第77話 神殿
神殿。それは神を信仰する宗教組織の通称だ。その組織自体に名称はなく、王都にある組織の本部である神をまつる巨大な大理石の建造物『神殿』。その名称で呼ばれている。
元々は建国王が神をまつるために建てた神殿だったが、神を祭る儀式を行うために様々な役職が与えられた者たちが力を持ってゆき、今では王族に対抗しうるほどの権力を有している。
神殿の主な役割は、神を祭る祭事を執り行う事、王都を守る結界の運営、そして治癒魔法による傷病者の治療だ。
王都内の医師や薬師の手に負えない患者が、神の奇跡を求めて神殿にやってくる。医術や薬術では診察し病気や怪我の原因を調べて処方しなくてはいけないが、神殿ではそんな面倒なことはせずに治癒魔法を使えば確実に治るのだ。
だがそのサービスは、国民の誰もが受けれるわけではない。
今日もまた助けを求める患者が列の中、治癒魔法を受けられない者が悲鳴を上げていた。
「意識がないんです!子供を、子供を助けてください!」
高熱で反応のない幼児を抱えた母親が、神官に直訴している。
だが神官は困った顔を浮かべていた。
「そんな事を言われても、あなただけでなくここには数えきれないほどの患者が来ているのです。治癒魔法を使える者は有限です。信仰の厚い信者を優先させてもらわなければいけないので、私どもにはあなたのお子さんの治療をする余裕はないのですよ」
「どうか、どうかお助けください!お布施でしたら後で必ずご用意致します!どうかお願いします!」
「困ったなあ。あとでお布施すると言っておきながら、行方をくらます人がどれだけ多いと思っているのですか?あなたが前払いでお布施をしてくれていたら今すぐにでも診てあげられたのですが、結局あなたの信仰心が薄いのがいけないのですよ。困った時だけ信仰されるような浅い信者を救える余裕はないのです」
「そんな……、聖女様なら、聖女様なら誰でも助けてくれるはずです!どうか聖女様にお目通りを!」
「しつこいなあ!聖女様だって忙しいんだよ!いつまでごねてても、ここじゃその子の治療なんてできないよ!早くどっかの医者か薬屋に連れて行った方がいいよ。早くしないとその子死んじゃうよ?」
「ひどい……、ああ、ミゲル!」
母親は子供の名前を叫びながら泣き崩れた。
治癒魔法を受けるには、お布施という名の対価が必要なのだ。富める者だけが助かり、貧しい者は助からない。そして神殿の財政は豊かになってゆく。という構図が生まれている。
その頃、聖女は、神殿の中で患者の治療を行っていた。
患者と言っても大したことはない。神殿に高額な寄付をしている上級貴族たちの些細な体調不良の治療だ。
己の不摂生で具合が悪くなった者の治療をさせられていると、その間にも治療を受けられない貧しい国民が困っていることに聖女は心を悩ませる。
「いや~、最近肩こりがひどくってね。毎週と言わず毎日でも聖女様の治癒魔法を受けたいくらいですよ」
椅子に座った太った男は首を左右に動かしながらそう言った。
その後ろに立ち、男の肩の上に手をかざしている聖女は、愛想笑いを浮かべていた。
「はい、終わりました」
聖女がそう告げると、男は腹を立て出した。
「まだ10分くらいしか経ってないでしょうが!」
「でももう肩こりは治っているはずです」
「確かに肩こりは治ってますけど、私は30分治療を受ける権利があるんだ!時間までしっかり治癒魔法をかけてくださいよ!」
「でも……」
困った顔を浮かべた聖女に、近くに控えていた司祭が聖女に声をかける。
「男爵様からは多額のお布施をいただいています。30分間治癒を続けてください」
「……はい」
その後聖女は時間まで男に治癒魔法をかけ続けた。
男が帰ると、疲れた顔をした聖女に司祭が再び声をかける。
「聖女様、わがままは言わないでくださいよ。体が健康であろうともお布施分の治癒は続けてください。次の方をお呼びしますからね」
「はい」
暗い顔で聖女が答えると、司祭に連れられ次の患者が入室してきた。
その男の顔を見て、聖女は驚く。
「あっ」
「待たせすぎなんだよ!たかが聖女の分際で俺を待たせるなんて調子に乗るなよ!」
司祭が申し訳ありませんと頭を下げたその男は、勇者だった。
「勇者様……」
硬直している聖女に構わず勇者は部屋の中央にある椅子に座ると、聖女を睨みながら言った。
「で、お前なぜあの時結界を解かなかった?」
「そ、それは……」
勇者が聖女を非難しているのは、迷宮踏破記念式典でのことだった。
獣化したレオンに向かっていった勇者が聖女に結界の解除を指示したのに、従わなかったことを責めているのだ。
「あの場で結界を解除してしまえば、大きな被害が出ていました。戦わずに上手く話し合うべきだと考えていました。結果的に陛下が……」
「そういう事を言ってるんじゃないんだよ!」
ダン!と強く足踏みをして、勇者は聖女を恫喝する。その音に聖女は怯えを見せた。
「おまえだって知ってるだろ!あいつがどれだけ危険なやつかを。お前だって俺と一緒に殺されそうになっただろうが!あいつは殺しておかなきゃいけないんだよ!」
「でも陛下が牢に入れてくださったので、もう危険はないかと……」
ダン!とまた地面を強く踏み込む。大きな音を立てて聖女を威嚇した。
「生きてんだろうが!まだあいつは生きてんだろうがよ!もし牢から出たらどうすんだ?突然襲われたらどうすんだよ!あいつ絶対に俺たちの事を恨んでるんだよ!そのためにわざわざ王都まで来たんだろう!牢から出たら絶対に俺たちの命を狙ってくるに決まってるんだろうが!」
「ですがそういう雰囲気ではないと私は感じました。あくまでもあのレオンという人は、平和的に解決したがっていると」
「聖女ごときが俺に立てつくつもりか!」
勇者は大声を上げ、立ち上がり聖女に向かって睨みつけた。
怯える聖女を庇うように、司祭が勇者に釈明する。
「勇者様、お怒りをお沈めください。聖女に勇者様へ逆らうつもりはございません。あの場で二人が戦っては勇者様の身にも危険が及ぶと考えたのです。あの狼男が勇者様に攻撃するそぶりを見せたらすぐにでも結界を解除させました。結果的に国王陛下があの場を収めてくれましたし、問題はなかったはずです。勇者様のご命令に逆らったことについては聖女に後で注意しておきますので、本日はお許しを」
勇者の前で顔を青ざめながら静かに震える聖女。
司祭の言葉を聞いた勇者は眉間にしわを寄せながらも、ひとまず納得したのか退室して行った。
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その牢屋の中には絨毯が敷かれ、部屋の隅には大きなベッドが、部屋の中央に置かれている大きなテーブルの横では背もたれのある立派な椅子にレオンが腰かけていた。
「なんか牢屋っつーか、立派な部屋だな」
レオンを訪ねてきたロキは、その違和感を口にした。
寂しそうな笑い顔を浮かべたレオンは、自らが置かれた状況を説明する。
「国王が気を使ってくれたんだ。欲しいものがあればすぐに持ってきてくれるし、牢の中でおとなしくしている限り快適に過ごせるだろうよ。森で育った俺にはちょっと窮屈だがな」
「レオン、こんな目に合わせて悪かった」
「いや、これでいいんだ。俺が求めていたのはこの国が俺たち獣人の里を襲わないでいてくれること。その約束を取り付けることができたんだ。これ以上俺が求めることはない。ロキ、お前のおかげだ。ありがとう」
レオンから礼を言われても、誇らしい気持ちにはなれないロキ。レオンに返す言葉も思い浮かばず悔しい表情を浮かべる。
「そんな顔をしないでくれロキ。俺は納得しているんだ」
「何とかしてお前を外に出せる方法を考えるよ」
「あまり気にしないでくれ。御覧の通り俺は快適に過ごしてるからさ」
そう言って笑顔を浮かべるレオン。だがロキはそれが強がりだと分かっている。レオンは自らが犠牲になることで世界の平和を手に入れた。だが誰かの犠牲の上で成り立つ平和など間違っているとロキは考える。
「誰かが犠牲になるなんて……ブラックじゃないか」
レオンの牢の訪問を終え、監獄から出てきたロキは一人呟いた。
同行しているアルマたちはロキの事を心配そうに見つめる。
はあ、と大きくため息をついた後、ロキは言った。
「あーあ、憂鬱だなあ」
「大丈夫ですか?」
「国王の手前カッコつけたけど、正直ただの迷宮探索者の俺にこの国を変えるなんて荷が重すぎる」
「もう言い訳や不平不満は言わないんじゃなかったですか?」
「弱音くらい吐きたくなるだろ。人間なんだから」
「それはそうですけど、いくらなんでも前言撤回するの早すぎませんか?」
「それが俺という人間なのだ」
「ロキさんって、基本的にいつも憂鬱ですよね」
「それは否定できない」




