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「僕に内緒でつまみ食いとは、感心しないな」
物音ひとつ立てず、背後から声が落ちてくる。
「僕の分も、用意してくれてる?」
「っ——もう、脅かさないでくださいよ」
かじりかけのパイを皿に戻し、シェイラの頭二つ分ほど上にある顔を睨みつける。
当の本人は何事もなかったかのように、にこにことパイの皿を指さしていた。
「朝ごはん、食べたんじゃないんですか?」
「だってこれ、シェイラが作ったパイでしょ?君の作るパイは美味しいから。ね、ダメ?」
年上のはずなのに、いつも甘えた弟のような態度をとる。
しかもたちの悪いことに、顔がやけにいい。
その自覚があるからこそ、こんなことを言ってくるのだ。
「わたしにその顔しても、効果ありませんよ。頼まれなくても渡すつもりでしたけど。というか、わかっててやってますよね。タチが悪いです」
「あ、バレてた? コミュニケーションってやつだよ。大事でしょ?」
「大事ですけど、人は選んでください。いつか痛い目に遭いますよ」
「大丈夫だよ。僕は人を見る目があるんだよ〜」
小さく小言を投げると、彼は鼻を高くして鼻歌まじりに返事をする。おどけた顔を変えないまま、口調だけが硬いものに変わる。
「でも、使えるものはなんでも使うよ。この顔もね」
「…死なないでくださいね」
一瞬だけ目を丸くした彼は、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。
「君を一人になんてしないよ」
「……長い戦いになりそうですから、シワシワになって顔の使い道がなくなるかもしれませんね」
「ははっ、その時は魔法でどうにかするよ」
「本当にできそうなので、やめてください」
切り分けたパイを皿に乗せ、紅茶を注いでいると、十時の鐘がなる。
開店時間を告げる合図だ。
店の正面にあるランプに、光を灯さなければならない。
「いただきま〜す」
美味しそうにパイを頬張る美男子の横を抜け、庭に面した窓を開ける。
外の空気に触れながら、花を思い浮かべた。掌を顔の前に掲げ、静かに息を吸い込む。
瞼を開いたその瞬間、掌の上に小さな光の粒が生まれ、やがて寄り集まり、形を成していく。
花が現れ風に乗る。
まるで道を知っているかのように迷うことなく、店の入り口に吊るされたガラスシェードへ舞い降りて、淡い光を宿した。
「今日も、君の魔法と花は綺麗だね。始まりの日に見れるなんて、縁起がいいね」
光が通り過ぎた先を見つめながら、当たり前のようにかけられた言葉。
穏やかで、揺るぎのない声音に、シェイラは口元を一瞬もごもごした。
「この花が、目に留まることは、あまりありませんけどね」
「だからいいんじゃないか。特別感があってさ」
「そういうものですか」
「そういうものだよ。僕が保証するよ、自信を持って」
「言われなくても、自信はあります。ないのは信頼です」
「えぇっ! 何があっても切れない信頼で結ばれてるじゃないか!」
「はいはい。そうですね」
「あぁー、冷たいんだー」
この調子になると、面倒くさい。だから基本は無視が正解だ。背後でまだ何か言っているが、それも聞かない。
客足が少ないとはいえ、仕事は仕事。そろそろ店に戻らなければならない。
その前に、ソルーナの朝食を用意し、庭のテーブルへ置く。
ソルーナはシェイラにもう一度だけ挨拶をすると、軽やかな足取りでテーブルへ向かい、まるで瞬間移動でもするかのように跳び乗った。
気品と愛嬌を併せ持つその姿を目に焼き付け、店へと足を向ける。
中へ入った途端、間髪入れず、聞き慣れた声が飛んできた。
「おい、客だ」




