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「はっ?あなた、何を言ってるのよ。あるじゃない、花!」
苛立ちを隠そうともせず、野良猫もといアルスへ詰め寄る。だが当の本人は意にも介さず、足を組んだまま、残りのアップルパイに手を伸ばしていた。
「だから、ねーって。花なんか。あるのは机とガラスだけだろ」
「あなた、どこか悪いんじゃないの?あれが見えないなんて、意味がわからないわ!」
「アルスは、どこも悪くありませんよ。本当に彼には、見えないんです」
シェイラの視線が語っていた。この女は、何を言っているのだ――と。だが、向けられている当人は、いつもと変わらぬ顔でそこに立っている。場違いなほど落ち着き払い、焦りも動揺もない。その態度は、虚言とは思えないほど自然だった。
「なによ……それじゃあ、私の頭がおかしいって言うの!?」
「いいえ、それも違います。間違いなく、わたしとあなたには、見えています」
「意味不明よ!頭がおかしいんじゃないのっ!」
「安心してください。これから、説明しますから」
何を聞かされるのか察したのか、彼女の身体がわずかに強張る。警戒を隠さず身構えるその前で、シェイラはゆっくりとテーブルへ近づいた。ガラスドームに左手をかざし、瞼を閉じる。
魔力がシェイラの体内を巡り、脈打つように左手へと集まっていく。ドームの内側で、光の粒が静かに、生まれ、重なり、形を結び始めた。
「っ――」
息を呑む音が、確かに聞こえた。シェイラが目を開けると、少し離れた場所で、彼女は床に座り込んでいた。言葉を失い、呼吸さえ忘れたまま、ありえない光景を、その瞳に映して。
「…ラ、グト」




