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「はっ?あなた、何を言ってるのよ。あるじゃない、花!」
苛立ちを隠そうともせず、野良猫もといアルスへ詰め寄る。だが当の本人は意にも介さず、足を組んだまま、残りのアップルパイに手を伸ばしていた。
「だから、ねーって。花なんか。あるのは机とガラスだけだろ」
「あなた、どこか悪いんじゃないの?あれが見えないなんて、意味がわからないわ!」
「アルスはどこも悪くありませんよ。本当に彼には、見えないんです」
シェイラの視線が語っていた。この女は、何を言っているのだと。だが、向けられている当人は、いつもと変わらぬ顔でそこに立っている。場違いなほど落ち着き払い、焦りも動揺もない。その態度は、虚言とは思えないほど自然だった。
「なによ……それじゃあ、私の頭がおかしいって言うの!?」
「いいえ、それも違います。間違いなく、わたしとあなたには、見えています」
「意味不明よ!頭がおかしいんじゃないのっ!」
「安心してください。これから、説明しますから」
何を聞かされるのか察したのか、彼女の身体がわずかに強張る。警戒を隠さず身構えるその前で、シェイラはゆっくりとテーブルへ近づいた。ガラスドームに左手をかざし、瞼を閉じる。
魔力がシェイラの体内を巡り、脈打つように左手へと集まっていく。ドームの内側で、光の粒が静かに、生まれ、重なり、形を結び始めた。
「っ──」
息を呑む音が、確かに聞こえた。シェイラが目を開けると、少し離れた場所で、彼女は床に座り込んでいた。言葉を失い、呼吸さえ忘れたまま、ありえない光景を、その瞳に映して。
「…ラ、グト」
シェイラの左手の先。ガラスドームの中に、彼女の探し人が小さな姿で現れていた。
ラグトと呼ばれたその存在は、言葉を発することもなく、ただ静かに彼女へと視線を向けている。呼ぶでもなく、応えるでもない。ただそこに佇み、見つめ返していた。
「ラグト!ラグト!」
彼女は衝動のまま小さなラグトへと詰め寄り、シェイラの手をガラスドームから引き剥がす。その瞬間、そこにあったはずの姿は、霧が散るように消え失せた。ドームの中には、何事もなかったかのように、もとの花だけが残されている。
「……どうして?」
「先ほどのラグトさんは、想いから創り出した姿です」
「あなたが…やったの…?」
「はい。その通りです。それでは、わたしの質問に答えていただけますか」
「一体、なにを」
「ラグトさんに、逢いたいですか?」
「はっ?馬鹿にしてるの?」
「逢いたいですか」
先ほどまでの温和な態度は影を潜め、淡々とした声だけが落とされる。感情を交えず、ただ答えだけを求める声音だった。胸の奥が締め付けられ、息が詰まりそうになる。だが、問いへの答えは、最初から決まっていた。
「…えぇ、逢いたいわ。」




