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二年で金貨五百枚 ~妹を買い戻すため、失われた魔法で商売を始める~  作者: 霧里 野蒜


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第26話 誰でも作れる

 判決から二十日で、贋物が出た。

 上市の大通りに、白い光が灯った。

 ルカが見に行くと、大店の店先に、三台並んでいた。筒の形も、硝子の嵌め方も、留め具の位置も、うちの品とほとんど同じだった。

 値札が出ていた。

 銀貨十二枚。売り切り。

 ルカは、しばらくそれを見ていた。

 「安いな」

 バルサが唸った。

 「うちは貸しで、月二枚だ。十二枚で買えるなら、そっちを買う奴が出るぞ」

 「はい」

 「どうする」

 ルカは、答えなかった。

 代わりに、店に入って、一台買った。

 店に持ち帰り、ヴェントの前に置いた。

 老人は、留め具を外し、板を取り出し、硝子越しに陣を見た。

 そして、三秒で言った。

 「四十五本だ」

 「二本、足りませんか」

 「内側の折り返しが、一本省いてある。あとは、外周の閉じが浅い」

 ヴェントは板を置いた。

 「点く。だが」

 「持ちませんか」

 「二年だな」

 老人は言った。

 「二年で、線が歪む。三年目には点かん」

 ルカは、頷いた。

 「そうでしょうね」

 「わかっとったのか」

 「値からです」

 ルカは言った。

 「銀貨十二枚で売り切りにするには、原価を三枚以下にしなければなりません。うちの原価は、鋼が屑値でも五枚です」

 彼は、板を持ち上げた。

 「鋼が違います。これは、規格品のアルヴァです」

 ヴェントが、眉を寄せた。

 「規格品のほうが、上等じゃないのか」

 「上等です。ですが、灯りには向きません」

 ルカは言った。

 「サイカの九番と十一番——連合が百年捨てさせてきた層の鋼でなければ、この陣の力を受け続けられない」

 老人が、動きを止めた。

 「連中は、それを知らんのか」

 「知らないでしょう」

 ルカは言った。

 「百二年前に、知っていた人は潰されました」

 ルカは、その夜、板の前に座った。

 炭を持ったまま、動かなかった。

 二年で壊れる灯りが、銀貨十二枚で売られている。

 放っておけば、二年後、街に二年で死んだ灯りが数千台転がる。

 そのとき、人は何と言うか。

 「白い灯りは、二年で壊れる」

 ——そう言うだろう。

 うちの品も、同じように見られる。

 「小僧」

 ドーラが、帳場から言った。

 「訴えるかい。真似だって」

 「訴えません」

 ルカは言った。

 「陣に権利はありません。私がそう主張したのが、二十日前です」

 「じゃあ、どうすんだい」

 ルカは、しばらく黙った。

 そして、炭を置いた。

 「教えます」

 「はあ?」

 翌朝、ルカが集めた面々は、全員が同じ顔をした。

 ヴェント、トト、六人の刻み手、ドーラ、バルサ、ネル。

 「教える、とは」

 バルサが言った。

 「何をだ」

 「陣の刻み方です」

 ルカは言った。

 「四十七本の順番。針の脚。深さの決め方。それから、どの層の鋼を使うか」

 「誰にだ」

 「作りたい者、全員に」

 店の中が、静まり返った。

 バルサが立ち上がった。

 「小僧、頭を打ったか!」

 「打っていません」

 「二年半かけて作ったんだぞ! 三十七枚潰して、峠を越えて、裁判までやって!」

 「はい」

 「それをタダで配ると?」

 「タダでは配りません」

 ルカは言った。

 「条件をつけます」

 彼は、紙を広げた。

 『クレイン商会 灯り製法 公開の条件

 一、四十七本の陣を、省略なく刻むこと。

 二、サイカ産第九層または第十一層の鋼を用いること。

 三、製造した灯りに、製造者の名を刻むこと。

 四、以上を満たす者は、クレイン商会の検めを受け、印を出すことができる。』

 「印?」

 ルカは、木札を出した。

 小さな板に、四十七本の陣が焼かれていた。真ん中に、空欄がある。

 「ここに、作った者の名を入れます」

 ルカは言った。

 「サドウ灯店なら、サドウの名を」

 ドーラが、身を乗り出した。

 「クレインの名は」

 「入れません」

 「またそれかい」

 「またです」

 ルカは言った。

 「焼くのは、四十七本の陣です。名前ではなく、中身を示す印にします」

 「意味がわからん」

 バルサが唸った。

 「その札があると、何がいいんだ」

 「客が、区別できます」

 ルカは、机の上に二台の灯りを並べた。うちの品と、買ってきた贋物。

 「見分けがつきますか」

 バルサは、二つを見比べた。

 「……つかん」

 「私にはつきます。ヴェントさんにもつきます。この街で、あと二人だけです」

 ルカは言った。

 「客には、つきません」

 彼は、木札を置いた。

 「ですから、印を出します。印のある品は、四十七本刻んであって、九層の鋼を使っている。二十年持つ」

 「印のない品は」

 「二年で壊れます」

 ルカは言った。

 「そして、壊れたときに、誰が作ったかがわかります」

 彼は、条件の三番目を指した。

 「製造者の名を刻ませるのは、そのためです」

 バルサが、ゆっくりと椅子に座った。

 「……小僧。お前」

 「はい」

 「大店に、名前を刻ませる気か」

 「はい」

 「刻まんかったら?」

 「印が出せません」

 ルカは言った。

 「印のない品は、二年で壊れると言い続けます」

 「言い続けるだけか」

 「言い続けるだけです」

 ルカは言った。

 「ですが、二年後には、証明されます」

 彼は、静かに言った。

 「私は、待てます」

 ヴェントが、初めて口を開いた。

 「小僧」

 「はい」

 「技を教えたら、うちの刻み手はどうなる」

 老人は、六人の子供を顎で示した。

 「この子らは、灯りしか刻めん。他所も刻めるようになったら、この子らは要らんくなるぞ」

 ルカは、六人を見た。

 一番小さな娘が、不安そうな顔をしていた。

 彼は、頷いた。

 「そこは、考えました」

 彼は、紙をもう一枚出した。

 『検め人 —— 灯りの陣を検め、印の可否を判ずる者』

 「印を出すには、検めが要ります」

 ルカは言った。

 「他所が作った品を、うちが見ます。四十七本あるか。線が狂っていないか。鋼が九層か」

 彼は、六人を見た。

 「それを見られるのは、毎日この陣を刻んでいる人だけです」

 一番小さな娘が、顔を上げた。

 「……あたしが、見るの?」

 「見てもらう」

 ルカは言った。

 「刻むより、難しい仕事だ」

 「できるかな」

 「三年やっている」

 ルカは言った。

 「この街で、四十七本を君より見ている人は、三人しかいない」

 トトが、手を挙げた。

 「あの、ルカさん」

 「なんだ」

 「教えたら……ほんとに、みんな作りますか」

 ルカは、少し考えた。

 「作るだろうな」

 「じゃあ、うちの灯りは売れなくなりませんか」

 彼は、この質問を待っていた。

 「トト。うちは、いま何台貸している」

 「三千百四十台です」

 「この街に、家は何軒ある」

 「……一万二千軒」

 「峠の向こうと、川の上と、海の方まで入れたら」

 トトが、口ごもった。

 「四万軒だ」

 ルカは言った。

 「うちが、一日四台作って、年に千二百台。四万軒に行き渡るのに、三十三年かかる」

 彼は、少年を見た。

 「三十三年、暗いままだ」

 トトが、目を見開いた。

 「他所が作れば、十年で済む」

 ルカは言った。

 「十年で済むなら、二十三年ぶん、誰かの手元が明るくなる」

 彼は、紙を畳んだ。

 「私は、四万軒を独り占めしたいわけじゃない」

 ヴェントが、長い息を吐いた。

 「小僧」

 「はい」

 「わしの家はな」

 老人は言った。

 「三代、灯りを作っとった。工房は一つだ。職人は十人。それで、街の何百軒かに配っとった」

 彼は、震える手を見た。

 「もし、あのとき、うちが技を配っとったら」

 彼は、そこで言葉を切った。

 しばらく黙ってから、続けた。

 「街中の工房が灯りを作っとったら、連合は基準を作れんかったかもしれん」

 老人は言った。

 「一軒だから、潰せた」

 ルカは、頷いた。

 「はい」

 「お前が言っとることは、そういうことだな」

 「はい」

 老人は、針を握り直した。

 「教えよう」

 ひと月で、十四軒が来た。

 大半は小さな工房だった。魔道具の修理をしていた者、看板を変えた魔石屋、そして下市の行商人が二人。

 ヴェントが教えた。トトが手本を見せた。六人の子供が、順番の表を配った。

 三月で、印を得たのは、六軒だった。

 八軒は、通らなかった。線が狂っていた。ヴェントは容赦しなかった。

 「もう一度」

 「もう一度、と言っとる」

 落ちた工房の一つの主人が、食い下がった。

 「点くじゃないか! 現に点いとる!」

 「二年で歪む」

 老人は言った。

 「歪んだ灯りを使った職人は、目を悪くする。それを直しに来る奴はおらん」

 彼は、板を突き返した。

 「もう一度」

 印には、いつのまにか呼び名がついていた。

 四十七の印。

 誰が言い出したのかは、わからない。職人街の誰かが、木札の陣の本数を数えたのが始まりだという。

 「四十七のある店で買え」

 下市でも、そう言われるようになった。

 ルカは、その呼び名を聞いたとき、少しだけ笑った。

 クレインの名は、どこにも入っていない。

 大店は、来なかった。

 大通りの三軒は、印のないまま売り続けた。値を銀貨十枚まで下げた。

 ルカは、何もしなかった。

 代わりに、取次店の帳面に一項目を足した。

 『修理受付 —— 他所の品も受け付ける。ただし、修理不能の場合は理由を書いて返す』

 半年で、贋物の修理が三百件来た。

 そのうち、二百七十件が「陣の歪み。修理不能」だった。

 サドウは、その紙を客に渡した。

 「うちで直せんのですか」

 「直せません」

 サドウは言った。

 「線が歪んどるんです。刻み直すしかない」

 「じゃあ、どうすれば」

 「新しく借りますか」

 老人は言った。

 「うちの品なら、二十年持ちます。月に二枚です」

 一年が過ぎた。

 印を持つ工房は、二十二軒になった。

 そのうち六軒は、カルディアの外だった。峠の向こうのサイカに一軒、川上の宿場に三軒、西の町に二軒。

 灯りは、カルディアだけの物ではなくなっていた。

 ケイソが、村を回った帰りに言った。

 「小僧。村に行くとな、もう白いんだ」

 「はい」

 「俺が最初に行ったときは、暗かった」

 男は言った。

 「三年でな」

 彼は、酒をあおった。

 「あんた、儲かっとらんだろ」

 「儲かっています」

 「うちの契約、他所に取られとるぞ」

 「それ以上に増えています」

 ルカは言った。

 「灯りを見たことがある人が増えると、借りたいという人も増えます」

 彼は、帳面を開いた。

 貸出契約、六千四百件。

 月々の賃料収入、金貨五十一枚。

 そして、板の隅に書かれた数字は。

 残債、金貨百二十枚。

 その夜、ルカは板の前に長く座っていた。

 三年半、毎晩書いてきた数字が、三桁になっていた。

 四百三十一枚が、百二十枚。

 いまの収入なら、二月半で消える。

 彼は、炭を置いた。

 そして、初めて、その先を書いた。

 牢を出たあと。

 父と母は、どこに住むのか。

 屋敷は、とうに人手に渡っている。ルカの店の二階には、部屋が一つしかない。ヴェントが寝ている。

 彼は、しばらく考えてから、新しい行を書いた。

 家を、探す。

 炭を置いて、彼はその一行を見つめた。

 三年半、一度も書かなかった言葉だった。

 「ルカ」

 ネルが、帳場から呼んだ。

 娘は、いつのまにか背が伸びていた。十五になっている。帳面を三冊抱えて、彼の横に来た。

 「これ、見て」

 「なんだ」

 「ソレル家」

 ルカは、顔を上げた。

 「うちの灯り、借りてる」

 ネルは言った。

 「先月から。二台」

 彼は、帳面を受け取った。

 契約者名、ソレル家。取次は、坂の上の店。

 「叔父上が」

 「たぶん」

 ルカは、しばらくその名前を見ていた。そして、言った。

 「ネル」

 「なに」

 「フェルド家は」

 娘は、別の帳面をめくった。そして、指を止めた。

 「……借りてる」

 彼女は、顔を上げた。

 「三台。先々月から」

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