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悪夢の魔女は星を宿す  作者: かなゑ
始まり

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男はまだ信じられないといった表情で、怪我をしていたはずの足を見つめている。恐る恐る手を伸ばして触れてみるが、そこに傷はない。


「お前ら、何者なんだ……?こんな、あり得ない」

「治してもらって最初の一言がそれなの?まあいいけど」

「説明はまたしてやるからさ。おっさんはとりあえず休めって」


看病しているのか、余計に混乱させているのか、判断がつかないやり取りだった。見かねたのか、ベラが後ろから割って入る。


「こら二人とも!その方は怪我人ですよ!すみません、本当はいい子たちなんですけど、生意気で……」

「なんだよベラ〜俺らが悪いみたいじゃんか」

「そうよそうよ!」

「事実でしょ!もうっ」


その様子は、まるで親子か兄弟喧嘩のようだった。


「あの三人、とても仲が良いのね」


そう呟いたアマリリスの表情は、どこか物悲しく、それでいて懐かしさを帯びていた。


「物心ついた頃から、面倒を見てくれていたそうです。わたしも、お顔を拝見するのは初めてですが」

「そうなの?知り合いなのかと思ってたわ」

「いいえ。アルスから少し話を聞いていただけです」


三人のやり取りを遮るように、男の笑い声が響いた。


「ははは……君ら、本当に仲がいいんだな。笑って悪かった。助けてくれてありがとう。名乗るのが遅れたが、俺はレイだ。よろしく」

「──っ、よ、よろしくお願いします!シスターのベラです」

「ベラってば照れてやんの〜。俺はアルスで、こっちは」

「わたしがアルスのお姉ちゃんのケイミーよ!」

「生まれたのが先なだけで、中身はお子ちゃまだけどな」

「アルスだって、そうやって言い返すところはガキよね〜」


顔を真っ赤にするベラの前で、再び小競り合いが始まる。少しすると、案の定しっかりと叱られ、二人は追い出されるように部屋を後にした。


「あの二人を追いかけなくていいの?」


部屋を出ていった二人を見送っても、シェイラは動かない。一人で行くわけにもいかず、アマリリスは一瞬ためらった末に声をかけた。


「少し、待ってください」


その声はひどく真剣で、切実だった。理由はわからないが、アマリリスは黙って待つことにする。談笑していた二人の会話が途切れ、わずかな沈黙が落ちた。


「レイさん。あの子たちのことは、どうか黙っていてください。無理なお願いだとは承知していますが……」

「……理由を聞いてもいいか?無理にとは言わないが」


言葉を選んでいるのが、見て取れた。


「わたしにとって、あの子たちは家族以上の存在です。二人の能力は特別で……知られれば、誰に目をつけられ、どう利用されるかわかりません」

「なるほどな。でも正しい場所や人に預ければ、心配はいらないんじゃないのか?それに、同じことが続けば、いずれはバレる」


返ってきたのは、まっとうな正論だった。


「それは重々承知しています。もちろん考えました。でも、調べたところで絶対はない。そんな賭けはできません」

「なるほど。でもさっきも言ったが、人の口に戸は立てられないぞ」

「それもわかっています。だから……わたしが存在しているんです」

「……どういうことだ?」


ベラは静かに、ベッドのそばに置かれていた椅子へ腰掛けた。

周囲を一度見回してから、ゆっくりとウィンプルを外す。


「お前、それ……!」


驚きの声の先にあったものは、首にあるはずのない“目”だった。

透き通るような藍色で、見つめていると胸の奥を撫でられるような、落ち着かない感覚に陥る。


「気持ち悪いですよね。すみません」

「いや……驚きはしたが、気持ち悪くはない。純粋な疑問なんだが、その目はなんなんだ?」


ベラは小さく息を吸い、言葉を選ぶようにして口を開いた。


「これは……視えないものが視える目です。わたしの場合は、人の思考や嘘などがわかります」

「な、なるほど。だが、それがさっきの話とどう関係するんだ?」


会話は淡々と進んでいるが、アマリリスはまたしても卒倒しそうになっていた。


「この目は、人の精神や身体に干渉することができます。たとえば、特定の記憶や行動に鍵をかける、というようなことが可能です」

「それは…忘れさせる、ということか?」

「いえ。忘れはしません。ただ、人の認識に制限をかけるだけです。覚えているのに、思い出せない…そんな状態になります」


その時、これまで黙っていたシェイラが小さく呟いた。


「なるほど……そういうことだったのね。あなた、だったのね。ベラさん」


シェイラの中で、点と点が一本の線に繋がった。


一方でレイは、なぜそこまでの秘密を自分に明かすのか理解できずにいた。

あの二人がそれほど大切なら、問答無用で精神に制限をかけてもよかったはずだ。


「あなたの考え、もっともです」

「えっ」

「視えてしまうので。すみません」

「あ、そうか……そうだったな。なんだか、恥ずかしいな」

「やっぱり、いい人ですね。あの二人が、笑顔で話して、名前まで名乗るわけです」

「そうか?普通だと思うが……褒められるのは嬉しいな」


ベラの言う通り、人の良さが滲み出るような笑顔だった。


「私以外に、あんな二人は初めて見ました。これから関わることはないかもしれませんが……あなたには、この力を使いたくないと思ったんです」


その言葉は真っ直ぐで、偽りはなかった。

ベラは答えを急かさず、ただ静かに待つ。


「ありがとう。嬉しいよ。でもこれから関わることはないかも、ってそんなこと言われるのは少し寂しいな」

「え、でもレイさんは、首都配属の騎士様なんじゃ……」

「あはは。騎士だって、バレてたか。まあ隠してないからいいんだが。その通りだ。ただ、当分はこの領地に滞在することになりそうでな」

「そう、なんですね」


ベラは嬉しそうに微笑んだが、同時に戸惑いも浮かべていた。


「ねえ。ここは、何年なの?」


アマリリスがふと口にした。


「1867年です」

「ここは、もしかして…シュテルストブルク?」

「はい」


1867年のシュテルストブルクは、隣国ノイフェーゲルとの戦争の最前線だった。

レイは、王都から援軍として派遣された騎士である。


「行きましょうか」


シェイラの方を見ると、そこにはすでに扉が現れていた。

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