ジャスとレイチェル(ジャス視点)
書籍発売記念SSです。
「よっ、二人とも元気してたかー?」
そんな気さくな声が背後からかかって、俺とレイチェルは同時に振り返る。
艶のない焦げ茶色の髪、そばかすの散る顔。素朴な服装。
「えっ、ライリーくん?!」
「声的に、本人か?」
どこでも見かけるような町の少年風に変装しているライリー。
俺はこの姿の彼を知らなかったけれど、声は良く覚えている。
それでも思わず警戒してしまうのは、彼が正真正銘上位貴族だからだ。
つまり一人でマーケンの町にいるような存在じゃない。
「本物本物。流石に素顔でうろつけねーから、変装はきっちりしてるけどなー」
ククッと笑う彼は、やんちゃ小僧そのもので、とても貴族には見えない。
変装完璧すぎないか?
あの華やかな容姿をよくもここまで違和感なく変えられるよな。
というか、なんでここに?
マーケンの町はジャックベリー領にあるからか、鉱山の町のためか、栄えている。
でも伯爵家の子息から見たら、明らかに田舎だと思うんだけど。
「ジャスはそんなに緊張するなよ。会いたいって言ってくれたから会いに来ただけだぜ?」
「まさか、手紙を読んでここに?」
レイチェルが手紙を出したのはいつだったか。
ラングリースからは、いつかまた、という社交辞令的な結びで終わる返事が届いてたっけ。
手紙からにじみ出る俺達と遊びたいっていう思いが社交的ながらも全力で伝わってきてたけど、公爵家の子息という身分を考えれば、いつかまた、と書かざるをえないだろうなっていう。
ライリーからは返事がまだ届いていなかったけれど、よもやまさか本人が単身で乗り込んでくるなんて。
「ライリーくんって一人で来たんじゃないんだよね?」
「いや、一人だぜ? ラングリースは流石につれてこれねーからさ」
「うんうん、それはそうだと思うんだよ。でも、トリアンくんは? ライリーくん付きの使用人さんなんだよね?」
「あー……あいつはそう、ちょっとやることがあったからさ」
……ライリー、思いっきり目が泳いだな。これはあれか。トリアンが身代わりでもさせられてるんじゃないか。
レイチェルからあの日のことは何度か聞いたけれど、ライリーはラングリースのことも魔法で変装させていたみたいだし。
ただでさえ変化の魔法は難しいのに、自分以外の他者へ違和感なく施すって、どんだけ魔法に長けてんだよ。怖すぎだろう。
「まぁ、そんなことよりさ。エルズマギーにちょっと寄りたいんだよな。二人にここで会えたのはラッキーだったぜ」
ライリーが、すぐそばにある魔鉱石店エルズマギーの店を親指でくいっと指す。
「ちょうどよかったんだよ。ボク達も魔鉱石を売りに来たんだよ」
レイチェルが肩から提げていた革の鞄の中から、小さな布袋を取り出す。
シャラシャラと音が鳴る。
そうだった。
俺達も鉱石を売りにここまで来たんだった。
飴色のドアを押すと、カララーンとドアベルが鳴る。
店の中を浮遊する小さな魔鉱石は、俺達が中に入ると、空気の流れにそって漂い、淡い光を放って漂う。
「おぉ、これはこれは、ライリー様ではないですか。それに、レイチェルとジャスまで一緒とは、珍しいですのぅ。
ささっ、みんなこちらに座ってくだされ。
ちょうど今、ビスケットが焼きあがったところでしてのぅ」
エルズマギーのばあさんが、顔のしわを寄り一層深めながら、俺達を席に促す。
「それって、クロットの分じゃねーの?」
「沢山焼きましたからのぅ。孫達の分はたんとありますゆぇ」
「じゃあ遠慮なくいっただきまーす!」
木の器に盛られたビスケットを、ライリーが本当に遠慮なくパクパク食べだした。
その美味しそうなこと!
ご機嫌な笑顔で、俺達の分まで平らげそうな勢いだ。
伯爵家の子息からしたら、素朴なビスケットなんて食べなれて飽きてそうなのに、どう見ても演技には見えない。
バターをたっぷり使ったビスケットは、ジャムを乗せなくても美味しいけれど。
俺とレイチェルが食べっぷりに驚いていると、ライリーと目が合う。
「あっ、わりぃ。ちょっと急ぎで出てきたから、飯抜きだったんだよな」
「ううん、一杯あるから大丈夫なんだよ。でもなんでごはん食べれなかったのかなぁ?」
「あれだよ、あれあれ」
「うんうん?」
ライリーの適当な返事に、レイチェルが小首をかしげる。
あれだよな。
きっと、家をこっそり抜け出してるんだよ。
おそらく短時間で家に戻らなきゃならないんじゃないか?
マーケンの街の高速魔導馬車に空きはあるんだろうか。
ないなら、転移門の時間を考えておかないと、ヴァイマール領に今日中に戻るのが不可能になる。
「転移門までは、魔導馬車が16時に出てるよ。ちょうど、閉門までには間に合うと思う」
「おっ、サンキュー。高速魔道馬車は流石に空いてないよなー」
「黄金の礎亭に予備があれば、ってところかな」
「だよなぁ」
そして変装しているライリーを乗せてくれるかどうかってところまで含めて、結構ハードル高そう。
ほんと、どう見ても庶民にしか見えない。
膝が抜けたズボンなんて、どこで調達してきたんだろう。
俺は盗賊団だから、変装道具はある程度実家に揃ってるけど。
皺が無くとも色褪せもある使い古された衣類は、伯爵家では使用人だって着ていないに違いない。
この間は、鉱山のあれこれでかなり服は埃まみれだったけれど、今よりもう少し高級な雰囲気があった。
黄金の礎亭に泊まる為に、庶民過ぎる服は避けたんだろうな。
「ライリーくん、急ぎの用事があるのかな?」
「夕暮れにはまだ十分時間あるし、まったく急いでないぜ」
「そしたら、ボクもう一回魔鉱山にいってくるんだよ」
「レイチェル、急になにを?」
「ほら、この魔鉱石綺麗だけど、小さいでしょ? もうちょっと大きいほうが、アクセサリーに使いやすそうなんだよ」
あぁ、なるほど。
ライリーに会えたいまなら、ラングリースに魔鉱石を贈れるのか。
手紙を書いたときは、すぐに会えなかったからな。
でも流石に、今から魔鉱山に潜るのはどうだろう。
鉱夫のみんなは、まだ魔鉱山の外で休憩しているだろうか。
上手く合流出来るなら魔鉱山に入れるけれど、微妙な時間だと思う。
「アクセサリーってことは、ラングリースへだよな。あいつ丁度、今月誕生日なんだぜ」
「わっ、すごい偶然なんだよ」
「レイチェル、今からだと魔鉱山で採掘するのは無理じゃないか?」
「そうかなぁ?」
「すぐに良い魔鉱石が見つかるとは限らないからな」
魔鉱山には良質の魔鉱石が数多くあるけれど、アクセサリーに丁度いい大きさの魔鉱石がすぐに見つかるかどうかは運次第。
「あんまりでかい魔鉱石だと、ラングリースも受け取りづらいかもな」
「えっ、そうなんだ?」
「おう。あいつ、公爵家なのに妙に高いものは遠慮するからなー」
「そっかー。じゃあ、このぐらいの魔鉱石のほうが、受け取ってもらえそうなんだよ」
レイチェルが頷くのを見て、エルズマギーのばあさんがちょっとおしゃれな紙袋を店の奥から持ってきてくれた。
「良かったら、こちらを使ってくだされ」
「わぁ、おばあちゃん、ありがとうなんだよ」
レイチェルが愛らしい笑顔で紙袋に魔鉱石を詰め込んでいく。
「ライリーくんに会えてよかったんだよ」
黄金の礎亭で高速魔道馬車に乗ったライリーを見送って、俺達は岐路を急ぐ。
日が落ち始めて、道を行き逢う人々の影が長く伸びる。
完全に落ちる前に帰らないとだ。
俺はともかく、レイチェルに何かあったら大変だから。
ぱっとみは格好のせいで男の子にも見えるレイチェルだけど、夏より髪が伸びたせいか、大分女の子っぽくなってしまったと思う。
さらさらとした金髪は夕日に照らされて華やかで、キャスケードを被っていても人目につく。
……あの時も、夕焼けだったなぁ。
俺は、夕焼けに照らされたレイチェルの髪を見つめて、思う。
俺達が初めてであったのも、夕焼けの中だった。
◇◇
……ちっくしょうっ、やっちまった……!
はぁはぁと荒い息をつきながら、俺は岩山の影に身を潜めていた。
魔獣の爪に裂かれた二の腕を、布できつく縛り上げる。
……こんな所に、ドンケルハイトウルフがいるなんて。
名前が顕わす通り、漆黒の闇を身に纏ったドンケルハイトウルフは、隣国モンエダインに多く生息する魔物だった。
稀に、ウィンディリア王国にも現れるけれど、モンエダインに隣接した領地だ。
大抵はすぐにウィンディリアの軍務によって討伐される。
だから、こんな、モンエダインと隣接なんかしていない魔鉱山の麓の森で遭遇するのは、不運中の不運で。
……洒落にならねーよ。
一匹は倒した。
これでも、俺は盗賊団黄昏の空の一員だ。
並大抵の相手には引けを取らない自信があった。
幼い時から共にいる、魔鳥のシャンクスの援護もあったしな。
けれど二匹目が現れた。
一匹目を倒して気を抜いてしまった俺は、気づけなくて。
シャンクスが俺に警戒を促すように高く鳴いたけれど、間に合わなかった。
身体を捻って反転させて、辛うじて致命傷は避けれたものの、二の腕がざっくりと裂けた。
叫ばなかったのは、その暇すら与えられなかったからだ。
「くっ……!」
ドンケルハイトウルフが、低く吼えて、大地を蹴る。
俺も大地を蹴り、その軌道線上から身体を交わし、すれ違いざまにナイフで切りつけた。
けれど片腕を負傷し、痛みを堪えながらの俺の攻撃なんて、ドンケルハイトウルフには効く筈もなかった。
ナイフはほんの少し、敵の尻尾を掠めただけ。
そして、ドンケルハイトウルフの怒りを増しただけだった。
じりじりと、俺とドンケルハイトウルフの間が詰められていく。
トン、っと。
背中が、岩肌に当たる。
ドンケルハイトウルフの紅い舌が、ねっとりと口から垂れ下がる。
……食う気、満々かよ。
そう簡単に食われる気なんてないけどな。
無い、けど。
腕から流れる血が止まらない。
当たり前だ、止血する間もないんだから。
ピィーーーーーーーーーーーーイィ……ッ!
シャンクスが、隙を付いてドンケルハイトウルフの赤い瞳目掛けて急降下する。
けれどそれは、ドンケルハイトウルフには見切られてた。
「駄目だ、やられる!!!」
咄嗟に俺は、ナイフをドンケルハイトウルフの身体に向かって投げつける。
ナイフはドンケルハイトウルフの腹に突き刺さり、シャンクスの鋭い足が敵の目を抉った。
ギュガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!
耳が壊れそうなほどの絶叫を上げ、ドンケルハイトウルフはその場で激しく暴れだした。
シャンクスの攻撃で光を失った両の目からは、黒い血が流れ、ドンケルハイトウルフの身体からは黒い霧が立ち上る。
「消えろっての!」
腹に刺したナイフをより一層深く捻じ込むように、俺は回し蹴りをお見舞いする。
断末魔の叫びと共に、ドンケルハイトウルフは黒い霧となって消滅した。
「ピィ、ピィーーーーイ……」
シャンクスが俺の肩に止まり、茶色から黒にグラデーションがかった羽根を広げる。
まるで、大丈夫か、しっかりしろと言っているかのよう。
……やっべ。目が、霞んできやがった。
歩き出せずに、俺はその場にずるずると座り込む。
せめて、身を隠さないと。
流石にもういないと思いたいが、三匹目に遭遇したら、詰む。
俺は情けなくも這うように岩肌を移動し、岩と岩の陰に身体を捻じ込む。
そうしてやっと、腕の止血をしたわけだが――。
急激な眠気が襲ってくる。
目の前が暗くなって、身体が冷えてくる。
それがどういう意味を持つのか。
分かっていても、もう身体を動かす気力が無い。
「ピィッ、ピィーピッ!」
俺の肩の上で、シャンクスが必死に鳴く。
シャンクスだけでも帰したい。
もう日が暮れかけている。
夜の森に血の匂いをさせた俺といたら、どうなるか。
「行け。親父に、これを、届けてくれ……」
ポケットに入れていたハンカチを、シャンクスに咥えさせる。
俺の血で汚れたそれを、シャンクスはしっかりと嘴で挟み、俺の肩から飛び立った。
親父がこの場所を探してくれるかどうかはわからない。
こんな事になるとは思わなくて、いつも通り何も言わずに家を出たから。
それでも、シャンクスは賢いから、無事に家まで戻れるだろう。
俺も、朝まで持ちこたえれば……。
遠のきそうになる意識は、腕の痛みで何とか保たれた。
パキリ……ッ。
枝を踏む音に、びくっとする。
まさか、三匹目なのか?
俺は、荒い息を精一杯潜め、祈る。
頼むから、違ってくれよ……!
パキッ、パキッ!
足音はどんどん近付く。
むしろ俺を目指して早くなる。
ドクンドクンと心臓が煩い。
影が俺にかかる。
俺は、手にしたナイフに力を込めた。
「キミッ、すごい怪我! しっかりするんだよ、いまおとーさんが来てくれるから!」
「……っ」
声に目を見開く。
夕日に照らされて、子供が泣きそうな顔で俺の事を抱きしめる。
さらさらとした金髪が、夕日でより一層煌いた。
「レイチェル、どこだい」
「おとーさん、こっちだよ! 男の子が怪我しているんだよ!」
遠くに向かって、レイチェルと呼ばれた子が叫び返す。
少しもせずに茶色い髪の男性が現れ、ピィッ、ピーィっとシャンクスが鳴きながら男性を誘導するかのように近付いてくる。
「これは酷い、だが大丈夫だよ。すぐに痛みを取り払うからね」
男の手が俺の怪我の上にかざされる。
紡がれる呪文と共に血が止まり、傷が癒えていく。
……助かったのか?
そう思った瞬間、俺は意識を手放した。
◇◇
「うぉっ?!」
目を開けた瞬間、綺麗な黄緑色の瞳が目の前にあって、思わず叫んだ。
「あっ、脅かしてごめんなんだよ。そろそろ目を覚ますかなーって覗いちゃったんだよ」
顔を離して笑う顔には、見覚えがあった。
「レイチェル、さん?」
「あ、ボクの名前覚えててくれたんだ? レイチェルでいいよ。キミはなんていうのかな」
「俺はジャス。ジャス=レウル」
「ジャスくんか。かっこいい名前だね」
「俺も呼び棄ててでかまわないよ」
「そっか。じゃあジャス。どこか痛い所あるかな?
すごい怪我してたから、おとーさんに治してもらったんだよ」
「あぁ。大丈夫だ、助かった」
身体はまだ気だるさが残っているものの、激しい痛みを訴える場所はどこも無い。
特に酷くやっちまった二の腕にもだ。
かなり腕のいい治癒術師なんじゃないか?
「ジャスの鷹? すっごく賢いんだね。ボクたちの事をキミの所まで案内してくれたんだよ。
ハンカチが血だらけだったから、いま洗っているの。洋服も一緒にね」
言われてみれば、俺が着ている服が違っている。
いまいる場所はベッドで、あの血まみれの服でそのまま寝かせるわけにはいかなかったんだろう。
髪をかきあげるとサラサラで、あー、これ、お風呂も入れてもらっちゃってるんだろうな。
「色々迷惑かけたんだな。ごめん」
「ううん、気にしないでだよ。でもどうしてあんな所で、こんな怪我しちゃったのかな?」
レイチェルの言葉に、一気に血の気が引く。
そうだ。
やばい。
「レイチェル、俺はどのぐらい寝てた?!」
「えっ。二日間だよ? 急にどうしたの?」
「俺が怪我をしたのは、魔獣が出たからだよ。ドンケルハイトウルフだ。急いで王都に連絡を入れないと!」
「わかった、おとーさんに言ってくるから、ジャスはここで寝ててっ」
レイチェルがぱっとベッドから離れてドアに駆けて行く。
ピィッと。
シャンクスが鳴いて、サイドテーブルから俺の肩に飛び乗った。
「シャンクス、ありがとうな? お前のお陰で命拾いしたぜ」
背中を撫でると、気持ち良さそうに目を細める。
後で、好物のソーセージをたらふく食わせてやろう。
レイチェルが魔獣を報告してくれたなら、もう安心だよな。
流石に三匹もいないと思いたいけどさ。
万が一ってあるじゃん。
連絡が遅れたせいで犠牲者とか。
考えたくないぜ。
――この日から、俺とレイチェルはよく一緒にいるようになった。
だからあの日も、俺は、レイチェルの側にずっといたんだ……。
◇◇
「おかーさん、お願いっ、目を覚ましてなんだよ!」
教会の中で、レイチェルが、泣きながら棺を叩く。
ファーガスさんが辛そうに目を伏せた。
棺の中にはレイチェルに良く似た顔立ちの、彼女の母親が永遠の眠りについている。
事故だった。
以前、どこかのお屋敷に勤めていらしたとかで、立ち居振る舞いが綺麗な方だった。
いつも柔らかい笑みを浮かべていて。
そして、少し身体の弱い方だった。
咳の病によくかかっていたし、その度にファーガスさんが治療していたけれど。
それでも、年々、弱さを増していたから、レイチェルにもある程度の覚悟は合ったと思う。
けれど、これはあまりにも急すぎて、誰も感情が追いつかなかった。
「レイチェル……」
棺から離れようとしないレイチェルに、声をかける。
振り返った明るい黄緑色の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
「ジャス、じゃすぅっ……っ」
「うん」
「ボク、笑えない、笑えないんだ……っ」
「泣いていい。泣いてていいんだ」
「わ、笑わなきゃ、おかーさん、心配するんだよ……」
「笑えるわけないだろ。でも、引き止めるのは駄目だ。ちゃんと神様の下へ、送ってあげて」
人が亡くなったら、すぐに教会で葬儀を執り行う。
そうしないと、魂が魔獣に取り込まれて消滅してしまうと言われているから。
教会神父が棺の上に手をかざす。
白い魔法陣が周囲に浮かび上がり、きらきらと光を反射する。
祈りの言葉を呪文に乗せて、反射した光が棺に細かな模様を刻んでゆく。
魂を奪われぬように。
安らかな眠りを。
祈りの言葉が終わると共に、棺はさらさらと煌きながら白い粉へと変わり、輝く粉は神父の手によって丁寧に骨壷に収められていく。
すべての粉が骨壷の収められると、真っ白な骨壷の蓋がくりりと回って閉じられた。
「ボクが持つんだよ」
ファーガスさんが受け取ろうとした骨壷を、レイチェルが受け取る。
ぎゅうと抱きしめて、最後の別れを惜しんで。
教会の裏手にある墓に骨壷を収めると、街の皆で花を添える。
真っ白な花が、風に揺れて花びらを散らす。
どのぐらい、祈りを捧げていただろう。
街の人達が立ち去り、俺も、レイチェルを促そうとした時だった。
見た事の無い紳士が現れたのは、この時だった。
金髪に紺色の瞳の男性は、この町の人では無いようだった。
ファーガスさんがハッとして礼を取ろうとし、紳士に手で制される。
俺達と代わらないような服装だけれど、俺には分かった。
この人は、貴族だと。
洗礼された佇まいと、滲む上品さ。
服装もよくよく見れば、見た目こそ質素だけれど、仕立ても素材も一流だ。
わざと目立たない、地味な衣装を選んだのだろう。
理由は分からなかったけれど。
墓を見つめ、祈りを捧げていた紳士が、ふと、目線をレイチェルに移す。
「……君は、彼女に良く似ているね」
「おじさんは、お母さんのお友達なのかな?」
見知らぬおじさんが墓に祈りを捧げるのをじっと見ていたレイチェルは、小首を傾げた。
そんなレイチェルを撫でようと手を伸ばし、けれど紳士は、手を下ろす。
変わりに、胸ポケットからハンカチを差し出した。
レイチェルが握り締めていたハンカチはもう、くしゃくしゃで、涙に濡れすぎていたから。
百合と蔦が刺繍されたそのハンカチを、レイチェルはお礼を言って受け取った。
そっと、寂しげに微笑んでその場を立ち去る紳士を、俺とレイチェルは黙って見送った。
◇◇
「ねぇねぇ、ジャス、どこへいくのかな? ボクの家はここなんだよ?」
小首をかしげて、レイチェルに袖を引っ張られてはっとする。
レイチェルの金髪があの日の出会いを思い出させて、意識が随分とぼうっとしていたみたいだ。
あんまり思い出したくなかった紳士の事まで思い出してしまうし。
「ちょっとボーっとしてたみたいだ。また明日な?」
「今日はいろいろあったもんね。じゃあまた明日なんだよ」
レイチェルがバイバイと手を振って、家の中に入っていく。
『また、明日』
その言葉が嬉しい。
結局、あの時の紳士が何者だったのか。
正確なところは、わかっていない。
だけど、レイチェルがお母様の形見として持っているガラスペンに刻まれた模様は、あの日貰ったハンカチの刺繍は、デザインこそ違えど同じ百合と蔦で。
ガラスペンにレイチェルの黄緑色の瞳と、あの紳士の紺色の瞳のような魔宝石が埋め込まれている事も、俺はなんとなく落ち着かない。
あの紋章がどこの家のものなのか。
調べればすぐに分かった。
でも、俺はそれ以上調べるのは辞めた。
知ってしまったら、レイチェルがどこか遠くへ、手とのどかない所へ行ってしまいそうだから。
また、明日。
そういえる間柄で、ずっといたい。
俺は、レイチェルの部屋の明かりが灯るのを見届けてから、くるりと踵を返した。