第15話 宿泊
恐怖に耐えながらも、なんとかコンビニに入り傘を購入した恵一。
『危ない危ない、間一髪だったな…』
外を見ると雨脚はかなり強くなっている。
傘があるとはいえ、正直この中を歩きたくはない。
だがこのままコンビニに留まっているわけにもいかないので意を決して外に出る。
ザー、ザー
やはり外に出てみると結構な雨量だ。
これは今日一日降り続くに違いない。
恵一もこれにはさすがにまいった。
今まではちょっと観光気分で景色などを楽しむ余裕があった。
しかし、今日は雨である。
走ったら水が飛び跳ねて余計に服も泥だらけになることだろう。
だからひたすら歩くしかない。
疲労は感じないとはいえ、雨の中長時間歩き続けるのは精神的にしんどいものだ。
その時遠くで、雨音に混じって「ウゥゥ……」と低い唸りのような音が聞こえた。
サイレンではない。パトカーが水を跳ね上げながら、ゆっくりと徐行してくる音だ。
恵一は仕方なくわき道にそれて走った。
しばらく走り続けた。
もちろんズボンはぐしょぐしょである。
『このまま雨の中を当てもなく彷徨うのは辛い。なんとかしなくては…』
そう思っていた恵一にある名案が閃いた。
『コインランドリーだ!』
コインランドリーならこのズボンや服も洗濯出来て乾かすことまで可能な上に、しばらく雨宿りの休憩もできる。
濡れたことによって体も冷えてきたので、着替えたいのと、どこかで休みたいところだった。
コインランドリーはこの条件をすべて満たすことが出来る。
この前も言ったが、逃走中の体調不良は致命的だ。
もし悪化しても病院に行くこともできない。
重症化してしまってはその場で動けなくなり「逮捕」もしくは「死」なのである。
なんとか近くにコインランドリーを発見し、そこに入る。
幸いなことに周りに客はいない。
リュックを開けると手早く着替えを済ませてズボンと来ていたシャツとパーカーを洗濯機に放り込む。
『ふうっ』
恵一は一息つき、イスに腰を下ろした。
先ほどのパトカーは恵一を追ってきたものなのか?それともたまたま遭遇しただけなのか?
真相は不明だが、なんとなく嫌な予感は感じていた。
洗濯が終わり、ズボンとシャツとパーカーを乾燥機へ移すと、恵一に唐突に睡魔が襲ってきた。
連日の逃走劇、そして野宿。
今朝もまだ寝ていたかったのに雨で起こされている。
当然の生理現象だ。
……
「はっ!」
気付かぬうちにウトウトしていたらしく、乾燥機に目をやるとタイマーが、残り「02」を表示して点滅している。
「…ふう、丁度いいタイミングだったな」
しばらくして熱風が止まり、ドラムの回転がゆっくりと停止した。
「……よし」
主人公が乾燥機の扉を開け、生暖かいパーカーに手を伸ばしたその時だ。
ランドリーの入り口、雨に濡れたガラス越しに、一台の黒いワンボックスカーが駐車場へ滑り込んでくるのが見えた。
パトカーではない。だが、その止まり方が不自然だった。
白線を無視し、店の唯一の出入り口を塞ぐように、斜めに停車したのだ。
……まさか)
心臓が喉までせり上がる。
ワンボックスのドアが開き、作業着のような、それでいて目つきだけが鋭い男たちが二人、同時に降りてくる。
一人はスマホを耳に当て、一人は周囲を警戒するように視線を走らせた。
(機捜だ。バレた!)
そう、実は先ほどのパトカーも、恵一がこの辺りにいるという確信を持って巡回していた。
というのも、昨日の町中華のおばちゃんは、恵一の予想通りあの時点で警察に通報していた。
そしてその後立ち寄ったコインランドリーの防犯カメラにもバッチリ恵一の姿が捉えられていたのだ。
これで大よその捜査範囲が絞られた上での捜査活動だったところに「コンビニ」「コインランドリー」と防犯カメラのオンパレードの場所を渡り歩けば、それは捕まえてくださいと言っているようなものだ。
恵一側に誤算があるとしたら、風呂上りや雨が降ったことによって走らずに「歩いた」ことでその捜査網から抜け出せなかったことや、走りずらさや天気の悪さで「マスク」や「サングラス」の徹底を怠っていたことだろうか。
ともかく恵一は窮地に追い込まれた。
ランドリー内には他に客はいない。
正面の自動ドアから出れで捜査員との正面衝突は避けられないだろう。
恵一は即座にリュックを背負うと視線を店内の奥へ飛ばす。
「従業員専用」と書かれた小さなドア。
あるいは、裏手の「ゴミ出し用の勝手口」。
彼は迷わず、カウンターの奥へと飛び込んだ。
「おい、待て! 警察だ!」
背後で自動ドアが開く音と、鋭い怒号が響く。
濡れた床で靴が滑り、危うく転びそうになる。
勝手口のレバーを力任せに押し下げる。
錆び付いた扉が悲鳴を上げて開き、再び激しい雨が恵一の顔を打った。
裏手は、隣の雑居ビルとの狭い隙間。
人一人がやっと通れるほどの暗がりに、彼は身を投げ出した。
背後からは、濡れたアスファルトを蹴る複数の足音が迫っている。
「あっちだ! 路地へ回れ!」
無線のノイズと怒鳴り声が、雨音を切り裂く。
恵一は走った、ひたすら走った。
降りしきる雨の中、せっかく着替えたばかりだというのに服はすぐに泥だらけになった。
だがそんなことはお構いなしに走り続けた。
……
数時間後、恵一はラブホテルの一室にいた。
あのコインランドリーから軽く100㎞は走ってきただろう。
どの方角に走っていたかは定かではないが、恵一はとある高速道路のインターの近くにラブホテルがあるのを発見したのだ。
「これだ!」と思った。
土砂降りの雨の中、もはやコインランドリーを利用するのも危険な状態だ。
かといってこの泥だらけの状況で入れる店などそうはないだろう。
出費は痛いが、この際ホテルや旅館などの宿泊施設に泊まってしまうことも考えた。
しかし、全国指名手配されているこの状況でそれはリスクが高すぎる。
ただでさえこの雨の中傘もささず、びしょ濡れ泥だらけの状態で、デカいリュックにテントを担いだ男がきたらそれだけで怪しさ満点だ。
身分証提示を求められる→通報、という流れにもなりかねない。
そんなことを考えていた矢先に目に飛び込んできたのがこのラブホテルだ。
しかも外観から見るに、フロントを通さずに部屋に直結できるタイプのようだった。
渡りに船とはこのことだろう。
風呂に入り一息ついた恵一は、ベッドでぬくぬくしていた。
そんなに長い期間ではないはずだが、もう一年くらいベッドで寝ていないような感覚に陥っていた恵一にとっては至福のひと時だった。
だが、今後のことを考えると素直には喜べない。
そんな複雑な気持ちのまま眠りに落ちるのだった。




