第二部2話 制圧
階下から応援の警官たちが階段を駆け上がってくる。
銃声こそ響かないが、彼らは特殊警棒と、暴徒鎮圧用の大型の盾を構えていた。
「対象は異常な身体能力を保持! 包囲を縮めろ!」
恵一は逃げも隠れもしない。
ただ、向かってくる彼らを迎え撃つべく、一歩ずつ階段を降りていく。
先頭の隊員が放った警棒の一撃が、恵一の側頭部を捉えた。
しかし、響いたのは「カーン」という、防護柵を叩いたような虚しい金属音だった。
特注の強化合金製警棒が、佐藤の肌に触れた瞬間に「くの字」に折れ曲がる。
「そんな……バカな……」
恵一は無表情のまま、その隊員の盾を指先で軽く突いた。
厚さ数センチのポリカーボネート製の防弾盾が、まるで薄氷のように粉々に砕け散る。
その衝撃波だけで、背後にいた五人の警官がドミノ倒しのように転倒し、踊り場の壁を突き破って外へと放り出された。
死者は今のところ出ていない。
だが、彼らの心はここで完全に折れた。
自分たちが信じてきた「正義の武器」が、ただの玩具のように扱われる屈辱。
アパートの外には、十数台のパトカーが赤い光を回転させ、巨大なバリケードを築いていた。
スピーカーからは投降を呼びかける声が響いているが、恵一が地上に降り立つと、その声は一瞬で止まった。
恵一は、パトカーの列に向かって悠然と歩き出す。
「撃て……威嚇射撃だッ!」
指揮官の震える声とともに、数十発のゴム弾や催涙ガス弾が放たれる。
しかし、恵一の周囲に渦巻く「気」のような圧力が、それらすべてを地面に叩き落とした。
恵一は、先頭のパトカーのボンネットにそっと手を置いた。
彼が指先にわずかに力を込めると、2トン近い重量のパトカーが、まるで紙屑のようにクシャリと丸まった。
タイヤは破裂し、エンジンブロックはひしゃげ、スクラップへと変わる。
逃げ遅れた警官たちがパトカーから這い出そうとするが、恵一は彼らを傷つけることなく、ただその衣服を掴んで、十メートル先の植え込みへと放り投げた。
次々と「無力化」されていくパトカー。
あるものは空中に放り投げられ、あるものは文字通り地面にめり込まされる。
数分後。
そこには、五体満足でありながら、一人として戦う意志を保てなくなった警官たちが、瓦礫と化した車両の影で震えていた。
武器はすべて破壊され、車両は鉄屑となり、応援を呼ぶための無線機も、恵一の放つ圧力で電子回路が焼き切れている。
「よし、これで一旦片付いた。」
恵一は、原型を留めないパトカーの山を背に、休憩のためアパートの自室に戻ることにした。
カン…カン…カン…
恵一は、ひしゃげたアパートの階段を上り、自分の部屋に入る。
外では、まだ数人の警官が地面に這いつくばり、呻き声を上げている。
遠くでサイレンの音がいくつも重なって聞こえるが、それがアパートに到達するまでには少し時間がかかりそうだった。
恵一は台所で水道をひねり、顔を洗った。
鏡の中の自分は、相変わらずどこにでもいる「恵一」だ。
だが、Tシャツに開いた焼けた穴が、現実がもう戻れない場所まで加速したことを告げている。
「さて……これから、どうなるんだ」
テレビをつけると、すでにアパート周辺がヘリコプターから生中継されていた。
『現在、○○区の住宅街で刃物を持った男が暴れているとの情報が……いえ、詳細が入ってきました。爆発音のようなものが聞こえたとの証言もあり、警察は大規模な規制を……』
アナウンサーの声が震えている。
画面越しに見える自分のアパートの周りには、続々とパトカーが集結し、まるで巨大な赤い数珠のように道を塞いでいた。
しかし、恵一は気づく。
集まってきたパトカーたちは、一定の距離を保ったまま、決して敷地内に入ってこようとはしない。
彼らは待っているのだ。
自分たちのような「普通の人間の公務員」では手に負えない、「怪物を処理するための専門家」が到着するのを。
恵一はソファに深く腰掛けた。
静寂。
サイレンの音さえ遠のいたような、不気味なほどの静けさ。
それは、警察が「法律」を武器にするのをやめ、「軍事」として自分を排除する準備を整えるまでの、残酷な猶予期間だった。
少しゆとりが出来たので恵一はシャワーを浴びることにした。




