表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠の非モテ男子を演じてきた俺。しかし、好きだった幼馴染に嘘告されたので、俺は演じるのをやめて下克上をします  作者: 沢田美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/12

第5話:おうちデートの甘い罠と、一軍から転落した少女の孤独

 高級マンションの最上階。

 一葉の自室は、白を基調としたお洒落で、驚くほど女の子らしい部屋だった。


「はい、タカヒロくん。お着替え、これでサイズ大丈夫かな?」


 一葉から手渡されたのは、新品のゆったりとしたスウェットだった。

 学校での凛とした制服姿から一転、今の一葉はオーバーサイズのパーカーにショートパンツという、破壊力抜群の部屋着姿だ。結んでいた黒髪もさらりと下ろされており、いつもより幼く、そして無防備に見える。


「あ、ああ、ぴったりだ。ありがとな、一葉」

 

「ふふ、よかった。さあ、ソファに座ってて? 今、特製の手作りハンバーグを仕上げちゃうからね」


 キッチンからパチパチと小気味よい音が響き、肉のジューシーな香りが部屋を満たしていく。

 俺はふかふかのソファに腰掛け、テレビの画面をぼんやりと眺めていた。


 強気に振る舞った教室での対決。松坂たちの青ざめた顔。

 思い出すだけで、まだ少し心臓が痛む。

 演じるのをやめて、自分の尊厳を取り戻したはずなのに、十年という月日の重さは、そう簡単に心から消えてはくれない。美咲が最後に流したあの涙が、脳裏に焼き付いて離れなかった。


「……はぁ」


 小さく漏らしたため息を、一葉は見逃さなかった。

 いつの間にかエプロンを外した一葉が、出来立ての料理をテーブルに並べ、俺のすぐ隣に滑り込んできた。


「タカヒロくん、また美咲さんのこと考えてるでしょ」

 

「っ、一葉……」

 

「だーめ。私の前で、他の女の子のことで傷ついちゃ。……はい、あーんして?」


 一葉はフォークで小さく切ったハンバーグを差し出してきた。

 その瞳は、昼間よりもさらに深く、どこか妖艶な光を帯びている。完璧な生徒会長の仮面を脱ぎ捨てた彼女は、俺を甘やかし、独占することに一切の躊躇がなかった。


「いや、一葉、自分で食べられるから――」

 

「あー、ん。してくれないと、お姉さん怒っちゃうぞ?」

 

「……分かったよ。あーん」


 観念して口を開くと、ジューシーな肉汁と絶妙なソースの味わいが口いっぱいに広がった。


「……美味い」

 

「本当!? よかったぁ。タカヒロくんのために、隠し味をたくさん入れたんだから」


 一葉は満面の笑みを浮かべ、そのまま俺の腕に自分の身体をこれでもかと押し付けてきた。

 柔らかい感触が二の腕を通して伝わり、俺の理性が悲鳴を上げる。


「一葉、ちょっと距離が近くないか……?」

 

「近くないよ。むしろ、もっと近づきたいくらい。ねえ、タカヒロくん」

 

 一葉は俺の胸元に顔を埋め、上目遣いで俺をじっと見つめた。


「学校では、あんな格好いい男の子になっちゃって、みんながあなたを見てる。私、それがすっごく悔しいの。……タカヒロくんの本当の格好良さは、私だけのものだったのに」

 

「一葉……」

 

「だからね、この部屋にいる間は、私だけで満たされて。美咲さんの付けた心の傷なんて、私が全部、上書きして消してあげるから……」


 耳元で囁かれる甘い吐息。

 一葉の圧倒的な、執着に近いほどの愛情が、俺の傷ついた心をじんわりと溶かしていく。

 美咲に裏切られた痛みは確かに消えない。けれど、それ以上に、目の前で自分を全肯定してくれる一葉の温もりが、俺を心地よい底なし沼へと引きずり込んでいくようだった。


「一葉……ありがとう。俺、お前がいてくれて、本当によかった」

 

「ふふ、その言葉が聞きたかったの。……じゃあ、今夜はもっと、たくさん甘やかしてあげるね?」


 夕闇が迫る部屋の中、俺たちは互いの体温を確かめ合うように、深く、静かに寄り添い続けた。


 ※ ※ ※


 同じ頃。

 放課後のファミレスの一角で、支倉美咲は地獄のような時間を過ごしていた。


「――ねえ、美咲。あんたさ、いつまでそんな暗い顔してんの?」


 向かいの席に座る一軍女子のグループが、冷ややかな視線を美咲に投げかける。

 テーブルの上には、ドリンクバーのコップが乱雑に置かれていた。


「松坂たち、生徒会からガチの呼び出し食らって、今頃指導室だよ? 推薦も取り消されるかもって大騒ぎ。全部、あんたが音無を完璧にハメられなかったせいじゃん」

 

「そうだよ。ただの陰キャのくせに、あんなイケメンだったとか聞いてないし。あんた、幼馴染のくせに何も知らなかったわけ?」


 矢継ぎ早に浴びせられる、容赦のない非難の言葉。

 昨日までは「美咲、さすが一軍!」とチヤホヤしてくれていた『友達』たちが、今では自分たちの保身のために、美咲を戦犯として吊し上げていた。


「違う……私は、ただ……」

 

「ただ何よ? 結局、あんたが音無に調子乗った嘘告したせいで、うちらまで巻き添え食らいそうになってるわけ。マジで迷惑なんだけど」


 一軍女子の一人が、鼻で笑いながらスマホの画面を美咲に見せた。

 そこには、学校の匿名掲示板の書き込みが映し出されていた。


『2Bの音無、眼鏡外したらSSS級の超絶イケメンだった件』

『支倉美咲、一軍男子と組んで音無に嘘告してフラれたらしいぞ。ダサすぎ』

『椎名会長が音無をハグしてたってマジ? 支倉完全に勝ち目ねえじゃん笑』


「あ……あう……」


 美咲の視界が、絶望で激しく歪む。


 学校中が、タカヒロの本当の姿に熱狂していた。

 そして自分は、そんな彼を最も卑劣な形で裏切り、無残に捨てられた『哀れな道化』として失笑を買っている。


『お前みたいな底の浅い女、こっちから願い下げだ』


 タカヒロの声が、頭の中で幾度となくリフレインする。

 一軍の輝かしいカーストにいたはずの自分は、今や冷たい底へと叩き落とされ、誰からも手を差し伸べられない孤独の中にいた。


「私、帰る……」

 

「あ、逃げるんだ? ウケる。もう明日からうちらのグループに来ないでね、空気重くなるから」


 背後からの冷笑を浴びながら、美咲は飛び出すようにファミレスを後にした。


 夜の街を、涙を流しながら走り続ける。

 向かう先は、タカヒロの家だった。もうそこには、自分の居場所なんてないかもしれない。それでも、彼に謝らなければ、彼の優しい声をもう一度聞かなければ、自分が完全に壊れてしまうと思ったのだ。


「タカヒロ……ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」


 だが、美咲はまだ知らない。

 その頃、タカヒロは自分などより遥かに美しく、遥かに深い愛を持った生徒会長の腕の中で、極上の幸福に包まれているということを。


 少女の泣き叫ぶ声は、夜の静寂の中に、ただ虚しく消えていくのだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ