揺らぐプーレリア
この日、カーリヤ族は世にも恐ろしく、信じがたいものを見た。場所はプーレリアの東門付近。メヴィ部隊の奇襲を受けたカーリヤ族は多数の戦士を駆り出し、その数は約二万に及んだ。邪教徒軍の対処をするために本隊は不在だったが、それでも十分すぎるほどの数だった。対してメヴィ部隊の数は百人ほど。カーリヤ戦士は誰もが思った。容易に勝てる戦いだろう、と。
そんな彼らの余裕は、東門のあまりに悲惨な戦況を前にして早々に打ち砕かれた。
「重歩兵部隊を前に出せ! 奴らの足を止めるのだ!」
「と、止まりません……! 魔術が、あのおぞましい魔術が人を溶かしてくる……!」
「高台が破壊されました! 後方部隊の被害が甚大です!」
腐敗を操る少女の猛攻が止まらないのだ。少女の周りには無数の魔術が浮かんでいた。遠くの戦士は鋭い棘に貫かれ、少女に斬りかかろうとした重歩兵は宙に浮かぶ刃によって胴体を分かたれ、さらに固まっている部隊が黒い水たまりのようなものに飲み込まれていく。
「く、来るな! こっちへ近寄るな!」
カーリヤ族はみな、すべからく戦士だ。戦場で散ることこそ誉れと信じ、仲間のためならば死も恐れない。
だが、それはあくまでも「戦い」になればの話。戦士の尊厳すら奪っていく腐敗の魔術にカーリヤ戦士は恐怖した。
少女の体から魔力糸が広がる。そして翼のような魔力糸から次々と魔術が放たれた。そのたびに無数の戦士が死んだ。距離も、鎧の有無も関係なく。
「こんなにたくさんの敵に囲まれたのは初めてです。過去最多ですねえ、エマ」
少女の呪痕は顔の右側にまで伸びていた。もしも目敏い者がいれば、少女の呪痕が弓騎士の呪痕と酷似していることに気づくかもしれない。のんびりと間延びした口調で話しながらも、彼女が歩みを進めるたびに命が狩りとられる。この日のために鍛え上げた、カーリヤの誇り高い戦士たちが次々と散っていく。
「フィリップ隊長と会う機会があれば自慢してやろう。きっと羨ましがるぞ」
隣の女騎士もまた目を見張る戦いぶりを見せた。質実でありながらも強固。巧みな盾さばきによって剣も魔術も通らない。しかも戦いながら少女の死角を守るように立ち回り、厄介な魔術士や騎士がいれば優先的に排除している。
「次に会うときは多分、敵同士です。自慢する余裕はないかもしれません」
「それは残念だ。いつかあの尊大な顔を歪ませてやりたかったのだが」
「エマはそんなことを考えていたんですか。おっかないですねえ」
メヴィの背後から近づくカーリヤ戦士が一人。彼はようやくエルマニアの守備を抜けて少女の死角を取ることができた。命に替えてでもこの悪魔を殺す。決意のもとに刃を振るった。
「なっ……!?」
驚愕するカーリヤ戦士。少女の背中へ振られた剣は、エルマニアの盾によって防がれた。盾を差し込むまでの速度があまりにも速い。いったいどこまで戦場が視えているのか。次の瞬間、戦士はエルマニアの剣によって斬り伏せられた。
「まったく、危なっかしい」
「……気づいていましたよ? でもありがとうございます」
エルマニアから見て、少女は変わった。弓騎士と混ざったあの日から躊躇しなくなった。おそらく彼女は、力を行使する大義名分を探していたのだろう。そして見つけた。弓騎士が理由を与えてしまった。
こうなれば少女は止まらない。かつてポルナードが言ったように、パラアンコで最後の綺羅星になるか、それとも国内を荒らし回った果てに燃え尽きるか。それはエルマニアにも予想できない。だが――。
「まだまだ、私が背中を守ってやらねばならんな」
また一人、少女の背後へ襲いかかろうとしたカーリヤ戦士を斬り伏せる。することは変わらない。今まで通り盾として相棒を守るのみ。
◯
メヴィや祝福軍は知るよしもないが、実はこの時、カーリヤ族の主力部隊は大いに疲弊していた。前線にいたロネが少しでも早くプーレリアに帰還しようと強行した結果、冬のパラアンコを補給もままならない状態で進んだからだ。本来ならば食糧を調達するはずだった村や街も放棄し、厳しい寒さと空腹に耐えながらの帰還はいかに屈強なカーリヤ戦士といえども過酷であり、プーレリアに到着した頃には五分の一の戦力が減っていた。そんな状態で攻め込まれたからカーリヤ族は余計に苦戦を強いられたのだ。
それでもロネの判断は間違っていなかった。もしも彼の率いる本隊が前線に残っていれば、プーレリアは早々に祝福軍とメヴィ部隊によって占領されていただろう。
ロネは正しい選択をした。ゆえにカーリヤ族の主力と祝福軍の総力戦が始まり、結果として多くの血が流れることになった。
「東門に現れたのは魔女の弟子か……つくづく、我が人生は魔女によって狂わされる。貴様も魔女にならなければ、もう少しマシな人生を送れたものを」
妹に向けて独り言のように呟く。ピッチが魔女になった日からロネの生活は変わった。周囲の者が「いつかお前も魔女になるのだろう」と責め立ててくるようになった。
蔑むような目。
ドロシー王家の面汚しだ、と非難する声。
化け物だと怯える者たち。
この過酷な環境で、ロネが王として認められるためにどれほどの努力が必要だったかは想像に難くない。彼は周囲が認めざるを得ないほどの成果を上げ続けた。恐怖ではなく、実績で周囲を納得させたのだ。
「さて、打てる手は尽くした。ボルドーを祝福軍の対処から外すわけにはいかん。奴の部下もしかり。急造部隊でどれほど東門がもつか……」
名のある戦士のほとんどが祝福軍との戦いに投じられているため、いかに早く祝福軍を撃退できるかが勝利の鍵となっている。現状の戦力で義勇兵部隊に城内まで侵入されればメヴィの勝利。それまでに南門を制圧して主力を回せたらロネの勝利。
魔女の弟子が喰い破るのが早いか、ボルドー率いるカーリヤ戦士隊の制圧が早いか。どちらに転ぶかによってロネの選択肢は大きく異なる。
「俺も準備をしよう」
ロネは嫌な予感がした。戦場には流れがある。そして今の流れは敵にあり。
もしやすると、これが最後の戦いになるかもしれない。そんな柄にもない予感を抱きつつ、ロネは王の間に向かった。




