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アマリリスは、再び驚きの目をイーサンへ向けた。
だが当の本人は、呑気にクッキーをかじっている。軽薄そうな男だ。
しかし、記憶の中の彼は違った。
あのとき感じたのは、底の見えない気配。
それにシェイラと同じく、イーサンは無詠唱で魔法を発動させていた。
魔法使いという存在は、多くの謎に包まれている。だが、まったく記録が残っていないわけではない。
遠い昔、魔法使いたちは今ほど姿を隠してはいなかったという。もっとも、現存する文献の多くは国家によって情報が制限されている。残っているのは、伝承に近い断片ばかりだ。
それでも一つ、共通する事実がある。魔法は言葉と共に発動する。
詠唱なき魔法など、どの記録にも存在しない。
(只者じゃない……)
「でも影の妖精より、花の妖精の方が強いんじゃないの?」
「間違いではありません。ただし、妖精の強さと人間に求める資質は別です」
「なるほど……?」
「妖精が契約者を選ぶ理由は様々ですが、魂の色との相性を重視すると言われています」
「魂に色なんてあるの?」
理解が追いつかない。
言葉は耳に届いているのに、意味がまとまらない。
「私にも見えるわけではありません。そういうものだと教えられただけです」
「そう……でも、どうして髪色が変わるの?」
「影の妖精の加護は契約者の身体や人格へ強く影響します。そしてイーサンの魔力は、すでに影の妖精のものと混ざり合っています」
「つまり、この髪色はその影響ってわけ」
クッキーを咀嚼しながら、イーサンが言った。
視線を向けると、ブロンドの髪が静かに黒へ染まり始めていた。
「まあ、普段は魔法で隠してるけどね」
相変わらずの軽い調子だった。数秒後、髪は完全な黒へ変わる。
理解はしている。これは呪いではない。
それでも恐怖は消えなかった。長い年月をかけて刻み込まれた常識は、そう簡単には崩れない。
「昔いた“呪いの子”たちも、僕と同じだった」
アマリリスの思考が止まる。
「え?」
短い沈黙。
そして、言葉が浮かぶ。
「──呪いの子に人生は与えず」
震える声で、アマリリスが言った。
それは、この国の掟だ。
呪いの子は不吉の象徴。レンツ王国では黒髪は禁忌だった。なぜそう呼ばれるようになったのか、今となっては誰も知らない。
それでも数百年に一度必ず生まれて、そのたびに処刑される。
まるで人類の敵でも見つけたかのように。
「でも僕はこの通り生きてる。だからまあ、気にしてないけどね」
「こちらとしては騒がしくて頭が痛いです。もう少し静かにしてください」
「またいじわる言った〜。前は優しかったじゃないか」
「チラチラ見ないでください。うざいです」
また言い合いが始まる。アマリリスは小さく息を吐いた。騒がしい空気の中で、思考がゆっくり整理されていく。
そしてある疑問が浮かんだ。
(待って……どうしてこの男は生きているのよ……)




