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献身欲求  作者: 畑中みね


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最前線こそ相応しい

 

 私たちは離れた丘の上から、プーレリアの防壁前で起こる戦いを観察していた。戦況は拮抗しており、邪教徒軍の練度が想像以上に高い。これは嬉しい誤算だ。正直なところ、彼らが早々に敗退してしまう可能性も考えていたから。


「いったいどうなっているのだ?」


 隣でエマが困惑している。いつもなら彼女にも相談するんだけど、今回の作戦は私の独断だ。なにせあの“厄介者”と取引をしたから。できる限りエマを関わらせたくなかったのだ。


「援軍を頼んでおいたのです。さすがに私たちだけで西方蛮族を相手にするのは無謀ですから」

「だが、どうやって援軍を呼んだのだ?」

「ルドウィックさんに協力してもらいました。ほら、ピッチの死体があったでしょう? あれと引き換えに、サルファの祝福教会まで伝言を頼んだんです」


 エマに説明しながら戦場の様子をうかがった。どうやら西方蛮族の主力部隊が現れたらしく、押し上げていた前線がじりじりと後退し始める。敵の中には見覚えのある熊さんがいた。後で時間があればウサック要塞での仕返しをしよう。


「祝福教会は魔女を信仰していますから、ルドウィックさんの頼みを断る理由もないでしょう。ほら、彼らの顔を見てください。魔女の力になれると喜んでいます」


 ふと、あの中にエチェカーシカがいるのかどうか気になった。祈祷士が前線に立つとは思えないけど、流れ弾で後方が狙われることも珍しくない。無事だったらいいな。もしも生きて帰れたらエチェカーシカにも挨拶をしよう。久しぶりの再会だから、つもる話もある。


「信仰の力は凄いですね。大抵の人は自分のことが大好きで、他人のことなんてこれっぽっちも考えていないのに、祝福教会の信徒たちは、自らを犠牲にしてでも魔女のために戦おうとしています」

「こんな世の中だからこそ、すがるものが欲しいのだろう。誰もが心の支えを探しているのだ」

「エマもですか?」

「もう見つけたよ。私は騎士だ。守るものがあればいい」


 あら……あらあら!

 それって私たちのことかな。エマ、ついに私や部隊のみんなが大好きって認めたのかな。これは凄いことだぞ。もしもここが戦場じゃなかったら宴会を開いたのに!


「何にせよ彼らに助けられたのは事実だ。今後は邪教徒と呼べんな」

「ふふ、そうですねえ」

「何を笑っているのだ?」

「気にしないでください。そうだ、今日は記念日にしましょう。エマが素直になった記念日です」

「そんな恥ずかしい記念日は却下だ。というかどういう意味だ!」


 わあわあと騒いでいると、偵察に出した人たちが帰ってきた。プーレリアの東門は相変わらず厳重に守られているけど、教会信徒が攻め込んだおかげで守りの薄い場所ができたんだって。やったね、あとでお礼を言わなくちゃ。


「よし! それじゃあ私たちも出発しましょう!」


 いざ出陣だ。ここまで来たらロネを倒すだけ。それでパラアンコが抱える大きな問題の一つが解消される。

 号令と共に私たちは馬を走らせた。遠くで祝福軍の戦う音が聞こえた。


 ◯


 無数の矢が降ってくる。部隊の先頭を走り、腐敗の魔力を少し大きめに広げた。魔力に触れた矢がしゅわしゅわと溶けていく。それでも全て溶かすには数が多すぎて、防ぎきれなかった矢が部隊に降り注いだ。


「騎士は前へ! 味方を守ってください!」


 腐敗の棘を浮かべて防壁上の弓兵に放った。棘の数は十、二十……とにかくたくさん。呪痕が成長したおかげで並みの騎士では防げない威力になっている。棘に貫かれた弓兵が叫び声を上げながら崩れ落ち、よくわからない液体が防壁の足場を溶かした。


「前に出過ぎだメヴィ!」


 そうは言っても時間との勝負だ。祝福教会が注意を惹いているうちにプーレリア内部へ侵攻しなければならない。足を止めれば奇襲の意味がなくなる。だから前へ、前へ、もっと前へ。

 再び雨のような数の矢が飛んできた。中には投げ槍や魔導砲弾も混じっている。さすがに被害が大きくなるから、魔導砲弾に的を絞って腐敗の棘を放った。西方蛮族が放った魔導砲弾はすべて空中で爆発し、魔力の奔流による美しい花を咲かせた。


「門が見えてきました! 魔術士隊、構え!」


 門の前には多くのカーリヤ人が待ち構えていた。熊さんみたいに突出した戦士はいないけど、どれも上級騎士に近い呪痕を持つ実力者たち。


「敵が来るぞ! 数は少ない! 返り討ちにしてやれ!」


 威勢よく吠える敵軍。

 まずは彼らを排除しよう。そう思って魔術を練ろうとしたら、その前にエマが騎士隊を連れて飛び出した。


「呪痕全開! 花形は我々騎士だと見せつけてやれ!」

「ハッ! エルマニア姐さん!」


 槍のように鋭く集まった騎士隊が敵部隊に突貫した。その一糸乱れぬ連携は一匹の巨大な生き物みたいだ。いつのまにあんな連携ができるようになったのか。私、びっくりです。

 エマを先頭にした騎士隊の突破力は凄まじいものだった。騎士の呪痕で守られた彼らに矢は通らず、カーリヤ戦士の剣が迫っても、互いに庇い合うことで致命傷を避けた。


「騎士にばかり格好つけさせるわけにはいきません! 魔術士隊、私に続けて一斉攻撃です!」


 一際大きく魔術を練った。以前、カタビランカの水門を破壊したときのと同じ、とっても大きな腐蝕の槍。溜めに溜めてから勢いよく放つと、人間の背丈の三倍はあろう大槍が門と激突した。多少は破壊に苦労するかと思ったけど、門は腐りかけた果実のようにいとも容易く貫通し、ぼろぼろと崩れ落ちた。さらに続けて放たれた味方部隊の魔術が門の周辺を焼き払い、生き残っていた敵部隊を門の残骸ごと一掃した。


 それらの光景を見て私は実感した。私たちは強くなったのだ。月の光も届かぬ真夜中、こそこそと要塞の防壁に近寄ったあの頃とは違い、正面から敵部隊と戦い、勝てるほどに成長したのだ。


 防壁上の敵から叫び声が聞こえた。私たちの侵入を食い止めようとする者、我先に逃げ出そうとする者、逃げる味方を見せしめに殺す者。門を失って混乱しているのだろう。


「さすがはメヴィ隊長! 西方蛮族め、自慢の防壁が機能しないって慌ててやがる!」

「奴ら、体格だけはでかいから魔術が当てやすくて助かるぜ! 俺らの隊長を見習えってんだ、ハッハッハ!」


 何か失礼な言葉が聞こえた気がする。遠回しに私がチビだと言ったのは誰だ。トールマンか。戦いが終わったらとっちめてやろう。私、結構根にもつタイプなのだ。


 門を通る前に馬を降りた。街中では自分の足で走ったほうが立ち回りがしやすいし、貴重な馬を失うのはもったいない。何名かに馬を下げるよう命じてから門を抜けた。

 プーレリアの内部はもっとたくさんの西方蛮族が待ち構えていた。ほとんどが騎士だ。熊さんの影響か、斧を構える大柄な男が多い。数は少ないけど魔術士もいる。離れた高台から私たちを狙っていた。


 あまりにも分厚い、人間による壁。見渡す限りの西方蛮族。祝福教会が本隊と戦っているはずなのに、なおこれだけの数がいるのか。王城はまだ距離がある。あちこちで敵の呪痕が光り始めた。まもなく大量の魔術と矢が放たれ、堰(せき)を切ったように戦士がなだれ込んでくるはずだ。


 数だけ見れば絶望的である。勝ち目なんてあるはずがない戦力差。でも私の目にはところどころに層が薄い場所が見えた。勝ち目のない攻めではない。だから、怖くない。

 みんなはどうかな。横目で見ると、部隊のみんなも良い顔をしていた。怖がっている者は一人もいない。みんな、私を信じてついてきてくれる。


 ならば勝とう。期待してくれるなら応えよう。仲間のため。国のため。私に願いを託して散った戦友たちのため。私は魔術を練る。一際大きく、すべての敵を、すべての障害を打ち払えるほどの魔力を集める。呪痕がどくんどくんと激しく脈打った。自然と口角が上がった。湧き上がる感情が抑えきれなくなった。

 ここが私の居場所だ。最前線こそ相応しい。


「総員――突撃!」


 魔力があふれる。感情が、欲求があふれ出す。より強く、より速く、思うがままに魔術を撃て。すべて殺せ。蹂躙しろ。積み上げた願いのために奉仕せよ。この戦いがパラアンコを救うのだ。奪った命の数だけ同胞が救われるのだ。

 これだけの敵数だ、全員が生き残ることはできない。でも無駄な死ではない。道なかばで力尽きた想いは生き残った人が継ぐ。私が継ぐ。私を信じ、共に死地へ向かう彼らのために。


 極限まで溜めた魔力を解放した。笑顔で突撃するフィリップ隊長の気持ちが少しだけわかった気がした。




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