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言い聞かせるように問いかけても、カトレアと呼ばれた存在は知らぬ存ぜぬといった様子である。
「あ、あの、その方は一体…」
「驚かせてしまってすみません。彼女は、春の妖精カトレアです」
妖精という言葉に、アマリリスは言葉を失った。
無理もない。レンツ王国は、春の妖精の加護によって守られている国だ。豊かな土地、潤沢な資源、四季折々の自然。そのすべてが加護の恩恵によるものだと、幼い頃から語られてきた。
他国がこの地に容易く手を出せない理由も、そこにある。だが妖精は滅多に姿を現さず、ましてや個人に加護を授けるなど、伝承の中の話に等しい。近年、王国の加護が弱まりつつあると囁かれている今、目の前の光景はあまりにも重い意味を持っていた。
「ほら、カトレア。アマリリスさんが驚いてしまったじゃない」
『まあ、わたくしほど偉大な存在なら、驚いて当然だわね。そこの人間、よく目に焼き付けておくことね』
「まったく反省していませんね。小さいのに、態度だけは立派です」
春の妖精とシェイラの間で繰り広げられる小さな応酬を、アマリリスはただ呆然と見つめていた。完全に蚊帳の外だ。
「もういいです。後であなたには話があります。カトレア。それより、アマリリスさん」
「は、はい!」
思わず間の抜けた返事をしてしまったが、気にしている余裕はなかった。
「ラグトさんに逢わせると約束しました。ですがその前に、あなたにしてもらわなければならないことがあります」
「えっ、と…なにをすればいいのかしら」
「あなたが身につけているネックレス。それを、わたしに渡してください」
ネックレスを渡してほしいと告げてから、沈黙が場を占拠した。言葉を受け取ったアマリリスは、俯いたまま何かを考え込んでいる。
少しするとアマリリスは答えを出した。
「わかりました…とは、すぐに返答できません。これはとても大切にしているものです。ですが、なぜそれが必要なのか教えてください。その内容によっては、お渡しするか考えます」
「いきなり言われても、意味がわかりませんよね。言葉で説明するより、実際に視てもらったほうが早いです」
「なにをするの」
「アルス。あなたのハサミをください」
ソファでだらけていたアルスに声をかける。全身から面倒だという空気を漂わせながらも、無視されると悟ったのか、渋々とガーデニングポーチに手を伸ばし、ため息混じりにハサミを取り出した。
「新しいハサミ、お前が買えよ」
「もちろんです。特別なハサミを贈りますよ」
ハサミを受け取ったシェイラは、アマリリスの前へ戻る。腕を前へ差し出した、その瞬間、ハサミは淡い光に包まれ、ふっと手から離れた。代わりに、シェイラの手には杖が再び現れ、その先が光の中心へと伸ばされる。
「リコレッド・リトルノ」
「その魔法っ─」
もう何が起きても驚かないつもりだった。だがそれは、あまりにも甘い考えだった。
(どうして気が付かなかったの!シルバーの杖、無詠唱魔法、春の妖精!それにエーデルリッド…)
シェイラが言葉を紡いだ途端、周囲の景色は音もなく消え、視界いっぱいに花が咲き誇る世界へと塗り替えられる。
「─ヒスイ・レイヴン・エーデルリッド。死んだはずの、悪夢の魔女」
アマリリスの呟きは置き去りにされたまま、シェイラは光に包まれたハサミへ手をかざす。金属の形は失われ、そこには光の粒が集まって脈打つように浮かんでいた。
「主アルス。此れを以て、過ぎし世界を視ることを是とするか」
「ああ、許すよ。約束は守れよ。」
「えぇ、必ず。」




