13
「え、いつの間に扉…」
「アマリリスさんが考え込んでいる間に、ですね」
「そう、なの。これはどこに繋がっているの…?」
地獄へ誘う扉ではないかと、ふと考えてしまい、恐る恐る質問する。
「っふ、安心してください。アルスの記憶を移動するだけですよ」
扉を開けて潜り抜ける。質問攻めにしたい気持ちはあったが、精神的な疲労もあり、黙ってついていくことにした。
目の前に現れたのは、少し成長したアルスだった。
「なあ、ケイミー」
「なぁに〜」
「あいつら、今日こそ上手くいくかな?」
「どうだろ〜。二人ともモジモジして進まないからな〜」
話し終えると、二人はニヤニヤと顔を見合わせている。
「誰の話をしているのかしら?」
「……わたしはこの記憶をすでに、一度視ています」
「そうなの?じゃあこれは誰の話なの?」
「最初に言っておくと、ベラさんとレイさんです」
「あら、あの二人そんな関係になったの?」
二人は何も知らず、楽しそうに笑っていた。
その姿が、あまりにも無邪気で。
「お似合いね」
アマリリスの声に、シェイラは答えなかった。
やや引っかかりはあったが、二人が部屋から出たため、追いかける。
いくらか歩くと、探していた人物を見つけた。
「アマリリスさん、ここからは視るなら覚悟を」
「どういうこと?」
「ここから先は、人が死にます」
「え、それって……」
それが誰なのか、なぜなのか。問いを口にする前に、事態は動き出していた。
「あ、いたいた。ベラ姉〜!」
「ほんとだ。ベラー、今日こそモジモジせず──」
「二人とも!逃げなさいっ!!」
その声は、必死そのものだった。
遮られて見えなかった二人の姿が、はっきりと見える。
そこには、隠しているはずのサードアイを晒し、傷だらけの身体で立つベラがいた。
レイも片腕を失い、血を滴らせながら、ただ彼女を守るように前へ立っている。
「え、ベラ姉……?なに、それ……」
ケイミーが、やっとの思いで言葉を絞り出す。
アルスは、ただ立ち尽くしていた。
「みつけた」
突然、底冷えするような声が地を這う。
姿は見えない。だがこれは──人ではない。直感でわかった。
二人とも硬直していたが、ケイミーが一歩、前へ出ようとする。
「──っ!ベラ姉!!」
「来るなっ!馬鹿ガキ」
レイが叫ぶと、ベラはこちらを見つめ、静かに微笑んだ。
「生き延びて。大好きよ。あとは頼んだわよ」
「ベラね──」
後ろから口を塞いだのはアルスだった。無理矢理に身体を引き、走り出す。
「助けなきゃ!離してよ!アルス!!離し──」
「俺だって助けたいっ!!でも、あれは無理だ!」
「そんな……嫌よ、嫌、嫌……」
声を震わせながらも、足は止まらない。
用意などしている暇はない。とにかく、少しでも遠くへ行かなければならなかった。
「ねえ、助けられないの……」
二人を追いながら、アマリリスがぽつりと呟く。
「記憶に、干渉はできません。過去は変えられないんです……」
「あの二人はどうなったの」
「二人とも、あれに殺されてしまいました」
「そんな……あれは何者なの!?」
「わたしにも、はっきりとはわかりません」
初めて聞く「わからない」という言葉だった。
その瞬間、背後の空間が、わずかに歪んだ。振り返ってはいけないと、本能が告げる。
「どこへ行く」
じわりと汗が滲み出る。
まただ、またあれがいる。
ここに来たということは、あの二人がどうなったのかなど、考えるまでもなかった。その場にいた全員が、ゆっくりと振り向く。
「ベラ、姉……」
背後から、震えた叫び声が聞こえた。
「──おい、てめぇ。その汚ねぇ手を、ベラから退けろよ」
あれの手には、血に塗れたベラが掴まれていた。
「ほう。我を目の前にして、正気を保っているとは。やはりか」
まるで言葉通りに従うかのように、あれは無造作に手を離す。
支えを失ったベラは、そのまま地面に横たわった。
「何故」
「あ?」
「何故、殺した」
「あぁ、この女か?……これは、おまけだ」
空気が、凍りついた。
思わずアマリリスへ視線を向ける。彼女はシェイラの予想に反して、誰よりも怒りを露わにしていた。
「許せない……あいつ、絶対に、殺してやるわ……」
まるで自分に言い聞かせるように、あるいは誰かに誓うように、吐き捨てる。
「これ以上の会話は無駄だ。貴様らも、どうせ死ぬのだから」
「どうして、わたしたちなの……」
「無駄だと、聞こえなかったか?」
「答えてっ!」
気圧されてもおかしくない状況で、ケイミーは一歩も引かなかった。
だが、その必死さすら、赤子の首を捻るかのように、あれは嘲笑で返す。
「いいだろう。その度胸に免じて教えてやろう」
「っ──」
「貴様らが一番理解しているのではないか?思い当たることがあるだろう」
「俺らの力のことか」
「そうだ。そこまで分かれば十分だ。あとは知る必要もない。時間もない……お遊びは終わりだ」
アルスをちらりと見ると、あれはニヤリと得体の知れない笑みを浮かべた。
それは一瞬だったが、時間が引き伸ばされたかのように、鮮明に焼き付く。
「──アルス」
飛び出したのは、ケイミーだった。
抱きつくようにして、アルスの方へ倒れ込む。
静かに視線を落とすと、身体に空いてはいけない空洞が見える。
アマリリスは声も出ず、手で口を覆っていた。
「ケイミー?お前、なに、してるんだよ」
「にげ……な、さい……あなた、だけ、でも……はや、く」
「なに言ってんだよ!?お前を置いていけるわけ──」
「ほう、動きを見破るとは素晴らしい。ますます欲しくなった」
あれが、こちらへ歩み寄ろうとした、その時だった。
足が、止まる。
伸ばされた手が、あれの足を掴んでいた。
それは、紛れもなくベラのものだった。
「わたしの家族に……手は、出させない」
一瞬、目を見開いたあと、あれは薄ら笑いを浮かべる。やがて、ケタケタと笑い声を漏らし始めた。
アルスは、腕の中のケイミーを強く抱きしめながら、ベラを見る。
視線が交わり、ベラは微笑みながら、何かを告げた。
同時に、ケイミーも小さな声で、詠唱を始める。
「吾はケイミー。水よ、渡れ……継承者は、アルス……時至り、手助けとならん折りに、現れよ」
「おい、なにしてんだよ……」
「受け取り、なさい……最後の、プレゼントよ。馬鹿アルス……ふふっ」
アマリリスには理解できなかった。
あれを前にして、どうして逃げられると思えるのか。
どう抗っても、勝てる相手ではないはずだ。
だが、その考えを嘲笑うかのように、ベラが告げる。
「……間に合った。あなたの負けよ」
「小賢しい人間だ」
射抜くような、重苦しい視線。
それでもベラは、微笑んでいた。
「ざまぁみろ」
「実に腹立たしいが……今回は我慢してやろう。次は、必ず」
圧倒的に有利な立場にありながら、まるで退く理由ができたかのように、あれは身を引く。
「どこに行くんだい?僕が来たのに」




