第10話:外の世界で見つける本当の価値、そして甘い檻の完成
この高校――鳳凰高校における生徒会という組織は、ただのボランティア集団ではない。
学園の予算編成から行事の運営まですべてを統括する、文字通りの『エリート集団』だ。
「――よし、これで次の学園祭の予算修正案は承認だ。みんな、お疲れ様」
生徒会室の長机の上。
膨大な資料をまとめ上げ、完璧なプレゼンテーションを終えた俺――音無崇広の声が響く。
「……すごすぎるよ、音無くん。この複雑な予算書を、たった二日で一人で精査しちゃうなんて……」
「会計の先輩たちが頭を抱えてた赤字ポイント、全部綺麗に修正されてる……。本当に、今までなんで一般生徒の中に埋もれてたの?」
周囲に座る生徒会の先輩や同級生たちが、一斉に感嘆の声を漏らす。
演じるのをやめた俺は、外見だけでなく、これまで隠してきた『頭脳』や『実務能力』も一切の手加減なしで解放していた。かつて美咲の後ろで「あはは、よく分からないや」と笑っていた男は、もうどこにもいない。
「音無くん、もしよかったらこの後、お礼も兼ねてお茶でも――」
「そこまでにしてもらえるかしら、皆さん?」
隣の女子役員が俺を誘おうとした瞬間、部屋の空気が一瞬で凍りついた。
上座から立ち上がった生徒会長――椎名一葉が、いつもの『氷の女王』の微笑みを浮かべながら、確かな威圧感を放って歩み寄ってきたのだ。
「タカヒロくんのこれからの時間は、すべて生徒会長である私との『個別反省会』で埋まっているの。……ねえ、タカヒロくん?」
「あ、ああ。そういう約束だったな」
「ということだから、皆さんは速やかに下校しなさい。……さあ、早く」
一葉の笑顔の裏にある絶対的な圧力に気圧され、他の役員たちは「お、お疲れ様でした!」と蜘蛛の子を散らすように生徒会室を退出していった。
バタン、と重い扉が閉まり、部屋には再び俺と一葉の二人だけになる。
「ふぅ……。一葉、またみんなを脅かして。せっかく俺の能力を認めてくれたのに」
「だって、油断したらすぐに他の女の子があなたを奪おうとするんだもの」
ガチャン、と小気味よい音を立ててドアの鍵を閉めた一葉は、そのまま一直線に俺のもとへ歩み寄り、俺の胸にその身体をドン、と預けてきた。
そのまま俺の首筋に両腕を回し、逃がさないようにホールドしてくる。
「学校中が、タカヒロくんの凄さに気づき始めてる。勉強もできて、仕事もできて、こんなに格好いい……。あんな底の浅い女の子には、あまりにもったいなさすぎる宝物。……ねえ、タカヒロくん。私はもう、あなたを誰にも見せたくないの」
「一葉……」
彼女の瞳に宿る、歪なほどに美しい独占欲。
美咲に裏切られて空っぽになった俺の心は、今や一葉のこの『重すぎる愛の檻』の中に囚われていた。だが、それが恐ろしいほどに心地よくて、俺はもう、その檻から出る気なんてこれっぽっちも起きなかった。
※ ※ ※
その頃。
放課後の部室棟の裏で、支倉美咲は自分の『現実』に直面していた。
「――だからさ、美咲。もう話しかけてこないでって言ったじゃん」
かつて美咲をチヤホヤしていた二軍や三軍の男子生徒たちが、冷淡な目で美咲を見下ろしていた。
松坂たちが停学になり、一軍グループが崩壊した今、美咲は自分の居場所を探して、必死に他の生徒たちへ声をかけていたのだ。
「お願い、今日のノート見せてほしいの……。最近、授業に集中できなくて……」
「ハッ、お前さ、音無をオモチャにして嘘告してフラれたくせに、今さら被害者ぶって他人に頼るわけ? マジで引くんだけど」
「そうだよ。音無くん、今や生徒会のエースで、学年一の有名人だよ? あんな超絶ハイスペックな男をずっと奴隷扱いしてたとか、お前どんだけ傲慢なんだよ。自分を高嶺の花だと思ってたみたいだけど、中身スカスカじゃん」
「あ……あう……」
容赦なく浴びせられる正論の刃。
美咲は何も言い返せなかった。
かつては自分が他人を見下す側にいた。タカヒロという『絶対的な味方』が後ろにいてくれたからこそ、強気でいられたのだ。その味方を自らドブに捨てた結果が、この惨めな孤立だった。
彼らは美咲を無視して歩き去っていく。
一人取り残された美咲は、冷たい地面を見つめながら、ぽろぽろと涙をこぼした。
「タカヒロ……う、嘘でしょ……? なんで、こんなことになっちゃったの……」
どれだけ悔やんでも、どれだけ泣いても、過去は変わらない。
タカヒロはもう、生徒会という手の届かない高みで、新しい光の中にいる。そして自分の手元には、何も残っていないという『現実』だけが、重くのしかかっていた。
※ ※ ※
【音無崇広視点】
「……ん、もう、タカヒロくん。もっと強く抱きしめて?」
夕暮れの生徒会室。
一葉は俺の膝の上にちょこんと座り、俺の胸に顔を埋めて甘えた声を上げていた。
窓の外では、美咲が孤独の中で泣いているかもしれない。一軍の連中が破滅に怯えているかもしれない。
だが、そんな過去の雑音は、一葉の甘い吐息と、俺の腕の中に伝わる確かな体温によって、完全に消し去られていく。
「一葉。俺はもう、どこにも行かないよ」
「うん。……ずっと、私のそばにいてね」
初恋の残骸を乗り越え、俺たちの『新しい恋』は、誰にも壊せない完璧な形へと、静かに、だけど確実に完成しつつあった。
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