第13話 風呂
『さて、どうするか…逃げるか?』
少し恵一は考え込んだ。
やはりおばちゃん店員はこっちが気になっている様子。
だがこんなピンチな状況に追い込まれてはいるが、恵一は意外と冷静だった。
『テレビを見て、なんとなく犯人と似てるな?と思ってはいるけど確証はないのだろう。少なくとも現時点で通報はされていないはずだ。それならとっとと料理を食べて立ち去るに限る。ここで変に料理を大量に残したまま会計をして出ていった方が逆に怪しまれる。そうだ、ともかく慌てず冷静に早食いをして早急に立ち去るのが最善の策だ。』
恵一は不自然にならないようになるべく自然に早食いをした。
こんなに物を早く食べようとしたのは小学生の時の給食以来だろう。
何を隠そう恵一は、小学生の頃はクラスの早食い王だった。
光の速度で給食を平らげ、さらに残った給食までおかわりをして食べ尽くす。
『他の奴には一口たりともおかわりをさせない』そんなポリシーを持っていた。
牛乳も3本は飲んだ。
大体牛乳は飲まない奴もいて余っていることが多いからだ。
他の追随を許さない圧倒的な給食暴君。
それこそが当時の恵一だったのだ。
チャーハンを一気にかきこみ、それをラーメンのスープで流し込む。
ラーメンの麺と具を噛まずに飲み込む。
あの頃のテクニックを駆使し、計画通りテンポよく食べ進めていたその時だった。
おばちゃん店員が店の奥の方に引っ込んでいったのだ。
『これはまずい!!』
恵一は即座に、本能的に察知した。
『通報される!!』
多分、このテレビの犯人を「今ここでラーメンを食べている男である」と確信したのだろう。
いや、確信にまでは至っていなくとも、あまりにも似ているので念のため通報しようと思ったのかもしれない。
どちらにせよ通報されるのは間違いない。
これは肌感覚で伝わってきた。
『致し方ない…』
恵一は即座に立ち上がり、ダッシュすると、店の扉を開けて外に飛び出した。
そう、食い逃げである。
唯一のホール担当(?)であるおばちゃんがいなくなったのだ。
食い逃げするのは容易い。
食い逃げしてくれと言っているようなものだ。
いや、仮に店員がいた所で恵一の身体能力からすれば食い逃げすることなど造作もないことではあるのだが、まあそれは置いておこう。
ともかく外に出ると、また人間が走っていても不思議じゃないくらいの速度で走って逃げた。
走りながら辺りを見回してもパトカーなどは見当たらない。
サイレンの音も聞こえない。
それはそうか、通報されたとしてもそんなにすぐには警察は到着しない。
しかもここは田舎町だ。
さらに警察到着まで時間を要することだろう。
『しまったな、こんなことなら全部食べ終わってから逃げればよかったか…』
恵一は後悔していた。
食い逃げしたことを後悔したわけではない。
出された食べ物を全部食べ切らなかったことを後悔していた。
なぜなら、先ほどもお話したが、恵一は給食の早食い暴君だった。
そして、小学校6年間、一度も給食を残したことはなかった。
それが恵一にとっての誇りだった。
それからというもの、小学校を卒業して以降も、出された食べ物は一度たりとも残したことはなかった。
それが恵一のポリシーであり、唯一のアイデンティティーでもあったからだ。
『まさかこんなところでそれが破られることになるとは…』
悔しさをにじませながらも走り続ける恵一だった。
『もし通報されていたら、警察に北の方に向かって逃げてきてるのがバレてしまったな』なんて考えながら走り続け、気付けば数時間が経過していた。
そこでふと今晩寝る場所のことを思い出した。
警察から逃げることに必死になっていて忘れていたが、逃亡生活中にどのように夜を過ごすかはかなり重要な問題だ。
公園のベンチなどで野宿するにしても、昨夜のような状態で毎晩寝ていたらさすがのスーパー〇〇〇人状態とはいえ体を壊してしまうかもしれない。
逃亡生活中は単なる風邪ですら死活問題になりかねないのだ。
ということで、適当に走った所でホームセンターを見つけたので入ることに。
恵一はキャンプ用品のコーナーを見つけると、そこでひとまず寝袋とテントと紐を買うことにした。
寝袋は冬用のガチなやつではなく、比較的薄手のものしかなかったが、この季節だし問題ない。
むしろ下手に分厚いと嵩張って持ち運びに不便だ。
テントも1人がギリ寝られる程度の小さいものにした。
これをリュックに紐で縛り付ける。
テントと寝袋を購入したことで荷物量的には増えたが、恵一のパワーからしたら重量は無いも同然である。
ひとまず装備を整えたことでちょっと充実感を得た恵一は、また一つ気になることを思い出した。
『風呂入ってないな…』
今流行りの風呂キャンセル界隈の住人ではない恵一にとって、数日間風呂に入らないということは結構な不快感を伴うことだ。
しかも、連日長距離を走り続けている。
疲労感は大したことなくとも、それなりに汗はかく。
このことを一度思い出してしまったら気になって仕方がない。
『よし、風呂を探そう』
そう思い走り出した恵一だったが、案外この悩みはすぐに解消されることになる。
道路の案内看板に○○温泉という表示が見えてきたのだ。
そう、実は日本を旅するにあたって風呂に困るということはまずない。
火山活動と豊富な地下水を蓄えている日本は、言うなれば「温泉大国」だ。
どの地方に行ってもどこかしらに温泉があるし、銭湯なども沢山ある。
読者諸君もホテルや旅館などに極力泊らない「徒歩や自転車、バイクや車などでの日本一周の旅」などをしてみると、この有難さが身に染みることだろう。
恵一は温泉地の中にある、地元民御用達であろう公衆浴場を発見するとそこに入った。
『ふんふん~ふん~』
鼻歌交じりでご機嫌の恵一。
久しぶりの風呂でテンションが上がっているらしい。
しかも普段は滅多に来られないような東北の温泉地にある温泉だ。
その喜びたるや想像に難しくはないだろう。
しかし、この後恵一を絶望の淵に叩き落とすとんでもない事件が待ち受けているとは、この時の恵一は予想だにしていなかった。




