第7話 壊れた物の行き先
四百日。
板に書いた数字を、ルカは三日眺めた。
一台に四十日。十台で四百日。妹の期限まで、あと五百四十日。作り終えた頃には、余裕が四十日しかない。そこから工房を借り、人を雇い、金貨五百枚を作る?
不可能だった。
「屑鉄を集める速さの問題じゃありません」
ヴェントに向かって、彼は言った。
「やり方が小さいんです」
「子供を増やすか」
「増やしても同じです。七人が十四人になれば日数は半分になりますが、半分では足りない」
ルカは炭を置いた。
「私はいま、屑を小売りで買っています」
老人が眉を寄せた。
「屑に小売りも卸もあるか」
「あります」
ルカは顔を上げた。
「私はいま、廃品商の山に子供を潜り込ませて、一袋ずつ拾っています。ですがその山は、どこかから運ばれてきたものです。運ばれてくる前の場所に行けばいい」
ネルに調べさせるのに、六日かかった。
娘は帰ってくるたび、床に炭で線を引いた。この街の壊れた魔道具が、どこを通ってどこへ流れるか。彼女が描いた図は、川筋のような形になった。
上市の魔道具屋には、毎日、壊れた品が持ち込まれる。
客が「直るか」と言って持ってくる。店は見て、直せるものは直す。直せないものは——受け取らない。客が持ち帰る。持ち帰られた物は、家の隅に転がり、やがて廃品商に二束三文で流れ、屑鉄として量り売りされる。
一部は店に残る。修理を諦めて置いていく客もいるからだ。それも溜まれば廃品商が引き取る。店が受け取るのは、荷車一台で銅貨十枚ほど。
「つまり」
ルカは線をなぞった。
「この街で毎日、アルヴァ鋼が屑鉄の値で流れている」
「知っとる者はおらんのか」ヴェントが言った。
「アルヴァ鋼は魔道具の心臓部にしか入っていません。外から見えない。分解して、中を見て、それがアルヴァかどうか判断できる者だけが、拾える」
「お前しかおらんな」
「はい」
ルカは炭で、川筋の一番上流に丸をつけた。
「廃品商から買うのをやめます。店から直接、買います」
「無理だね」
ドーラは即座に言った。
「上市の店が、あんたに壊れた品を売るわけがない。第一、店には壊れた品なんかほとんど残ってないよ。客が持って帰るからね」
「そこです」
ルカは言った。
「客に持ち帰らせずに、店に置かせます」
「なぜ客が置いていく」
「置いていったら、値引きになるからです」
ドーラの手が止まった。
「壊れた魔道具を持ってきたお客に、こう言ってください」ルカは続けた。「『それは直りません。ですが、うちで下取りします。新しい品を買っていただけるなら、銀貨一枚引きます』と」
「……一枚も引いたら、うちの利が飛ぶよ」
「飛びません」
ルカは指を折った。
「一つ。いまその客は、直らないと言われて、手ぶらで帰っています。何も買わずに。帰る客を、買う客に変えられます」
「二つ」
「二つ。その客は、次に何か壊れたとき、またこの店に来ます。他の店は下取りをしていませんから」
「三つ」
「三つ。壊れた品は、私が銀貨一枚で買い取ります。ですから店の持ち出しはゼロです」
ドーラが、口を開けたまま止まった。
「……あんた、それ、屑に銀貨一枚出すのかい」
「出します」
「正気かい。屑だよ」
「屑ではありません」
ルカは静かに言った。
「屑だと思われているだけです」
最初のひと月で、ドーラの店に集まった壊れた魔道具は、十九点だった。
ルカは店の裏で全部を分解し、七点からアルヴァ鋼を取り出した。掌に載る量が、ひと月で二回分。
だがそれ以上に大きかったのは、ドーラの帳面だった。
「客足が変わったよ」
女は帳面を叩いた。
「下取りに来た十九人のうち、十一人が何か買っていった。今月の売上、去年の倍だ」
「では、他の店にも」
「あたしが話す」
ドーラは立ち上がった。
「あんたが行っても扉が開かない。だがね、儲かってる店の主人が『こういう手がある』と言えば、みんな聞くんだ。商人ってのはそういう生き物だよ」
三月かけて、七軒が乗った。
いずれも上市の場末の、傾きかけた店ばかりだった。大店は相手にしなかった。下取りなど貧乏臭い、というのが理由だった。
ルカにはそれでよかった。
大店に気づかれるのは、まだ早い。
バルサが現れたのは、四軒目が乗った頃だった。
ドーラの店の裏で、ルカが壊れた湯沸かしを分解していると、その影が戸口を塞いだ。
「小僧」
樽のような体が、逆光の中に立っていた。
ルカは手を止め、立ち上がった。
「バルサさん」
「妙なことをしとるな」
男は床に転がった屑を顎で示した。
「壊れた魔道具を、銀貨一枚で買っとるそうじゃないか。七軒で。ひと月で銀貨百枚以上、屑に払っとる計算になる」
「はい」
「何を探しとる」
ルカは、答えなかった。
正確には、答えないという形で答えた。分解しかけの湯沸かしを、そっと足元の布で隠した。
バルサの目が、その動きを追った。
そして、男は笑った。
「なるほどな。魔石か」
ルカは、驚いた顔を作らないように気をつけた。
魔石は、使い切っても核の部分がわずかに残る。それを大量に集めて溶かし直せば、粗悪だが使える魔石になる——という噂は、下市の商人なら誰でも知っている。実際にはほとんど採算が合わない。だがバルサは、いま自分でその答えに辿り着いた。
自分で見つけた答えは、人はなかなか手放さない。
「……何のことでしょう」
「隠すな。あんな屑を集める理由なんぞ、それしかなかろう」
バルサは肩を揺すって笑った。
「やめとけ。十年前にやった奴がおる。三年で潰れた。溶かした魔石は不純物だらけで、灯りにもならんかったそうだ」
「そうですか」
「まあ、好きにしろ」
男は戸口から離れかけて、振り返った。
「あの焜炉の件は忘れとらんぞ」
「私もです」
バルサが去ったあと、ルカは布をめくった。
湯沸かしの中から取り出した、指先ほどの黒い金属片が、そこにあった。
彼は長く息を吐いた。
見せたい物を隠せば、隠したい物は見られない。
刻みは、二日に一台の速さで進んだ。
ヴェントの手は、相変わらず震えていた。だが、ルカが横につく前提で刻むことに、老人は慣れていった。「止まれ」の回数は、一台目の十四回から、五台目には四回に減った。
震えが減ったのではない。狂う前に自分で止まれるようになったのだと、ルカは思った。誰かが見ていると信じられれば、人は自分の手を信じられる。
七台目の途中で、ヴェントが針を置いて言った。
「小僧。この速さは、わし一人では続かん」
「わかっています」
「弟子を取る」
ルカは顔を上げた。
老人は、部屋の隅を顎で示した。麻袋を運び込んだトトが、床に落ちた金属片を、指先で一つずつ大きさ順に並べていた。言われてもいないのに、そうしていた。
「あの小僧、手が止まる」
ヴェントは言った。
「物を置くとき、最後にぴたりと止まる。ああいうのは、教えれば伸びる」
「トト」ルカは呼んだ。
「針を持ってみるか」
少年は、金属片を並べる手を止めて振り返った。
「怒られない?」
「怒られる」
ヴェントが言った。
「毎日な」
トトは、少し考えてから頷いた。
十台目を納めたのは初雪の日だった。
イルマの家から始まって、彫金の女、雲母切りが二人、刃物研ぎの老人、記録院を辞めた写本師が五人。
刃物研ぎの老人は、灯りを点けた瞬間、砥石に顔を近づけて三十を数えるほど黙り、それから「刃の目が見える」と言って泣いた。
彫金の女は値切ろうとして、ルカが応じないとわかると、あっさり諦めて言った。「じゃあ二台くれ。同僚が欲しがってる」
注文は十二件になった。
ただ、懐は温まらなかった。
売値は銀貨十八枚だが、入るのは月に二枚ずつだ。十二人から月に二十四枚。それも来月から。材料と鍛冶場と子供らへの払いで、いま出ていく金のほうが多い。
だからルカは、ドーラの店の目利きも、他の三軒の目利きも、下市通いも、一日も休まなかった。寝るのは三刻。手の甲は霜焼けで割れていた。
それでも、板に書いた数字だけは毎晩更新した。
残り、四万九千九百四十枚。
四十六枚、減った。
その夜、丘の上の屋敷で、一人の男が窓辺に立っていた。
カルディア商会連合の理事、バルド・ヴァレンティ。
彼の屋敷は街で最も高い場所にあり、窓からは市街の灯りがすべて見下ろせる。夜のカルディアは、橙色の海だ。上市が最も明るく、坂を下るにつれて灯が疎になり、川のあたりで闇に沈む。
その眺めを、彼は三十年見てきた。
だから、気づいた。
「あれは、何だ」
執事が窓に寄った。
職人街の一角に、白い点が散っていた。
数えられるほどの数だ。八つか、九つか。橙色の海の中で、そこだけが色が違う。冷たく、白く、そして——
「揺れておりませんな」ヴァレンティは言った。
執事は答えなかった。答える言葉を持っていなかった。
理事は窓枠に手を置き、その白い点をしばらく見つめていた。
「職人街の夜に、灯りがついている」
低い声だった。
「あそこの連中は、日が暮れれば仕事を畳む。三十年、そうだった」
彼は振り返った。
「調べろ」




