第22話:通じ合う日常と、ほんの少しの欲張り
週末の『おうちデート』を経て、俺と一葉の関係は、以前よりもどこか柔らかく、けれどより確かなものへと変化していた。
「音無くん、おはよう! 今日の政経の宿題、ここ、ちょっと教えてもらってもいい?」
「ああ、おはよう。ここはね、このグラフの推移と連動させて考えると分かりやすいよ」
「本当だ! 助かったよ、ありがとう!」
2年B組の朝。
俺の席の周りには相変わらずクラスメイトたちが集まり、和やかな会話が交わされている。
かつて髪をボサボサにして気配を消し、誰とも関わらないようにしていた頃が、今では遠い昔のことのように思えた。ありのままの自分を受け入れてくれる場所があるということが、こんなにも心を軽やかにしてくれるのだと知った。
一ノ瀬莉央も前の席から振り返り、「ふん、相変わらず人気者ね」と軽口を叩いてくるが、そこにはもう以前のような攻撃的な棘はなかった。互いを優秀な仲間として認め合う、心地よいライバル関係がそこにはあった。
そして――。
「皆さん、朝のホームルームが始まりますよ」
教室の入り口から、凛とした一葉の声が響く。
パッと教室の空気が引き締まり、クラスメイトたちが自分の席へと戻っていく。
生徒会長としての完璧な立ち振る舞い。だけど、彼女は俺の席の横を通る一瞬、ふっと目元を緩め、俺にだけ分かるように小さくウインクを送ってきた。
……一葉。
胸の奥がキュンと甘く痛む。
学校では『氷の女王』と『優秀な役員』という立場を保ちつつも、二人だけの秘密の繋がりを感じられるこの瞬間が、俺にとってもたまらなく愛おしかった。
※ ※ ※
放課後。
カチャリと静かに鍵がかかる音がして、生徒会室は二人だけの空間へと切り替わる。
「ふぅ……! 今日も一日、無事に終了!」
一葉は小さく伸びをすると、脱力したように俺の隣のソファーへと腰掛けた。
そのまま迷うことなく俺の二の腕にすり寄り、自分の頭を俺の肩へと預けてくる。
「お疲れ様、一葉。はい、お茶」
「ありがとう、タカヒロくん……ん、美味しい」
温かいハーブティーを一口含んだ一葉は、ほっと身体の力を抜き、俺の腕を抱き締める力をギュッと強めた。
ふわりと広がる、優しいシャンプーの香り。
「ねえ、タカヒロくん」
「ん? どうした?」
「今日ね……朝、一ノ瀬さんと楽しそうにお話ししてたでしょう?」
一葉は俺の肩に顎を乗せ、少しだけ頬を膨らませながら、上目遣いで俺を見つめてきた。
「一ノ瀬とは、普通に授業の話をしてただけだよ。一葉が一番だってことは、言わなくても分かってるだろ?」
「分かってるよ? タカヒロくんが私を一番にしてくれてるのも、私のことを大切に思ってくれてるのも、全部知ってる。……でもね」
一葉は照れくさそうに指先で俺の服の裾をいじりながら、小さな声で呟いた。
「分かっていても……たまには焼きもち、焼いちゃうの。私、タカヒロくんのことになると、どんどん欲張りになっちゃうみたい……」
彼女の頬が、ほんのり桃色に染まっている。
かつては誰にも心を開かず、一人で完璧であろうとしていた『氷の女王』が、俺の前でだけ見せる、素直で愛おしい弱音。
自分の過去を隠し、誰からも理解されないと思っていた俺の心を、一葉はどこまでも真っ直ぐな愛で満たしてくれた。
だからこそ、俺が返す言葉にも、もう迷いはなかった。
「欲張りでいいよ。一葉が俺に焼きもちを焼いてくれるの、すごく嬉しいから」
「……! もう、急にそういうことを言うんだから……っ!」
一葉は顔を真っ赤にして、そのまま俺の胸元へと勢いよく顔を埋めた。
互いの心臓の鼓動が、次第に速くなっていくのが伝わってくる。
「……じゃあ、もっと欲張りになってもいい?」
「ああ、いいよ」
「……今週末も、私の家に来て。今度は……朝からずっと、二人きりでいようね?」
耳元で囁く一葉の甘い声に、俺は愛おしさを込めて、彼女の身体を優しく抱き締め返した。
過去の苦い思い出を乗り越え、俺たちが掴み取ったこの温かい日常。
誰にも壊せない確かな絆を胸に、俺と一葉の新しい未来は、これからもずっと甘く、優しく続いていくのだった。
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