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ソファに横たわっていた体は、いつの間にか背もたれに預けられていた。態度は相変わらず大きく、背もたれの頂に頭を押し付けている。
「客だ。じゃなくて、お客さまでしょ」
注意した声に遅れて、視線を店内へ戻す。
鏡の前に立っていたのは、十代後半ほどの少女だった。
「いらっしゃいませ」
そう声をかけると、少女は一瞬、言葉を失ったように瞬きをする。
「……だ、誰?それにここは、どこなの」
戸惑いを含んだ声。
視線は落ち着かず、店内を素早く見渡している。
「ここはフラワーショップ『ステラ』です。
わたしは、ここの店員ですよ」
「花屋?」
少女は小さく眉を寄せた。状況を受け入れようとしているのか、それとも疑っているのか、判然としない。
「おかしいわ……。私は、ヴィラスの森にいたはずなのに」
ヴィラスの森。レイヴィス王国の首都・ヴェルホーエンから西、人の足で三日はかかる距離にある。
少女は、ここが森ではないことには気づいている。
ただ、それ以上のことが飲み込めずにいるようだった。
「あなたの感覚は、間違っていません。ここはヴィラスの森ではありません。ここは、ヴェルホーエンです」
「……ヴェルホーエン?」
言葉を反芻するように、少女は小さく呟く。
「そんなはず…まずそんな距離、簡単に……」
途中で言葉を切り、口を閉ざす。
自分でも何を言おうとしたのか、迷ったような様子だ。
「あなたが、何かしたの?」
疑いの視線が向けられる。
「説明、してもらえるかしら」
強く言い切るでもなく、けれど引き下がる気もない声音。
理解の範疇を超え、警戒している。
その張りつめた様子が、以前見た保護されたばかりの元野良猫を思い出させた。
思わず、口元が緩みそうになる。
「何?」
少女がぴくりと反応する。
「今、笑ったわよね」
(……しまった)
「すみません。変な意味ではないんです」
そう答えると、少女は少し距離を取ったまま、こちらを見つめ続けた。
警戒している彼女とは別に、ソファで寝転んでいた家猫と化した男が、臨戦態勢にはいっていた。
「おい! お前、頭の中で俺のこと馬鹿にしてただろ!さっきからチラチラこっち見やがって、バレバレなんだよ!」
「あ、バレちゃいましたか。まあそんなこと、今はどうでもいいじゃないですか」
「どうでもよくねぇ! 人を馬鹿にしやがって、勝負だ!」
「はいはい。あとで相手してあげますから、大人しくしててください。それに、どうせあなたが負けるんですし」
「はぁ!? いつも手加減してやって─」
「ほら、静かに」
彼の唇をなぞるように、空中で指を滑らせる。その瞬間、言葉は途中で断ち切られ、まるで糸で縫い留められたかのように、彼の唇は固く閉ざされた。
突然の出来事を、鏡越しに見ていた少女は、信じられないものを見るように目を見開く。
「──っ、魔女」
ぽつりと零れた言葉が、店内に落ちる。
(魔女、ね)
「人より少し、魔法が使えるだけですよ。魔女なんて呼ばれるほどじゃありません。ただのフラワーショップの店員です」
「でも、あなたが…私を、ここまで連れてきたんでしょ?」
「いいえ。わたしではありません」
「じゃあ、どうして」
少女の視線は定まらず、声も揺れている。混乱の渦中にいるのは明らかだった。本来なら、落ち着かせてから話すべきなのだろう。
でも、この先を聞くのなら、その手順に意味はない。彼女がここに来た理由、それ自体が重要だった。
「それよりも。あなた、ヴィラスの森に何をしに行ったんですか?」
「え…それは、ただ迷っただけよ」
「それはありえない。迷ったにしては装備が軽すぎます。それにあの森の周囲に、立ち寄るような場所はありません」
「ち、違うわ。ただの……散歩よ」
「散歩、ですか。あそこは、最寄りの村の人ですら近づかない場所です。他の地域でも、立ち入りを避けるべき場所として知られていると聞いています」
少女は、さきほどまでの動揺を押し殺すように、無理に平静を装っていた。その不自然さが、かえって目につく。
「死者の森」
「─っ!」
言葉を失った少女の反応を見て、確信する。




