第76話 いいわけ
「ふっざけんなよ!」
ロキが蹴とばした椅子が、ガタンと激しい音が出て倒れる。
宿に戻って、抑えていたロキの怒りが噴出した。
どう考えても、レオンが投獄されたことについては納得がいかない。
「ロキ!二人が怖がってるだろうが」
アポロに言われて振り返ると、怒るロキの姿にアルマとココロの二人が怯えていた。
ココロの両眼には涙が浮かんでいる。
そんな二人の姿を見て、ロキははっと我に返る。
感情的になって周りに気を遣わせている自分を俯瞰する。最低だ。前世でも周りにそういう上司がいた。部下に気を遣わせるその姿を見て、絶対こうなってはいけないと思っていた。まさに今自分がそうだと気づき、ロキは深く反省する。
「わ、悪い。悪かった……。大声で喚き散らすなんて最低だな……」
ロキがこれまで機嫌が悪くて怒っていた時には、いつもレオンが笑いながら愚痴を聞いてくれていた。レオンがロキの怒りを受け止めてくれていたのだ。そんなレオンは今ロキの傍にはいない。
感情の行き場を失ったせいで間違った行動を取ってしまったことを理解し反省したロキは、仲間に謝罪すると自ら蹴とばし倒れた椅子を起こす。
「自分で直すくらいなら、最初から蹴るなよ」
「ほんと、そうだよな……」
落ち込みうなだれるロキをアルマが心配そうに見つめる。
「ロキさん……」
「悪い。悔しくてな……」
レオンが捕らえられて悔しいのはロキだけではない。
いつも陽気なココロも怯えた顔をして黙ったままだし、アポロも態度に出さないが心の中では不満を抱えている。
ロキの怒りだって、物にあたって解消できるようなものではない。
「そうだ。感情的になるだけじゃだめだ。レオンを釈放してもらうにはどうしたら良いか考えないと」
そんなロキの言葉にアルマが頷いた。
その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
ロキが対応し、ドアを開けると、そこに立っていたのは宮廷魔術師のモールだった。
「なんだ爺さん。俺に言いたいことがあるのか?」
国王側とのパイプ役であるモールに対し敵意を持つロキは、モールの顔を見るなり怒りを込めた表情でそう言った。
モールはやれやれといった感じで返事をする。
「そうイライラするでない。そなたが今日の陛下の言葉に怒っておるようなのでな。聡しに来たのよ」
「あんたと話すことはない!」
「待て待て待て!そなたが話すことはなくても、こっちはあるのよ。とりあえず中に入れてくれ」
「チッ」
舌打ちしつつも、ロキはモールの入室を受け入れる。
モールは部屋に入ると、外に向かって声をかけた。
「陛下。どうぞ」
「?」
モールの言葉にロキは驚き、振り返る。
目を疑ったが、モールに促されて入室してきたのは先ほど謁見した国王その人だった。
ロキが硬直しているとモールが説明をした。
「そなたが納得していないようなのでな。陛下が、自らそなたと話したいと言って来てくれたのだ」
「何を話すっつーんだよ!そっちは聞く耳持たねえじゃねえかよ!」
「まあそう邪険にしないでくれ。余は謝罪に来たのだ」
「謝罪?今更何の?」
「レオンを投獄しなくてはならなかったことをだ」
「は?謝るくらいならなんで!」
「まあ落ち着けロキよ。陛下をこのまま立たせておくつもりか?椅子にくらい座らせてくれ」
モールに促され、国王を椅子へと案内する。ロキ以外のメンバーは緊張で固まっていた。
「改めてロキよ。そしてその仲間たちよ。お前たちの仲間であるレオンを投獄しなくてはならなかったこと、重ねて謝罪する。すまなかった」
「だからなんでそんなことになったんだよ!謝罪するくらいなら最初からレオンを投獄しなきゃいいじゃねえか!謝るなら今すぐレオンを釈放してくれよ!」
「だから話を聞けロキよ!陛下の話はまだ途中だ!」
「すまぬな。ロキよ、順を追って聞いてくれ。余も、違う未来でレオンが我が国の兵士を殺していたとしても、今殺人罪を押し付けるのはおかしいと思ってはいる。だがあれがあの時余が思いつく最善の策であったのだ」
「はあ?」
「あの場では、とにかく勇者ダイジローの怒りを収めなくてはならなかった。ダイジローはレオンの事を恐れているようだ。ダイジローは、レオンから恨まれているのを自覚している。いくらレオンにそのつもりがなかったとしても、もしも女神の加護の使えない王都内でレオンに襲われては、さすがの勇者も死を覚悟しなくてはならないだろう。だからダイジローは、あの場でレオンを殺したくて仕方ないという様子であった。あのままレオンが王都を自由に歩けるような結末では納得しなかったはずだ」
国王はあの短い間で、勇者の心情を見抜いていた。そしてそう説明され、ロキもその通りだと思った。
「もしも勇者があの場でレオンを殺すために聖女レオーネに結界を解除させてしまえば、レオンだけでなくあの広間にいたほとんどの者が死傷していたはずだ。レオーネはそれが分かっていたため勇者の命令に従わなかった。だからと言ってそのまま何もしないようでは、勇者の焦りは増し、何が起こるか分からぬ状況であった。そこで余はレオンの平和的に解決したいという思いに甘え、ああいう指示をさせてもらったのだ。レオンが檻の中に入るのであれば、勇者も自らを脅かされることないと安心するだろうと思ったのだ」
「それは……、分からなくもないけど、でもあんたこの国の国王なんだろう?勇者なんかの機嫌とらなくたって、あいつを処罰すればいいじゃねえか!国王に対してあの態度、大概だとおもうぜ?」
「ロキよ。我が国では、お前が思っている以上に勇者の影響力が強い。勇者ダイジローは軽率なところが多いが、余でもそれを咎めるのは難しいのだ」
「勇者が国王より偉いっていうのか?」
「いや、もちろん立場上は余の方が上だ。だが勇者の後見には女神がいる」
女神、その名を聞いてロキは顔をしかめる。やはりその名はかなりやっかいな存在のようだ。
「知っての通り勇者とは、女神がこの世界に遣わした使徒だ。つまり勇者のあのような言葉や行動でも、それが女神の意思であるともいえる」
「本当に女神が勇者の行動を認めてるのか?」
「女神が地上に現れることは稀なため、正確なことは分からん。だが勇者がこの世界に現れた時に女神が現れ、そして勇者を自らの使いだと言ったことは確かだ。であるから、いくら余が国王だといえ、勇者の言動に対し一方的に否定することもままならぬのだ」
「つまり国王のあんたでさえも、あのバカの機嫌を取らなきゃいけないってことか」
「すべての横暴を許すわけにはいかないがな。余は国益と勇者の意思のバランスをうまくとらなければいけないのだ。つまり今回も勇者に剣を収めてもらうための最低限の譲歩が、レオンの投獄だったのだ。余の力不足でこうなるしかできず、すまない」
そう言って国王はロキに頭を下げた。
その姿に、モールもアルマたちも驚く。一国の王が、一人の迷宮探索者へ頭を下げるというのは考えられないことだ。
だがロキは驚きよりも怒りの感情が再びこみあげてきた。
眉間にしわを寄せ、拳を強く握りわなわなと震えている。
そしてその気持ちを抑えきれなくなり、ロキは声を上げた。
「この国全体がブラックかよ!あんたは……、国王はこの国の最高責任者なんだろ?あんたがしっかりしてくれなきゃダメなんだよ!」
そんなロキの言葉に対し、国王はただ「すまない」と言って頭を下げるだけだった。
納得できないと言った表情のロキに対しモールが話しかけた。
「何でもかんでも陛下に責任を押し付けるでない。そんなに言うのであれば、ロキよ。おまえがこの国の構造を改革したらどうなんだ?」
「は?」
「文句を言うだけなら誰でもできる。だがそうやって不満を言っているだけでは何も環境は変わらんだろう。お前なりに正しいヴィジョンがあるというのならば、お前が先導したらどうなんだ?」
「俺はただの迷宮探索者だから……」
「そうだな。それぞれの立場というものがある。迷宮探索者には迷宮探索者としてできることとできないことがあるし、国王という役職にもできることとできないことがある」
「それじゃこのブラックな国の体制を受け入れろってことかよ?それは変われないんじゃなくて、変わることを考えるのをやめてるだけじゃないか!」
「それはおまえも一緒じゃないか?」
「分かってるよ……。あんたに言われなくても分かってる。できない理由を考える暇があったら、どうすればできるか考えた方がいいに決まってる」
モールはその言葉を聞き、ニヤリと笑った。
ロキは国王に向き直った。
その瞳には、強い意志が宿っていた。
「陛下」
「なんだ?」
「力を貸してほしい。俺はこの国を変える。できない言い訳や不平不満を言うのはもう終わりだ。これから俺は、どうすれば良いかだけ考えて行動してゆく」




