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永遠の非モテ男子を演じてきた俺。しかし、好きだった幼馴染に嘘告されたので、俺は演じるのをやめて下克上をします  作者: 沢田美


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8/8

第7話:初恋の終着駅、そして僕たちの新しい夜明け

 雨が上がったあとの世界は、驚くほど残酷に澄み渡っていた。


 あの雨の夜から、一週間が経った。

 私――支倉美咲の日常は、文字通り一変してしまっていた。


「ねえ、聞いた? 今日の数学の小テスト、音無くんまた満点だったんだって」

 

「マジ? 顔だけじゃなくて頭もいいとか、本当に今までなんで隠してたんだろ」

 

「椎名会長がベタ惚れするのもわかるよねー」


 休み時間の教室。飛び交う会話の中心には、いつも『彼』がいる。

 かつて私の後ろをトボトボとついて歩いていた、冴えない幼馴染。分厚い眼鏡を外し、前髪を払った音無崇広は、今や学園の誰もが憧れる圧倒的なプリンスへと変貌を遂げていた。


 一方、私の席の周りには、誰もいない。

 松坂たちはあの嘘告の件と、これまでの悪質なハラスメント行為が決定打となり、停学処分と推薦取り消しになった。それを機に、一軍の女子グループからも私は完全にハブられ、教室ではまるで透明人間のように扱われている。


(自業自得、なんだよね……)


 机にポツンと置かれたノートを見つめながら、私は心の中で自嘲する。

 以前の私なら、こんな扱いに耐えられなくて、ヒステリックに泣き叫んでいたかもしれない。でも、今の私には、そんな気力すら湧かなかった。


 胸の奥にあるのは、怒りでも恨みでもない。

 ただ、底の抜けたバケツのように、冷たい喪失感だけが虚しく響いている。


 ――もう、戻らない。

 あの雨の夜、タカヒロが私に放った冷徹な言葉。そして、完全に閉ざされたマンションの扉。

 どれだけ泣いても、どれだけ叫んでも、私が十年間あぐらをかき続けてきた『タカヒロの優しさ』は、もう地球の裏側よりも遠い場所へ行ってしまったのだ。


「……バカだな、私」


 ぽつりと呟いた言葉は、誰に届くこともなく消えた。

これが、犯した過ちの代償。

失って初めて気づくなんて、あまりにも使い古された綺麗事だと思っていた。だけど、その綺麗事が今、鋭い刃となって私の心をズタズタに切り裂いている。私はただ、その戻らない現実を受け入れ、引きずりながら生きていくしかないのだ。


 ※ ※ ※


 【音無崇広視点】


「――タカヒロくん、またお菓子ばっかり食べて。はい、これ。お野菜もちゃんと食べなさい」


 放課後の生徒会室。

 俺の前に差し出されたのは、一葉の手作りのお弁当箱だった。

パカッと蓋を開けると、色鮮やかなお惣菜と、綺麗に形を整えられた卵焼きが並んでいる。


「いや、一葉。これ、明らかに二人分の量があるだろ」

 

「いいのよ。タカヒロくん、最近また少し痩せた気がするから、私がたくさん栄養をつけてあげないと。ほら、あーん」


 一葉は嬉しそうに目を細め、箸で卵焼きを挟んで俺の口元へと運んでくる。

学校内では『氷の女王』なんて噂されることもある完璧な生徒会長だが、この部屋で俺と二人きりになると、驚くほど距離感が近くなる。甘やかすような、それでいてどこか独占欲の滲む瞳が、俺の理性を少しずつ、だけど確実に溶かしていく。


「……あーん。うん、美味いな。一葉の卵焼き、出汁が効いてて好きだ」

 

「本当!? やったぁ。毎朝、タカヒロくんの好みの味になるように研究した甲斐があったわ」


一葉はパッと顔を輝かせ、そのまま俺の隣にぴったりと身体を寄せてきた。

肩と肩が触れ合い、彼女の柔らかな体温が伝わってくる。


学校での周囲の評価がどれだけ変わろうとも、俺の心の根底にある『傷』を一番に気遣ってくれているのは、いつも一葉だった。強気な俺を演じる必要のない、この静かな時間が、俺にとって何よりも救いになっていた。


「一葉」

 

「ん? 何、タカヒロくん」

 

「その何度も言うけど……俺、お前と出会えて、本当によかった。美咲に裏切られた時は、本当に世界が終わったような気がしたんだ。でも、お前が隣にいてくれたから、俺は前を向けた」


真っ直ぐに彼女の目を見て告げると、一葉は一瞬だけ驚いたように目を見開き、それから耳まで真っ赤にして俯いてしまった。


「も、もう……急にそういう、殺し文句みたいなこと言うの、反則だと思うな……」

 

「本心だよ」

 

「……ずるいなぁ。でも、嬉しい。私はね、あなたがボサボサの髪の裏で、どれだけ優しい心を持っていたか知ってた。だから、これからは私が、あなたの初恋よりもずっと、ずーっと深い『本当の恋』を教えてあげるからね」


一葉はそっと手を伸ばし、俺の左手を両手で包み込んだ。

温かくて、少し震えている彼女の手。

美咲への初恋は、あまりにも苦い終わりを迎えた。けれど、今、俺の目の前にあるこの温もりは、決して俺を裏切らない。俺の新しい恋は、一葉と共に、この場所から静かに始まっているのだ。


「……ああ。よろしくな、一葉」

 

「うん、タカヒロくん」


 ※ ※ ※


【支倉美咲視点】

 

 夕暮れ時。

 生徒会室での用事を終えたタカヒロと一葉が、仲良く腕を組んで校門へと向かっていく。

朝日に映える二人の姿は、まるで一枚の絵画のように美しく、完璧だった。


私は、校舎の陰から、ただ遠く、その背中を見つめていた。


かつて、あのタカヒロの隣は、私の指定席だった。

私が歩けば、彼はいつも一歩後ろを歩いてくれた。私が笑えば、彼は嬉しそうに微笑んでくれた。


そのすべてを、私は自分の愚かさで手放したのだ。


タカヒロの横で、幸せそうに笑う椎名さんの姿が見える。

タカヒロもまた、私が今まで見たこともないような、優しく、そして一人の男としての強い眼差しで、彼女を見つめ返していた。


そこに、私の入る隙間なんて、もう一ミリだって残されていない。


「……バイバイ、タカヒロ」


小さく、掠れた声で呟く。

それは、私の幼い初恋への、そして戻らない過去への、本当の別れの言葉だった。


胸の痛みは消えない。きっと、明日も、明後日も、私はこの後悔と向き合いながら、一人で生きていかなければならない。

だけど――いつまでも立ち止まって泣いているだけじゃ、本当に最低なままだから。


私は溢れそうになる涙をグッと堪え、二人の背中に背を向けた。

夕日の差し込む校舎の中へ、自分の足で、一歩を踏み出す。


戻らない現実の先にある、私の、新しい明日へと向かって。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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