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「エフネ・プレテリト」
アマリリスに質問させる間も与えず、魔法を唱える。
そして気づいた時には、溢れんばかりだった花々は姿を減らし、静かだが寂れた街に立っていた。
驚きに周囲を見渡していると、少し高いが聞き覚えのある声が耳に届く。
「おい、ケイミー!早く手伝いに行かないとシスターに怒られるぞ!それにお菓子減らされても知らないからな!」
シェイラが視線を向けた先へ、アマリリスも慌てて目を向ける。
そこには美しい少年がいた。その姿は、先ほどまでソファで悪態をついていたアルスという美青年に酷似している。
戸惑いはしたものの、シェイラの魔法が関係しているのだと理解するのに時間はかからなかった。
声をかけようとしたその時、少年が出てきた扉の奥から、さらに騒がしい音が響く。
「もう先行くぞー」
「ちょっとアルス待ってよ〜!なんで起こしてくれなかったのよっ!」
聞こえてきたのは、アルスとはまた違った意味で高い声だった。
「何度も起こしただろ。寝起き悪いの俺のせいにするなよ」
「昔はもっと可愛かったのに!いつからそんな冷たい男になっちゃったのよ〜」
「うるせーガサツ女に言われたくないわ」
(─えっ、この女の子)
建物から姿を現したのは、確かに女の子だった。
だがアマリリスが言葉を失った理由はそこではない。
ケイミーと呼ばれた少女とアルスの顔が、驚くほど似通っていたからだ。
「驚いているみたいですね。…あの子は、アルスの双子の姉です」
「双子…それにしても似すぎじゃないかしら。あまりに似ていて、言葉を失ったわ。それに、ここは修道院?」
二人が出てきた建物を見上げながら、シェイラへ問いかける。
答えが返るより早く、アマリリスは小さく息を整えた。
「いえ、答えなくていいわ。もうわかったから」
混乱していた思考が次第に冷えていく。
修道院から出てきた子どもたち。手伝いという言葉。
それらを繋げれば、結論に辿り着くのは難しくなかった。
「この修道院見覚えがあるわ。それに修道院から子どもが出てきて、手伝いって言葉。施療院ね」
「ご名答です。混乱していたのに、よく答えに辿り着きましたね。あの二人は、この施療院に身を寄せる孤児でした」
アマリリスは、確信に近いものを抱いていた。それでも実際に目にしたことで、やはりそうなのだと腑に落ちる。汚れが落ち切らず、ほつれの目立つ服。とても健康とは言い難い、貧弱な体躯。他にも要素はあるが、二人の姿を見れば推測は容易だった。
「とりあえず、あの二人を追いましょうか」
「わかったけど……追って、何がわかるの?」
ここが現在ではないことは、すでに理解している。だが、なぜこの場面を見せられているのか、その意図までは掴めず、アマリリスは思考を巡らせる。そうしている間に、二人は修道院からさほど離れていない建物へと入っていった。
「わたしたちも入りますよ」
「ちょっと、そんな堂々と入って大丈夫なの?不審に思われたらどうするのよ」
もっともな疑問だった。
「大丈夫ですよ。そもそも、ここを何処だと思っていますか?」
「どういう意味?場所のこと?それとも時間?」
質問の範囲が広すぎて、アマリリスは戸惑う。アルスが少年の姿をしている時点で、常識はすでに通用しないと理解してはいるが、それでも整理が追いつかない。
「どちらも含みますが、それ以前の話です。この場所そのものの“在り方”ですよ。気づきませんか。この場所と、わたしたちとの齟齬に」
「齟齬……?」
促されるまま、改めて周囲を見渡す。だが、すぐには答えに辿り着けない。
「まず、わたしたちの服装です。それから、この場にしては、あまりにも清潔すぎる」
「あ……」
指摘されて、ようやく気づく。確かにこの場所で、アマリリスとシェイラの姿は異質だった。それにもかかわらず、誰からも声をかけられない。それどころか、視線すら向けられない。普通であれば、あり得ない。
身綺麗な女が二人もいれば、注目されないはずがないのだ。
「ここは……どこなの」
「アルスの記憶の中です。記憶は視ることはできても、干渉することはできません。この世界の人間や物に対しては、ですが」
「だから、誰もこっちを見ないのね」
「そこにいない存在を見ることは、できませんから」
理屈としては理解できても、現実味がなく、アマリリスはすぐに呑み込めずにいた。何度か周囲に視線を走らせるが、状況は変わらない。
「そろそろ行きますよ。いくら見ていても変わりませんし、大事な場面を見逃してしまいます」
「……ええ、わかったわ」
先を行くシェイラに続こうとして、アマリリスは足を止めた。シェイラは門扉を開けることなく、そのまますり抜けていったのだ。
「……っ」
説明されたばかりだとわかっていても、あり得ない光景に息を呑む。すると、門の向こうから手だけが伸びてきた。
「きゃっ!」
思わず声が漏れる。だがすぐに、顔も現れ、シェイラが手招きしていた。
「急いでください」
心臓が早鐘を打つ中、意を決して門をくぐる。抵抗はなく、身体はすり抜けた。恐る恐る目を開けると、そこには最初に見た施療院より、少しだけ小さな建物があった。
シェイラを追って中へ入る。並んでいるのは、ずらりと配置されたベッド。その光景自体はありふれているが、横たわっているのは、例外なく病人ばかりだった。
「ここは……病室?」
「はい。あの二人は、ここで治療の手伝いをしていました」




