1-3 出生の疑問と背後の影
アルスが口にした疑問は、それまでの驚きとは違った。ただ胸に浮かんだものが、そのまま言葉になったような問いだった。
生憎、その問いに対する確かな答えをシェイラはまだ持っていない。
わずかに考え込む素振りを見せてから、静かに口を開いた。
「今から話すことは、あくまでわたしの推測です。可能性の話でしかありません」
アルスは返事をしなかった。
ただシェイラへ視線を向け、その先を促すように黙って待つ。
「考えられる可能性は二つあります。一つは、奴隷として使役されていたこと。もう一つは……」
「そのもう一つは何なんだよ。早く教えてくれ。すげぇ気になる」
結論が見えないことにもどかしさを覚えたのか、アルスは食い気味に身を乗り出した。
「アルスは国王の姿を見たことがありますか? 直接でも、肖像画でも」
「絵なら見たことあるな。あの赤髪のおっさん……おい、まさか」
「そうです。二人とも赤髪なんですよ」
「いや、でも髪なんて染めてるかもしれないだろ」
「ええ、その可能性もあります」
レンツ王国には、決して安価ではないものの髪色を変える手段が存在する。
だからこそ、シェイラの推測は荒唐無稽に聞こえた。
アルスが信じられないのも当然なのだ。
それでも、シェイラには簡単に否定できない理由がある。
「アルス。この国で髪色を変える方法は二つあります。染髪剤を使うか、魔法を使うかです」
「あぁ、だよな」
「ですが、魔法で変える方法は現実的ではありません。使える人間は一握りですし、アマリリスさんには魔力がありません。それに魔法使いの存在は、この国で秘匿事項です。髪色を変えたいという理由だけで会える相手ではありません」
「それはわかってる。だから薬で染めてるんじゃねぇのか?」
「ええ。今なら、それが普通です」
「今なら? どういうことだよ」
アルスは首を傾げる。
何を言われているのかわからない─そんな表情だった。
その間にも、アマリリスは再び周囲を警戒し始める。
元来た道を戻るつもりなのだろう。
それに気づいたシェイラは視線を移した。
言葉を交わさなくても意図は伝わる。二人は無意識に足音を忍ばせ、アマリリスのあとを追った。
歩きながら、シェイラが話を続ける。
「今なら、ある程度収入のある庶民でも髪は染められます。でもアルス、思い出してください」
「何をだ?」
「わたしたちが子どもの頃、染髪剤なんてありましたか?」
「え……どうだったっけな」
アルスはアマリリスの背中を見つめたまま、記憶を探る。
はっきりとは思い出せない。
生きることに必死だったあの頃、髪を染める薬など気にしたこともなかった。
それでも記憶を手繰っていると、不意に一つの光景が浮かぶ。
「……確か、ケイミーがシスター仲間と髪色の話をしてたんだ。その時、『髪の色を変えるなんて無理に決まってるでしょ』って言ってたような……」
「その記憶で合っています。染髪剤が発表されたのは三年前ですから」
「三年前ってことは、俺らは……」
「十四歳ですね」
指を折って数え始めたアルスより早く、シェイラが答えを口にした。
先を越されたのが悔しいのか、あるいは計算できないことを見抜かれたのか。
アルスは不満そうに頬を膨らませる。
「俺だって、わかってたぞ」
「変なところで張り合わないでください。指で数えている数字と、口に出している数字が噛み合っていませんでしたよ」
「うるせーよ! それよりさっきの話だ! 三年前に発表されたとしても、ここが三年以上前とは限らないんじゃねぇか?」
誤魔化すように話題を戻す。
「いえ。それはありません」
「なんで言い切れるんだよ」
「時計塔がないからです」
「でも、さっき鐘は鳴ってたじゃねぇか」
「ええ。でも、あれはエレフとの休戦前に使われていた鐘です」
エレフ──その名が出た途端、アルスの表情がわずかに強張る。
エレフはレンツ王国に隣接する国だ。
長い間、決して友好的とは言えない関係だったが、戦争にまで発展することはなかった。
状況が変わったのは八年前。
前王が崩御し、現王が即位すると同時に、両国は戦火へ呑み込まれた。
五年に及ぶ争いの末、ようやく休戦協定が結ばれる。
「今ある時計塔は、その休戦を記念して三年前に建てられたものです。その時計塔が存在しないということは、ここは少なくとも三年以上前ということになります」
「なるほどな」
アルスは短く頷いた。
「つまり、魔法以外じゃ髪色を変えられない時代ってことか」
「その通りです」
「でも、ますます意味わかんねぇぞ。この国に王女なんて聞いたことねぇ」
「ええ。でも、アマリリスさんを追えば答えは見えてくるはずです」
アルスは力強く頷いた。
話しているうちに、アマリリスは元の建物の近くまで戻っていた。
一番近くの建物の角から顔だけを覗かせ、何度も周囲を窺う。
安全を確認すると、小走りで建物へ向かった。
木々が生い茂る場所まで辿り着き、小さく息を吐く。
シェイラたちも、その木立へ足を踏み入れようとしたその時だった。
背後から、砂利を踏みつけるような小さな物音が響く。
「おい、あそこに誰かいるぞ」




