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ソファに横たわっていた体は、いつの間にか背もたれに預けられていた。態度は相変わらず大きく、背もたれの頂に頭を押し付けている。
「客だ。――じゃなくて、お客さまでしょ」
注意した声に遅れて、視線を店内へ戻す。
鏡の前に立っていたのは、十代後半ほどの少女だった。
「いらっしゃいませ」
そう声をかけると、少女は一瞬、言葉を失ったように瞬きをする。
「……だ、誰?それにここは、どこなの」
戸惑いを含んだ声。
けれど、視線は落ち着かず、店内を素早く見渡している。
「ここはフラワーショップ『ステラ』です。
わたしは、ここの店員ですよ」
「…花屋?」
少女は小さく眉を寄せた。状況を受け入れようとしているのか、それとも疑っているのか、判然としない。
「おかしいわ……。私は、ヴィラスの森にいたはずなのに」
ヴィラスの森。レイヴィス王国の首都・ヴェルホーエンから西、人の足で三日はかかる距離にある。
少女は、ここが森ではないことには気づいている。
ただ、それ以上のことが飲み込めずにいるようだった。
「あなたの感覚は、間違っていません。ここはヴィラスの森ではありません。ここは、ヴェルホーエンです」
「……ヴェルホーエン?」
言葉を反芻するように、少女は小さく呟く。
「そんなはず…まずそんな距離、簡単に……」
途中で言葉を切り、口を閉ざす。
自分でも何を言おうとしたのか、迷ったような様子だ。
「…あなたが、何かしたの?」
疑いの視線が向けられる。
「説明、してもらえるかしら」
強く言い切るでもなく、けれど引き下がる気もない声音。
理解の範疇を超え、警戒している。
その張りつめた様子が、以前見た保護されたばかりの元野良猫を思い出させた。
思わず、口元が緩みそうになる。
「……何?」
少女がぴくりと反応する。
「今、笑ったわよね」
(……しまった)
「すみません。変な意味ではないんです」
そう答えると、少女は少し距離を取ったまま、こちらを見つめ続けた。




