25
じわりと汗が滲み出る。
まただ、またあれがいる。
ここに来たということは、あの二人がどうなったのかなど、考えるまでもなかった。その場にいた全員が、ゆっくりと振り向く。
「ベラ、姉……」
背後から、震えた叫び声が聞こえた。
「──おい、てめぇ。その汚ねぇ手を、ベラから退けろよ」
あれの手には、血に塗れたベラが掴まれていた。
「ほう。我を目の前にして、正気を保っているとは。やはりか」
まるで言葉通りに従うかのように、あれは無造作に手を離す。
支えを失ったベラは、そのまま地面に横たわった。
「何故」
「あ?」
「何故、殺した」
「あぁ、この女か?……これは、おまけだ」
空気が、凍りついた。
思わずアマリリスへ視線を向ける。彼女はシェイラの予想に反して、誰よりも怒りを露わにしていた。
「許せない……あいつ、絶対に、殺してやるわ……」
まるで自分に言い聞かせるように、あるいは誰かに誓うように、吐き捨てる。
「これ以上の会話は無駄だ。貴様らも、どうせ死ぬのだから」
「どうして、わたしたちなの……」
「無駄だと、聞こえなかったか?」
「答えてっ!」
気圧されてもおかしくない状況で、ケイミーは一歩も引かなかった。
だが、その必死さすら、赤子の首を捻るかのように、あれは嘲笑で返す。
「いいだろう。その度胸に免じて教えてやろう」
「っ──」
「貴様らが一番理解しているのではないか?思い当たることがあるだろう」
「俺らの力のことか」
「そうだ。そこまで分かれば十分だ。あとは知る必要もない。時間もない……お遊びは終わりだ」
アルスをちらりと見ると、あれはニヤリと得体の知れない笑みを浮かべた。
それは一瞬だったが、時間が引き伸ばされたかのように、鮮明に焼き付く。
「──アルス」
飛び出したのは、ケイミーだった。
抱きつくようにして、アルスの方へ倒れ込む。
静かに視線を落とすと、身体に空いてはいけない空洞が見える。
アマリリスは声も出ず、手で口を覆っていた。
「ケイミー?お前、なに、してるんだよ」
「にげ……な、さい……あなた、だけ、でも……はや、く」
「なに言ってんだよ!?お前を置いていけるわけ──」
「ほう、動きを見破るとは素晴らしい。ますます欲しくなった」
あれが、こちらへ歩み寄ろうとした、その時だった。
足が、止まる。
伸ばされた手が、あれの足を掴んでいた。
それは、紛れもなくベラのものだった。
「わたしの家族に……手は、出させない」
一瞬、目を見開いたあと、あれは薄ら笑いを浮かべる。やがて、ケタケタと笑い声を漏らし始めた。
アルスは、腕の中のケイミーを強く抱きしめながら、ベラを見る。
視線が交わり、ベラは微笑みながら、何かを告げた。
同時に、ケイミーも小さな声で、詠唱を始める。
「吾はケイミー。水よ、渡れ……継承者は、アルス……時至り、手助けとならん折りに、現れよ」
「おい、なにしてんだよ……」
「受け取り、なさい……最後の、プレゼントよ。馬鹿アルス……ふふっ」
アマリリスには理解できなかった。
あれを前にして、どうして逃げられると思えるのか。
どう抗っても、勝てる相手ではないはずだ。
だが、その考えを嘲笑うかのように、ベラが告げる。
「……間に合った。あなたの負けよ」
「小賢しい人間だ」
射抜くような、重苦しい視線。
それでもベラは、微笑んでいた。
「ざまぁみろ」
「実に腹立たしいが……今回は我慢してやろう。次は、必ず」
圧倒的に有利な立場にありながら、まるで退く理由ができたかのように、あれは身を引く。
「どこに行くんだい?僕が来たのに」




