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現れたのは、黒髪の美しい男だった。
「来よったか」
「冷たいじゃないか。待っていたんだろう」
名画のような笑顔を浮かべたその男は、表情とは裏腹に、目にも留まらぬ速さで魔法を繰り出した。
息つく暇もなく、次から次へと攻撃の手が放たれる。
「逃げるなよ。まるでゴキブリみたいじゃないか」
「ふんっ、よく言うわ。不利なのは貴様であろう」
男の視線が、あれの腕にいるベラへ向けられる。
「本当に卑怯なゴミ虫だよね。安心しなよ──きっちり、息の根を止めてあげる」
(顔はいいのに、怒ると意外と手がつけられないのよね……)
シェイラは内心でそう思い、呆れたようにため息をついた。
顔立ちは整っていて、口調も穏やかだが、吐き出す言葉は容赦がない。
それを見て、アマリリスはぽかんと口を開けたまま立ち尽くしていた。
やや分が悪いと感じたのか、あれはふっとアルスたちの方へ攻撃を仕掛ける。
「おい、ゴミ。相手は僕だろ」
攻撃は届かなかったが、その隙に、あれは逃げる準備を整えていた。
「逃げるわっ!」
「ベラっ!」
聞こえないとわかっていながら、アマリリスは叫んでしまう。
同時に、アルスの叫び声も重なった。
「逃げ足だけは速いゴミで困るね」
「久方ぶりに楽しめた。また遊んでやってもいいぞ」
「その汚い顔は、二度と拝みたくないね。あとその子は返してもらうから。──というか、もう返してもらった」
気づけば、あれに捕らえられていたはずのベラは、黒髪の男の腕の中にいた。
「あの人……一体、何者よ」
「彼も妖精の加護持ちです。実力だけなら、我が国の魔法師では、まず太刀打ちできません。あれも、正真正銘の化け物ですよ」
「そんな……加護持ちが、こんなにポンポン出てきていいものなの……」
加護持ちが一人いるだけでも、思考が追いついていないというのに、二人目がこうも容易く現れる。
言葉を失うアマリリスに対し、シェイラはこめかみを指で掻きながら、苦笑して言った。
「まぁ……慣れですね」
「本当に目障りな男だ……次は必ず」
あれはアルスへ向かって指を差す。
黒髪の男が攻撃を仕掛けるが、寸前でかわされる。
次の瞬間、そこには──何もいなかった




