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永遠の非モテ男子を演じてきた俺。しかし、好きだった幼馴染に嘘告されたので、俺は演じるのをやめて下克上をします  作者: 沢田美


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第6話:遅すぎる雨と、絶対に開かない扉。

 一葉の家を出て、自分のマンションの前まで帰ってきた時、夜の帳は完全に下りていた。

 おまけに、予報になかった冷たい夜雨がポツポツと街を濡らし始めている。


「ふぅ……。一葉の奴、最後はベッドまで連れ込もうとしてきたな……」


 首筋に残る一葉の甘い吐息の余韻を振り払うように、俺は頭を振った。

 彼女の圧倒的な甘やかしと全肯定によって、美咲に裏切られた心の傷は、驚くほど綺麗に塞がりつつあった。それどころか、一葉の少し過剰なまでの独占欲に、俺の理性がいつまで耐えられるかという、別の危機に直面している。


 エントランスのオートロックを開けようと、ポケットから鍵を取り出した、その時だった。


「――タカ、ヒロ……?」


 暗がりの植え込みの影から、濡れた声が響いた。


 ハッとして振り返る。

 そこにいたのは、傘も差さずに雨に打たれ、全身をガタガタと震わせている支倉美咲だった。

 昼間のファミレスで一軍女子たちに吊し上げられ、そのままここまで走ってきたのだろう。いつも完璧に整えられていた美少女の面影は、どこにもない。濡れそぼった髪が顔に張り付き、制服は泥で汚れ、瞳はこれ以上ないほど絶望に濁っていた。


「美咲……。お前、なんでここに」

 

「タカヒロ……っ、タカヒロぉ……!」


 俺の姿を見るなり、美咲は縋り付くように駆け寄ってきた。

 しかし、俺は一歩後ろへ下がり、冷酷に彼女の手が届かない距離まで退く。

 その拒絶に、美咲の顔がさらに絶望に歪んだ。


「お願い、話を聞いて……! 私、本当に悪かったの! あんなの、ただの罰ゲームのノリで……タカヒロが本当に私のことを好きか、ちょっと確かめてみたくて……からかっただけなの……っ!」

 

「からかった、ね」


 俺の声は、夜の雨よりも冷たかった。


「十年の思い出を。俺がお前に注いできた信頼を。全部ひっくるめて、お前は一軍の連中と笑うためのオモチャにした。それがお前の言う『からかっただけ』の正体だろ、美咲」

 

「違うの、私、タカヒロがいないとダメなの……! 昨日から、タカヒロから連絡が来なくて、朝も無視されて……一軍のみんなからもひどいこと言われて……私、もう一人ぼっちなの……っ!」


 ポロポロと、雨に混じって大粒の涙が美咲の頬を伝う。

 彼女は膝をつき、俺の靴に触れそうなほどに平伏して、必死に許しを請うていた。


「思い知ったよ、タカヒロがどれだけ優しかったか……! いつも私の後ろを歩いて、私が困ったらすぐに助けてくれて……私、タカヒロのことが、本当に、本当に大好きだったの! だから、お願い……昔みたいに笑ってよ! 『しょうがないな、美咲は』って、言ってよぉ……!」


 遅すぎる、あまりにも遅すぎる慟哭。

 かつての俺なら、この涙を見て胸を痛め、手を差し伸べていただろう。彼女の『冴えない幼馴染』として、都合のいい引き立て役に戻っていただろう。


 だが、今の俺の心は、不思議なほどに凪いでいた。

 悲しみも、怒りも、もう湧いてこない。ただ、目の前にいる少女が、ひどく滑稽で、哀れな存在にしか見えなかった。


「もう遅いんだよ、美咲」

 

「え……?」


「お前が泣いているのは、俺を傷つけたことを後悔しているからじゃない。自分が一軍からハブられて、孤独になって、都合のいい『財布』であり『奴隷』だった俺を失ったから、自分のために泣いているだけだ。お前の愛なんて、その程度の、底の浅い代物なんだよ」

 

「あ……あ、う……」


「それに」


 俺は美咲を見下ろし、はっきりと告げた。

 

「俺にはもう、お前なんかよりもずっと綺麗で、ずっと深くて、俺のすべてを愛してくれる『特別な女の子』がいるんだ」


「――そうよ、支倉さん」


 暗闇を切り裂くように、再びその声が響いた。

 エントランスのすぐ横、街灯の影から、一本の傘を差した少女が歩み出てくる。


 椎名一葉だった。

 彼女は俺のマンションのすぐ近くまで、俺を見送るために――あるいは、美咲が来ることを予期して――ついてきていたのだ。


「一葉……」

 

「タカヒロくん、お疲れ様。やっぱり、この泥棒猫が嗅ぎ回っていたのね」


 一葉は俺の隣に並び立つと、俺の肩に自分の身体を密着させ、一つの傘の中へ俺を招き入れた。

 そして、地面にへたり込む美咲に対して、ゴミを見るかのような、絶対的な強者の視線を投げかける。


「哀れね、支倉さん。自分が持っていた世界一の宝物を、自分の手でドブに捨てておいて、今さら拾い集めようとするなんて。……タカヒロくんはね、もうあなたの安っぽいおもちゃじゃないの。私の、生涯をかけて愛する、大切な旦那様候補なんだから」

 

「っ、椎名、さん……なんで、あなたが……。タカヒロは、私の幼馴染なのに……っ!」


 美咲が最後のプライドを振り絞って叫ぶ。

 だが、一葉はクスリと冷ややかに笑った。


「幼馴染? そんな記号、何の意味もないわ。あなたが彼を虐げていた十年間、私はずーっと、彼の本当の価値を知っていた。彼が輝ける日を、今か今かと待っていたの。……彼は今日、冴えないモブの演技をやめて、私の元へ来てくれた。あなたには、もう一秒たりとも彼の時間を費やす資格はないのよ」


 一葉の言葉は、美咲の心臓に直接突き刺さる、トドメの刃だった。

 美咲は「あ……あ……」と声を漏らし、完全に言葉を失って、泥水の中に両手をついた。


「行こう、タカヒロくん。風邪を引いちゃうわ」

 

「ああ、そうだな」


 俺は美咲に、最後の一瞥すら向けなかった。

 一葉と一つの傘を分け合いながら、エントランスの自動ドアをくぐる。

 背後で、自動ドアが静かに、だけど完全に閉まる音が響いた。


 ガシャン、というその音は、美咲の人生から音無崇広という存在が永久にシャットアウトされた合図だった。

 冷たい雨の中、一人取り残された元・一軍の美少女は、ただただ届かない扉の向こうに向かって、夜通し泣き叫び続けることしかできなかった。


 ――完全なる『後悔』の確定。

 俺たちの下克上ロードは、かつての過去を完全に踏み越え、ここから本当の『無双と溺愛の学園生活』へと突き進む。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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