3. いつものトラブル
至福の時間は、いつも唐突に、そして騒々しく破られるのがこの三人の「お約束」だった。
トールが丹精込めて作り上げた「ドラゴン牛のサイコロステーキ丼」が、ほかほかの湯気を上げ、ライラックが聖剣でも手にするかのような神妙な面持ちで割り箸(コンビニ配布品・0円)を割った、まさにその瞬間である。
「止まれ! 動くな! その『芳香罪』違反の疑いがある物体を直ちに差し出せ!」
石畳を激しく叩くブーツの音とともに現れたのは、街の「風紀維持局・特殊調理取り締まり班」を名乗る一団だった。彼らは仰々しいフルプレートメイルに身を包みながら、手には魔力探知機ではなく、なぜか現代の「騒音計」によく似た「匂い測定器」を握っている。
「またか……。リーマル、今度は何の罪だい?」 トールは、せっかくのミディアムレアが余熱でウェルダンになってしまうのを危惧して、困ったように眉を下げた。
「ふむ、どうやら『半径50メートル以内における食欲攪乱罪』および、『未認可スパイスによる公共の福祉への侵害』のようですね」
リーマルは動じることなく、箸を止めて眼鏡のブリッジを押し上げた。
一団のリーダー格である巨漢の男が、トールたちのテーブルにドカドカと歩み寄り、ステーキ丼を指さして吠える。 「貴様ら!
その肉から漂う、鼻を突き抜けて脳を直接揺さぶるような……この、暴力的なまでの『ニンニク醤油』の香りは何だ!
これは民衆の労働意欲を削ぎ、街全体を空腹によるパニックに陥れる禁制品ではないのか!?」
「……ただの晩ごはんなんだけど」 トールの言葉など耳に入らない様子で、男はよだれを飲み込みながら、没収という名の略奪を試みようと手を伸ばした。
その時である。 「……どいて」 低く、地響きのような声が響いた。
ライラックだった。彼女の瞳からはハイライトが消え、手にした割り箸からは、うっすらと紫色の魔力が立ち上っている。彼女にとって、食事の邪魔をされることは、世界が滅びるよりも重大な緊急事態なのだ。
「私の……私の、50円のフルコースに……汚いグローブで触ろうとしたわね?」 「な、何だこの娘は!? 凄まじい威圧感……くっ、ひるむな! その丼を確保――」
「リーマル」 ライラックの静かな、しかし有無を言わせぬ催促。
「了解しました。……さて、衛兵の皆さん。皆さんが振りかざしているその『匂い測定器』、実は裏面の製造年を見ていただけますか?
それは私が一昨日、リサイクルショップで1円で買い取って寄贈した、電池切れの旧型です」
リーマルがスッと差し出したのは、一枚の法的な裏付けがあるという風を装った「領収書(手書き)」だった。
「な、何だと……?」
「さらに言えば、この街の条例第108条によれば、『10円以上の価値を持つ供物』を捧げることで、路上でのあらゆる調理は合法化されるとあります。……いいですか、驚かないでくださいよ」
リーマルは仰々しく、懐から一丁の「うまい棒・めんたい味」を取り出した。
「これは現代の錬金術が産んだ、奇跡の多孔質スナック。市場価値にして……なんと、12円です!」
「じゅう、じゅうにえんだとぉっ!?」 衛兵たちに激震が走る。この物価安の世界において、10円の大台を超える「高級菓子」の存在は、宝石にも匹敵する輝きを放つのだ。
「これを見逃し料として差し上げます。さあ、これを持って詰所に帰り、みんなで分け合って食べるといい」
リーマルの巧みな話術と、12円という圧倒的な「財力」の前に、衛兵たちはすっかり戦意を喪失した。彼らは震える手でうまい棒を受け取ると、「寛大なる処置に感謝する……!」と言い残し、まるで宝物を手に入れた子供のように走り去っていった。
「……行ったか。やれやれ、これでおいしく食べられるね」 トールが苦笑いしながらライラックを見ると、彼女はすでに無言でステーキ丼を口にかき込んでいた。
「んんっ、ふふっ、おいひい……! トール、お肉が冷める前に守れてよかったぁ……」 「そうだね。でもリーマル、あのうまい棒……本当は12円もしたっけ?」
「いえ、スーパーの10本パックで買ったので、実質1本9円ですよ。差額の3円は、彼らの『心の満足度』として上乗せしておきました」
こうして、3円のハッタリと12円の賄賂によって、平和な食卓は守られた。
異世界の夕暮れ。現代的な街灯が灯り始めるなか、三人の周りには再び、50円とは思えない幸せな香りが漂い始めた。




