第23話:週末のブランチと、解けゆく孤独の影
一葉から「週末は朝から二人きりでいよう」と甘くねだられてから数日。
待ちに待った日曜日、俺は午前十時の少し前に一葉のマンションの前に立っていた。
『タカヒロくん! どうぞ、上がって!』
オートロックが解除され、エレベーターで最上階へ上がる。
一葉の部屋の玄関扉が開くと、そこには普段の制服姿とはがらりと印象の違う彼女が立っていた。
オフホワイトのゆったりとしたサマーニットに、柔らかなロングスカート。黒髪は後ろで緩くまとめられており、家ならではの無防備さと、どこか大人びた雰囲気が同居している。
「いらっしゃい、タカヒロくん! 待ってたよ」
「おはよう、一葉。……私服、すごく似合ってるな」
「っ、本当……? よかったぁ。何を着ようか、朝からすっごく迷っちゃった」
俺の言葉に照れくさそうに耳まで赤くしながら、一葉は自然な動作で俺の手を引き、部屋の中へと招き入れてくれた。
二人で並んでキッチンに立ち、少し遅めのブランチを作る。
焼きたてのフレンチトーストと、香ばしい挽きたてのコーヒーの香り。ベランダから吹き込む爽やかな風がカーテンを揺らし、休日の穏やかな時間が部屋を満たしていく。
「はい、タカヒロくん。メープルシロップ、たくさんかける?」
「ありがとう。一葉の手作りフレンチトースト、すごく楽しみだったんだ」
テーブルを挟んで向かい合い、一口味わう。外はカリッと、中はふわふわで絶品だった。
「美味しい……! 一葉、料理の腕が本当にどんどん上がってるな」
「ふふ、タカヒロくんに美味しく食べてほしいから、こっそり秘密のノートを作って勉強してるんだよ?」
「秘密のノート?」
「あ……っ、今のは秘密だったのに……!」
口を滑らせて慌てる一葉。そんな無邪気なやり取りがおかしくて、二人で顔を見合わせ、思わず笑い合ってしまった。
かつて俺の休日といえば、一人で部屋に籠もり、誰とも関わらないように本を読むだけの静かなものだった。
それが今では、自分を心から大切に想ってくれる少女と、こうして笑い合い、温かな時間を共有できている。
失ったものは大きかったけれど、手に入れたこの幸せは、何物にも代えがたい本物の宝物だった。
※ ※ ※
食後の片付けを終え、二人でリビングのソファーに並んで座る。
食後の心地よい眠気と、窓から差し込む温かな日差し。一葉はそっと俺の肩に頭を預け、俺の指に自分の指を絡めてきた。
「ねえ、タカヒロくん」
「ん?」
「私ね……今、夢を見てるんじゃないかって、たまに不安になっちゃうの」
一葉の声は静かで、けれどどこか切なさを含んでいた。
「ずっと陰から見つめることしかできなかったあなたが、こうして私の隣にいて、私だけに優しい笑顔を見せてくれてる。……十年前の私に教えてあげたら、きっと泣いて喜ぶと思うな」
一葉の手に、すっと力が込められる。
俺は彼女の指をしっかりと握り返し、優しく声をかけた。
「夢なんかじゃないよ、一葉。俺が今ここにいるのは、あの日、お前が俺の手を引いて、暗闇から連れ出してくれたからだ」
俺は一葉の顔を覗き込み、真っ直ぐにその目を見つめた。
「俺に『本当の自分』を取り戻させてくれたのは一葉だ。だから……これからは俺が、一葉をずっと幸せにするよ。絶対に離さない」
「……っ! タカヒロくん……!」
一葉の瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
けれど、それは悲しい涙ではなく、溢れ出す喜びと安心から流れた涙だった。
一葉は俺の胸元に飛び込むように抱きついてきて、俺も彼女の背中に腕を回し、優しく、けれど強く抱き締め返した。
静かな休日の日差しの中で、俺たちの心はどこまでも深く、温かく寄り添い合っていく。
過去の傷跡も、これからの未来への不安も、二人でいればすべて温かな光へと変えていける――そう確信できる、愛おしい休日の午後だった。
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