1-1 城壁の内側
「くっ〜目潰れるかと思ったぜ……ここ、どこだ?」
「さぁ、わかりません。それより、あそこ」
指さす方向を見ると、小さな建物があった。蔦に覆われた壁の隙間から、古びた外壁が覗いている。お世辞にも綺麗とは言えないが、ある程度の手入れはされているようだった。
扉の前には、見知った顔。記憶しているより幼く、纏う服もやや汚れている。
「あれ、あの女か? なんか汚れてるな」
「行きましょう」
立ち尽くしていた少女は、ふらふらとどこかへ向かって歩き出す。そう離れていない場所に井戸が見えた。か細い腕で水を汲み、使い古された布を濡らす。覚束ない手つきで布を絞り、汚れた頬を拭った。
終わったかと思えば、今度はバケツに壺のようなものを沈めている。
「あれ、なんだよ? おい、なんだよその目は」
「はぁ……だから馬鹿って言われるんですよ。あなたも一応、花屋の店員でしょ」
「っ! 花屋つっても、客なんてほぼ来ねーし! 水は魔法であげられるだろ!」
「答えになってませんけど、そういうことにしておきましょう……あれはサムポットですよ。花に水やりをする道具です」
そんな会話をしている間にも、アマリリスは歩みを進めていた。家を囲む木々の下へ着くと、何度も周囲を見渡し、何かを確認しているようだった。
「あいつ、なにしてんだ」
アルスは顎に手を添え、首を傾げる。
待ち合わせという雰囲気ではない。むしろ、人がいないことを確認しているように見えた。
入念に辺りを見回し、大丈夫と判断したのだろうか。背を丸め、身を縮こまらせながら、小走りで移動し始めた。
「追いかけますよ」
「あぁ」
アマリリスは時折速度を緩めながら、周囲を気にして進んでいく。体感では一分もかからない距離を移動し、やがて足を止めた。
その先には、高い城壁がそびえていた。城壁の手前には、アマリリスの太ももほどの高さの石積みで囲われたハーブ園が整然と並んでいる。城壁は大人の身長でも五人分はあろうかという高さで、その一面にはブドウに似た蔦植物が所狭しと張り巡らされていた。
アマリリスは中腰になって身を潜め、左右、そして背後へ視線を走らせる。確認を終えると短く息を吐き、ようやく耳に届くほどの小さな声で「よし」と呟いた。
城壁へ近寄り姿勢を正すと、慣れた手つきで蔦を掻き分ける。かと思えば、今度は城壁の石へ手をかけ始めた。
「こいつ、なんで壁壊してるんだ」
「壊すにしては手慣れてますし、丁寧ですね」
アマリリスの手元を覗き込む。
小さく呟きながら、城壁の石を一つずつ外していく。手先に迷いはなく、どの石から外せばいいのかを正確に把握しているようだった。
外した石は足元へ順に置かれていく。よく見ると、外した順番まで崩さず並べられている。
「逃げる訳ではなさそうですね」
「逃げないなら、尚更意味わかんねぇ。つーか、ほんとにここどこだよ?」
今度はアルスが周囲を大げさに見回した。それでも見覚えはないらしく、諦めたように肩を竦め、再びアマリリスへ視線を戻す。
そうしているうちに石を外す手が止まった。
城壁には、小さな子どもが一人、ようやく通れるほどの穴が開いている。
アマリリスはサムポットを持ち上げ、先に壁の向こうへ置いた。
続いて足早に、それでも焦る様子はなく穴を潜り始める。身体が擦れそうなほど狭い穴だったが、慣れた様子で器用に潜り抜けた。
壁の外へ出ると、今度は蔦を巧みに戻し、穴を隠してしまう。
「おぉ〜」
アルスは思わず小さく拍手をした。
「行きますよ」
「お、おう」




