物! 貴様が滅ぼすのはただの部族集落ではない! 伝統を重んじ、長く西方の地を支えてきた、歴史そのものを壊すのだ!」


 最後の力を振り絞ってロネは立った。ぼたぼたと大量の血を両足から流しつつも、力強く大地を踏み締めた。華美な王族の衣装が血に染まる。輝かしい銀髪も光を失った。それでも戦意を失わずに剣を構える姿は確かに王の威厳があった。


「呪われろ、魔女の子よ!」


 ロネが限界まで力を込めて剣を投げた。ただの力任せであるものの、死に瀕してリミッターの外れた投擲は一級騎士の範疇を超える速度となった。稲妻のような剣が真っ直ぐメヴィに迫る。

 メヴィは避ける素振りを見せない。ギリギリまで弓を引き絞り、アルジェブラの立ち姿を模倣するように照準を定めた。

 やがてメヴィの手が離された。


「もう呪われていますとも」


 ありったけの魔力が込められた矢は容易くロネの剣を砕き、そのまま彼の胸元を貫いた。騎士の呪痕の源である心臓に穴が空いたことで呪痕から光が失われ、大量の魔導元素を放出しながらロネは倒れた。部屋の随所に散らばっていた菌糸もゆっくりと消えていく。


 直後、行き場を失った魔導元素がメヴィの呪痕に流れ込んだ。旧市街でピッチを討ったときには感じられなかった、桁違いの高揚感だ。高級な葡萄酒を飲んだって味わえない、至高の幸福と満ち足りた感覚。


「ふ、ふふ……アッハッハ……!」


 少女はたまらずに両手を広げた。呪痕が伸びて顔の右半分を完全に覆い、さらに成長して少女の背中に特徴的なアザを刻んだ。新たなる名が与えられる時だ。

 どくん、と呪痕が脈打った。尋常でない魔力の波動が地面を揺らした。一度ならず、二度、三度。魔導に疎い者ですら異変に気づくほどの膨大な覇気が城を駆け抜ける。


「見てくださいアルジェブラさん! 長く続いたパラアンコの内戦はおしまいです!」


 少女を中心にして魔力が渦巻いた。腐敗の魔導元素が周囲の柱や壁を次々に溶かしていく。そんなことをすれば当然ながら崩落をするが、落ちてくる天井の瓦礫すらも魔導元素に触れたそばから塵となった。

 まるで嵐のような魔導元素が、王の間の上半分を吹き飛ばした。さらに吸収しきれなかった魔導元素が天に昇った。黒い柱が王城を貫く光景は、下階の戦士たちをおおいに恐怖させただろう。

 日が昇っているにも関わらず、城の周囲に影が落ちた。黒い魔導元素が日の光を遮ったのだ。


「西方蛮族、ここに落ちたり!」


 ようやく魔力の奔流が止まったとき、王の間は見晴らしのよい最上階になっていた。そして広間の中央にぽつんと化け物がいた。災害と恐れられる存在。人智を超えて魔導の深淵に触れた者。人として大切なものが欠落しているからこそ、彼女たちは人を超えられるのかもしれない。

 この日、パラアンコの西部に新しい魔女が誕生した。




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