第14話 地獄
ご機嫌で浴場に入った恵一は真っ先にあることに気が付いた。
『石鹸とシャンプーがない!?』
どこを探しても見当たらない。
『マジか…』
脱衣所付近にもないし、入ってきたときもカウンターで売っているような気配もなかった。
他の客をよく見ると自前の物を持ってきているようだ。
『あ…あああ…あぅあぅあぅぅぅぅあああああああ』
恵一は心の中で絶叫した。
そう、ここに石鹸やシャンプーと言った類のものは存在しないのだ。
ホテルの日帰り入浴やスーパー銭湯などにはほぼほぼ間違いなく備え付けられている「石鹸とシャンプー(&コンディショナー)」だが、こういった地元民しか来ないような公衆浴場には石鹸やシャンプーの類のものが置いていないことは多々ある。
経験不足の恵一はこのことを知らなかったのだ。
『どうする、一度出るか?いや、せっかく入ってしまったものを出てしまうのはあまりにも勿体ない。しかもシャンプーとか売ってる店この付近にあるのか?いや、ここまで来た道にはドラッグストアはおろかコンビニすらなかった。相当遠くまで行かなければ見つけられないだろう。うーむ、どうするか…』
しばらく葛藤したが致し方ない。
石鹸とシャンプー無しで風呂に入ることにした。
一応入浴するという目的は達成した恵一だったが、髪はなんかベタベタするし、ニオイも気になるような気がする。
何ともスッキリしない結末で珠玉の入浴タイムは幕を閉じた。
外に出るとなんやかんやで入浴後の風が心地よい。
ここからはしばらく走るのはやめて歩くことにした。
そういや風呂に入ったことでもう1つ気になることが出てきた。
「洗濯」だ。
リュックの中に着替えは詰められるだけ詰めてきたが、やはりそろそろ洗濯をしないとまずい。
だが、これも問題ない。
日本には潰れたコンビニ跡地など、そこらかしこにコインランドリーがひしめき合っている。
食事、入浴、洗濯は仮に野宿生活をしていたとしても、日本全国どこへ行っても困るということはないだろう。
ということでコインランドリーを見つけて洗濯をすることにした。
洗濯ものを洗濯機に入れてお金を投入する。
「ゴウンゴウンゴウン…」
洗濯機が回り始める。
恵一は椅子に腰かけて洗濯が終わるのを待つことに。
…………
『長い…』
何もせずにじっと待っているととてつもなく長い。
スマホでも使えればいい暇つぶしになるのだが、それも出来ない。
この果てしなく続くような暇な時間をただひたすら耐え続けるしかなかった。
それにしてもスマホが使えないとSNSも見られないしニュースもチェックできない。
世の中からどんどん取り残されているような気がした。
現代人はネットに触れられないと生きていけないことを改めて痛感させられるのだった。
洗濯、乾燥まで耐えきった恵一は、手早く服をリュックに詰め込んで出発した。
『今晩の食事と寝床を確保ししなくてはならない。』
そう思い、なるべく国道のような大通りを目指した。
とりあえず大きな通りなら店も沢山ある。
スマホでピンポイントで検索できない以上、それが最善策だ。
今いる所が結構山の方に入ってきてしまっているので、国道を目指すにしてものんびり歩いていては日が暮れてしまう。
風呂に入った後で汗をかくのも気が引けたが、仕方がない。
走ることにした。
しばらく走ると案外早く国道に出た。
チェーンの飲食店などが立ち並ぶ結構大きめの道路だ。
あんまり飲食店には入りたくないと思ったが、スーパーなどは見当たらないしファミレスに入ることにした。
ファミレスなどのチェーン店ならば、店員もあんまり客をジロジロと観察することもないだろうと思ったからだ。
某全国チェーンのファミレスに入り、唐揚げ定食を注文する。
ハンバーグやステーキなどではない。
和定食だ。
恵一は日本人だ。
日本人ならたとえファミレスでも定食。
これが恵一のモットーだった。
唐揚げ定食が運ばれてくると、あんまりここに長居もしたくないので再び高速食いを見せる恵一。
光の速度で唐揚げ定食を平らげると、足早に退店した。
もちろん今回は食い逃げではない。
ちゃんとお会計をしてから外に出た。
いくら逃走資金が乏しかろうと恵一は畜生の類でない。
切羽詰まっていなければちゃんとお金を払う。
そんな血の通った人間なのだ。
それから今通ってきた道にちょっとした公園のような場所があったので、そこを今夜の寝床にすべく向かうことにした。
2日連続で公園で野宿。
正直あまり気は進まないが仕方がない。
下手な所に宿泊して足が付いても困る。
それどころか寝てる間に通報されて取り囲まれたら目も当てられない。
『ここは野宿が最適解だ』そう自分に言い聞かせながら公園に向かった。
公園に着くと辺りはすっかり暗くなっていた。
早速買ってきたテントを広げよう…かと思ったが、よくよく考えてみると公園でテントを張るというのもなかなかに目立つ。
傍から見ると結構な不審者である。
『テントは…やめとこう…』
泣く泣くテントは諦め、ベンチの上に寝袋を広げた。
夜に暗い公園のベンチの上で寝袋に入って寝ているだけならさほど目立たない。
昨夜も寒さやらなんやらでしっかりと熟睡できなかったし、連日の逃走劇で疲労もピークに達していた恵一は早めに眠ることにした。
さすが薄手とはいえ寝袋は快適だ。
入ってからまもなくして強烈な睡魔が襲ってきて、恵一は眠りに落ちるのだった。
……
ポツッ…ポツッ…
頬に冷たいものが当たるのを感じて恵一は目を覚ました。
『雨だ!』
辺りは明るくなってはいるが、空を見上げると曇天模様だ。
これはすぐに本降りになるだろう。
『マジかよ…ついてない…』
恵一は天候のことは全く想定していなかった。
当たり前だが逃走中も雨は降る。
これが徒歩で逃走することの最大の障害といっても過言ではないだろう。
『あ、やばい…せっかく昨日洗濯したばっかなのに雨で台無しになる!ついでに使う予定もないけどスマホもぶっ壊れる!』
恵一は慌てて寝袋から飛び出すと荷物をまとめて走り出した。
『コココ、コンビニー!!』
コンビニ恐怖症になりかけてはいるが、こうなってしまっては背に腹は代えられない。
コンビニを求めてダッシュをする恵一であった。




