第5.5話:十年の孤独と、私だけの宝物(椎名一葉視点)
タカヒロくんが私の部屋のソファで眠ってしまったあと、私は静かにその寝顔を見つめていた。
すっきりと整えられた黒髪。分厚い眼鏡の奥に隠されていた、切れ味の鋭い涼しげな目元。
世界で一番格好いい、私の大好きな男の子。
「……やっと、私のところに来てくれた」
そっと彼の頬に触れる。温かい体温が指先から伝わってきて、胸の奥がキュンと締め付けられた。
みんなは、彼が「急に豹変した」と思っている。
あの支倉美咲ですら、彼がずっと『冴えない幼馴染』のフリをしていたことに気づいていなかった。
でも、私は違った。私は十年前から、ずーっとタカヒロくんの本当の姿を知っていた。
彼と最初に出会ったのは、まだ小さな子供の頃。
公園の隅で泣いていた私に、タカヒロくんは自分の持っていたおもちゃを差し出して、「大丈夫?」って、世界で一番優しい笑顔で笑いかけてくれた。
その瞬間から、私の初恋は彼だった。
だけど、彼の隣にはいつも、太陽のように眩しい美咲さんがいた。
美咲さんの後ろをトボトボと歩くタカヒロくん。美咲さんが目立つために、わざとボサボサの髪型をして、分厚い眼鏡をかけて、自分を「非モテのモブ」だと偽り続けたタカヒロくん。
私は、それが悔しくて、歯痒くて、仕方がなかった。
(なんで気づかないの? タカヒロくんがどれだけ優しくて、どれだけ格好よくて、どれだけ素敵な男の子か、なんで隣にいるあなたが一番に気づいてあげられないの……?)
美咲さんが彼を都合のいい引き立て役として扱うたび、私の心は嫉妬と怒りで狂いそうだった。
学校で『氷の女王』なんて呼ばれるくらい冷徹に振る舞い、生徒会長の地位に上り詰めたのも、すべてはタカヒロくんの目に留まりたかったから。彼に相応しい、完璧な女性になりたかったからだ。
十年間、私はずーっと、暗闇の中で爪を研ぐようにして待っていた。
美咲さんが彼を裏切り、彼がその手を離す『その瞬間』を。
だから、あの放課後。
教室の窓から、美咲さんがタカヒロくんに『嘘告』をしているのを見た時、私の胸に湧き上がったのは、怒りではなかった。
(あぁ、やっと――チャンスが来た)
美咲さんが彼をドブに捨ててくれた。
だったら、私がその極上の宝物を拾い上げて、世界で一番幸せにしてあげる。
『お前みたいな底の浅い女、こっちから願い下げだ』
眼鏡を外し、凛とした声で言い放ったタカヒロくんの姿は、私の網膜に一生焼き付いて離れないほど格好良かった。
教室を飛び出してきた彼の袖を掴んだ時、私の心臓は破裂しそうなくらい激しく鳴り響いていた。
「これからは、私がタカヒロくんの隣にいるから」
あの日告げた言葉に、一ミリの嘘もない。
美咲さんがどれだけ後悔して、どれだけ泣き叫ぼうが、もう絶対に遅い。
「ふふ……もう誰にも、あなたを渡さないんだからね」
眠るタカヒロくんの額に、そっと愛おしさを込めて口づける。
十年の片想いを経て、ようやく手に入れた私の特等席。
これから始まる二人の未来を想いながら、私は彼の温もりに溺れるように、その身体を優しく抱きしめ続けた。
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