11
二人が手伝っているのなら、施療院にいる他の孤児たちも同様に関わっているのだろう。
アマリリスはそう考えた。しかし予想に反して、それらしい姿はどこにも見当たらなかった。
「あの二人以外の子どもは、手伝っていないのかしら。姿が見えないけど」
「ここは一応、治療の場ですからね。手伝える人間は限られます。特に子どもは」
そう言いながら、シェイラはまるで行き先を知っているかのような足取りで、迷いなく歩いていく。
ある部屋の前でふいに立ち止まり、地面を見つめたまま動かなくなった。どうしたのかと声をかけようとした、その瞬間、顔を上げて部屋の中へ足を踏み入れる。
「動かないで。あんた、死にたいの。家族に会いたいんでしょ。三分でいい、静かにしてて」
「三分もいらねぇだろ。さっさとやろうぜ」
聞き覚えのある、子どもの声。続いて、処置台の上から男の悲鳴が上がる。
視線を向けて、アマリリスは息を呑んだ。折れた足の骨が、皮膚を突き破って露出している。
「……っ!あれは、子どもに看させるものじゃないでしょう。どうして誰も止めないのよ」
「大丈夫ですよ。施療院の大人も、そこまで愚かではありません」
アマリリスの訴えを、シェイラは静かに遮る。
「言いましたよね。手伝える人間は限られると」
とりあえず黙って見ろということなのだろう。
そんな彼女をよそに、処置台の傍でケイミーが患部をじっと観察し、淡々と言い放った。
「あらら、こっちも折れちゃってるじゃない。そりゃ痛いはずよ。まあ、すぐ終わるからじっとしてなさい」
見ただけで、そこまで分かるのか。
アマリリスはまた疑念を抱いたが、どうせ騒いでも声は届かない。黙って様子を見守ることにした。
すると、横で傍観していたアルスが動き出し、ケイミーの前へ回り込む。二人は同時に、何かを取り出して顔に装着した。
「ゴーグル?それに、アイマスク?」
アルスは金属製の大きなゴーグル。ケイミーは、目の部分が塞がれた、透明な石のような素材でできたアイマスクを着けている。
背中合わせになると、ケイミーはアルスにもたれかかり、低く告げた。
「アルス。失敗したら承知しないわよ」
「寝言は寝て言えよ。俺を誰の弟だと思ってんだよ」
小さく笑う声に、覚悟と自信が滲んでいた。
言葉を聞いて、ケイミーの口元に小さな笑みが浮かんだ。彼女は片手を前に伸ばし、指を鳴らす。
すると、空中に水が生まれ、ゆっくりと量を増していった。
「水は源。命を繋ぎ、すべてを齎すもの。魂の番、アルスに水を宿せ」
水は意思を持ったかのようにうねり、アルスのもとへと流れていく。彼の正面で集束した水は、瞬く間に形を変え、一本の筆のような姿となった。
それを待っていたと言わんばかりに、アルスは勢いよく掴み取る。
「直してやるよ。お礼はうまい菓子でいいぜ」
「お、おいっ! な、なにするんだよっ!」
「黙って見てろって。三十秒で終わらせてやる。信じろよ」
子どもとは思えない、有無を言わさぬ不気味な圧。
ゴーグル越しに交わる視線が、ひどく重く感じられた。
静かな緊張が場を満たし、アルスが動く。
「始めるぞ」
その言葉と同時に、目にも止まらぬ速さで筆を走らせる。
何もなかった空間に描き出されたのは、人の骨を思わせる輪郭だった。
「とても、綺麗だわ」
「綺麗…ですか。あれを子どもが使うなんて、本来ならあり得ないことなんですけどね」
「そうなの? ずいぶん簡単に使っているように見えるけれど」
「アマリリスさん。魔法は無限ではありませんし、普通は相応の反動がきます」
「反動……どんなものがあるの?」
「人それぞれです。わたしなら、少し疲れる程度ですね。ですが─」
シェイラは、二人から視線を外さずに続ける。
「──あの子たちのものは、見ていればすぐにわかりますよ」
その言葉を裏づけるように、アルスは筆を止めた。
「エンデ」
次の瞬間、骨が突き出ていたはずの足は、すっかり元通りになっていた。
最初から怪我などなかったかのように。
治療された男は、口を開けたまま動けずにいる。
その背後で、二人の子どもはゴーグルとアイマスクを外し、大声で誰かを呼んだ。
「おーい、ベラ姉!」
「ベラー! 早く来て!」
廊下から、慌ただしい足音が近づいてくる。
「こらっ! シスターベラって呼びなさいって、いつも言ってるでしょ!」
「いいじゃん。もうこの呼び方で慣れてるんだから」
「ほんとよね。それより、この人治ったよ」
部屋に入ってきたのは、二人より少し年上に見える少女だった。
叱る口調とは裏腹に、その表情にははっきりとした心配が滲んでいる。
「また鼻血出てるじゃない。二人とも。本当に大丈夫なの? 無茶はしないでって、いつも言ってるでしょ」
その言葉どおり、二人の鼻には赤い筋が走っていた。
しかも、先ほどより明らかに顔色が悪い。
──なるほど、とアマリリスは思う。
“見ていればわかる”とは、こういうことか。
「あれが…反動なのね」
「ええ。一時的な貧血でしょう。特に、ケイミーのほうが重いですね」
確かに、ケイミーは今にも倒れそうな顔色をしている。
「大丈夫よ! ベラ姉が心配しすぎなの」
「そうそう。これくらいが、ジャジャ馬ケイミーにはちょうどいいんだよ」
「なによ! アルスだって、少し弱るくらいが可愛げあっていいんじゃない!?」
「俺はいつだって、可愛げしかないね」
「もう! 二人とも静かにしなさい!」
ベラは深く息を吸い、きっぱりと言い切った。
「今日はこれ以上の治療は禁止。いいわね? 代わりに、シスターたちの手伝いをしなさい」
叱られた二人は、揃って拗ねたような顔をしながらも、渋々と頷く。
そして放置されていた男のもとへ、重たい足取りで戻っていった。




