『料理長のペット』:アリアンヌ視点
いつものように、わたくしが厨房を訪れた時でした。
料理長が、「大変だっ、大変だっ」と騒いでいらっしゃるのです。
そんな風に慌てる料理長を見たのは、わたくしが初めてパンを焼いた時ぐらいでしょうか〜?
何故か真っ黒に変わってしまったパンを見て、料理長はとっても青ざめていらしたのです。
だから今日も、パンがきっと黒いのです。
「料理長〜? パンが黒く変わったのです〜?」
慌てる料理長の隣に行き、オーブンを覗き込みました。
とっても美味しそうなのです。
いい匂いもしています。
でも、黒くないですよ〜?
「アリアンヌ、いいところに来た! コネノタマタフを見なかったかい?」
「コネちゃんですか〜? いいえ、見ていないのです〜」
コネちゃんは、料理長が大切にしているペットです。
猫によく似ているのですが、尻尾が二本に分かれています。
そして耳が兎のように長いのです。
先日、フォルトゥーナ様のお兄様からフォルトゥーナ様へ贈られてきたのです。
フォルトゥーナ様が、料理長の為にオリバート様にお願いされたそうです。
「にぅ……っ」と鳴いて、とっても愛らしいのですよ。
「あぁああ、どうしたらいいんだ……」
がっくりと、料理長が床に崩れ落ちました。
一体、何があったのでしょう〜?
首をかしげていると、メリーチェさんに肩を叩かれました。
「アリアンヌ、あなた、暇そうね?」
「はい〜?」
暇なわけではないと思うのです。
でも、メリーチェさんは怖いので、頷きます。
「料理長の代わりに、コネノタマタフを探してきて頂戴」
「どこにいるのでしょう〜?」
「それを探してっていってるんでしょうが!」
あぁ、またメリーチェさんを怒らせてしまいましたっ。
いつもこんな感じで怒らせてしまうのです。
不思議ですね〜?
「あぁああ、俺のコネノタマタフぅうううううっ!」
料理長が床の上に蹲って、頭を抱え始めました。
「ほら、ボーっとしてないで急いで見つけてきて。このままじゃ夕食の用意が間に合わなくなるわ。あんたしか手が空いてないのよっ」
「それでしたら、パンをお一つ下さいませ」
「ちょっと何いってるのよ? あんたはあたし達よりも優遇されてるくせに!」
「えっと、コネちゃんがパンをすきなのです〜」
「コネノタマタフが?」
「はい〜」
コネちゃんは料理長の作ったパンが大好きなのです。
猫と似ているのに、好きな食べ物はパンなのです。
なので、パンをもっていたら、側に来てくれるのではないでしょうか〜?
「……わかったわ。ちょっと待っていなさい」
メリーチェさんが、焼きたてのパンを一つ、布巾に包んでくれました。
わたくしは、落とさないようにポケットの中にしまいました。
ほかほかと暖かくて、良い匂いです〜。
「さぁ、これでいいでしょ。さっさと探してきて」
メリーチェさんに追い立てられるように、わたしは厨房を出されました。
うーん、コネちゃん、どこにいるのでしょう〜?
思い当たるところがぱっと思い浮かばないのです。
そもそも、どうしてコネちゃんを厨房に連れてきていたのでしょう〜?
いつもは、料理長の家にいるはずなのです。
料理長もコネちゃんが大好きだけれど、料理長のお嬢様が特にコネちゃんを好きらしいのです。
だから、わたくしがコネちゃんに会ったのは、フォルトゥーナ様がオリバート様から贈られた時だけですね。
その時、コネちゃんはフォルトゥーナ様とご一緒にパンを食べていたのです。
フォルトゥーナ様の膝の上で小首を傾げる姿がとっても可愛くて、よく覚えているのです。
でも、今どこにいるのでしょう〜?
「コネちゃーん、コネちゃーーーん?」
呼んで見ましたが、お返事が無いですね。
お屋敷中を探せば見つかるでしょうか。
「……テーブルの下で何をしているのですか」
「あ、エルドールさま……はうっ?!」
思いっきり頭をテーブルにぶつけてしまいましたっ。
「落ち着ついて。少しじっとして下さい」
エルドール様が、わたくしの頭に手を触れます。
撫でるようにそっと。
丁寧に丁寧に触れられていると、ちょっとくすぐったいような気もします。
でも我慢です。
じっと頭を見つめていたエルドール様が、ほっと息をつきました。
「傷や瘤は出来ていないようですね」
「はいっ、大丈夫なのです〜」
「こんな所に潜っていたのは、落し物ですか?」
「いいえ、違うのです。コネちゃんです〜」
「コネちゃん? フォルトゥーナ様が料理長に贈った魔獣ですね。逃げてしまったのですか」
「はい〜。料理長が悲しんでいるのです」
「あの魔獣の性質は、高い所を好みます。屋根の上などにいる可能性が高いでしょう」
「屋根の上ですか〜」
「こちらの本を図書室に入れたら、私が屋根を確認しましょう。アリアンヌは、屋根に決して登ったりはしないで下さいね」
「はいっ、しません」
ピシッと手を上げて答えると、エルドール様はふっと口元を緩めて去ってゆきました。
エルドール様は、いつも優しいのです。
ラングリース様と同じですね。
屋根の上はエルドール様が見てくださるのなら、庭の木々はどうでしょう〜?
わたくしは、裏庭に来て見ました。
裏庭には、中庭よりも木が多いのです。
「コネちゃーん、美味しいパンがあるのですよ〜?」
ふりふり、ふりふり。
ポケットからパンを出して、振ってみました。
「にぅっ……」
「!!!!」
どこでしょう?
いま、コネちゃんの声が聞こえました。
エルドール様は、上のほうが好きだと仰いましたよね〜?
「いましたっ」
くるっと裏庭の木々を見上げていたら、見つけましたよー!
コネちゃん、二本の尻尾を枝にからめて、くるんと丸まっています。
「コネちゃん、パンがあるのですよ〜。降りて一緒に食べましょう〜?」
「にぅ……にぅうっ……」
「食べないのです〜?」
「…………」
うーん。
側に持っていってあげないとだめなのでしょうか。
それなら、木に登ればよい事ですね。
屋根の上ではないから、エルドール様にも怒られないでしょう。
わたくしは、ポケットにパンをもう一度しまい、靴を脱ぎました。
昔から、木に登るのは得意なのです。
町の近くの森で木の実を集めたりしていましたから。
えいっと枝にぶら下がり、勢いをつけて木の枝に身体を押し上げます。
枝が多くて、登りやすいですね。
やっぱり、公爵家の木だから、栄養たっぷりなのでしょうか。
どんどん登れます。
「にぅ〜」
「もう少しで辿りつきますよ〜」
コネちゃんが待っています。
頑張るのですよ〜。
わたくしは、コネちゃんの待つ枝に、ぐぐっと登りました。
パンをポケットから取り出すと、コネちゃんは嬉しそうにまた鳴いて、パンを食べます。
やっぱりコネちゃんはパンが大好きなのですね。
ジャックベリー公爵家のパンは、美味しいですものね。
ラングリース様のおかげでいっぱい食べれて、わたくしも幸せです。
「ん? もうないのですよ〜。一緒に厨房に戻りましょう〜」
「にぅ〜♪」
ご機嫌なコネちゃんが、わたくしの肩に乗りました。
懐っこいですね〜。
「……アリアンヌ?」
あれ?
ラングリース様のお声が側で聞こえたような気がいたします。
気のせいでしょうか〜?
あ。
「ららら、ラングリースさまっ」
ラングリース様です。
ラングリース様が、目の前にいらっしゃいます。
図書室の窓を開け、黒い瞳を目一杯見開いていらっしゃいます。
どうしてここにいらっしゃるのでしょう?
「あ、アリアンヌ、頼む、そのままじっと動かないでくれ。すぐに助けに行く!」
「はわわ、あぁあっ!?」
ぐらりと、身体が傾きました。
コネちゃんがわたくしにしがみ付きます。
ぐるりと頭が下がって空が見えました。
一気に、下に引っ張られ……。
「きゃぁあああああああああああああっ!」
「アリアンヌッ!」
ラングリース様が図書室の窓から飛び降りるのが見えました。
えぇええええっ?!
そのままぐっと、わたくしを抱きしめて、何か呪文を唱えました。
ドゴンッ……っ!
いやな音を立てて、ラングリース様が地面に激突されました。
ラングリース様に抱きしめられていたわたくしは無傷です。
「ラングリースさま死なないでぇええええええええええええええ!」
「う……頼む……揺らさないでくれ……」
「ラングリースさま、ラングリースさまぁああああっ」
「いい子だから、落ち着いてくれ」
はうっ?
ぎゅぅうっと、強く抱きしめられました。
肩の上で、コネちゃんがにぅっと鳴きます。
「……ラングリースさま、生きてる……」
「わかってくれたか? しかし、私の肉盾は本当に完璧だな」
ラングリース様は苦笑しながら上半身を起こし、わたくしを横に座らせました。
「アリアンヌ。何でこんな危ない事をした?」
「コネちゃんが木の上だったからです〜」
「あぁ、そうだろうね。でも、助けれるかもしれないが、片手でどうやって降りるつもりだったんだ?」
言われてみれば、そうなのです。
コネちゃんを肩に抱っこしながらですと、普通に降りられませんでした。
落ちちゃったので、降りれたのですけど。
「あんまり、考えていなかったのです……」
「自分で全てするのではなく、出来ない事は出来る人を呼びなさい」
「誰を呼べばいいのでしょう〜?」
「誰でもいい。その魔獣が逃げないように急いだのだろうけれど、アリアンヌに何かあったら、みんなが悲しむんだからね」
「ラングリースさまもですか〜?」
「当たり前だろう。あぁ、ほら、そろそろエルドールがくる。しっかり、怒られてきなさい」
「わたくし、おこられるのですかっ?!」
エルドール様はお優しいのですが、怒るとやっぱり怖いのです。
考えただけで涙が出てきましたっ。
「一歩間違えば命を失う所だったからね。まぁ、この子を助けるためだったことは、私からも補足するよ」
話している間に、エルドール様が走っていらっしゃいました。
とっても、お顔が怒ってます!
「アリアンヌ。これはどういうことか、じっくりと話を聞かせて頂きましょう」
わたくしとラングリース様の状況を確認し、ニコリと微笑むエルドール様。
……わたくし、無事ですむのでしょうかっ?!
結局。
あのあとわたくしはエルドール様に思いっきり叱られました。
屋根の上に上ってはいけないというのは、屋根だけではなく、高いところ全般の事だったようです。
木の上も高いから、駄目だったのですね。
ちょっと、失敗してしまいました。
でも料理長には、とっても喜んでもらえました。
コネちゃんも、料理長に抱きしめられて幸せそうでした。
わたくし、明日もがんばります!
2016年 11月02日(水)活動報告より転載分。
100万PV突破記念SSです。




