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『それぞれの属性には妖精王が生まれ、世界を巡り続けることで力の均衡を保った。やがて妖精王たちは互いの力を調整し、季節という流れを生み出す。厳しさを伴いながらも、移ろう四季は世界と人の心を豊かにしていった。
だが妖精は気難しく、ほとんどは人前に姿を現さない。交わることはない──そう思われていた。しかし稀に、妖精に気に入られる人間が現れ始めた。
そして妖精は気に入った者に、妖精は“加護”を与えたのだ。
契約を交わした人間は魔法を使えるようになった。その力は、どの属性の妖精に選ばれたかで質も量も異なった。
なかでも花は特別だった。花は星が最初に生んだ、始まりの存在。星に最も愛された妖精。世界を創造したのが星ならば、世界を巡らせるのが花──それほどに、花の力は絶大だった。
妖精たちの力もあり、世界は均衡を保ち、穏やかな時が流れていく。
そんなある時、今まで空から見守っていた星が地上へ降り立った。そして自らの力を宿した“星の花”を生んだ。その花に星はある願いを込めた。
だが、その願いは人間の裏切りによって、踏みにじられる。
星の花は五本。二本は原初の魔女の手に。二本は初代国王の手に。そして最後の一本は、行方知れずとなった。力を削がれた星は、やがて空から姿を消した。』
「これが、わたしの知っている物語です」
アマリリスは、しばらく口を開けなかった。
ようやく零れたのは、か細い声だった。
「……ありえない」
その反応は当然だった。シェイラは静かに席を立ち、母屋の奥へ向かう。
ケーキドームに覆われたスタンドからマフィンとクッキーを取り出し、皿に載せる。続いてカップボードからティーカップとソーサーを出し、ティーポットにお湯を注ぐのかと思ったが水差しは使う気配はない。
すると人差し指を立て、小さく円を描くと、空間が揺らぎ、澄んだ水が生まれる。それは静かにティーポットへと吸い込まれた。
(……本当に、魔法使いなのね)
「紅茶は飲めますか?苦手でしたら他のものもご用意しますよ」
「い、いえ……紅茶は好きよ」
「ダージリンかアールグレイ、どちらが?」
「それなら……ダージリンを」
「かしこまりました」
シェイラが背を向けた瞬間、ティーポットの中の水はすっと消え、代わりに茶葉が入れられていた。次の瞬間、再び透明な湯が現れ、茶葉がゆっくりと踊り始めた。まるで落ち葉が風に舞うように。
目の前に差し出されたクッキーを、アマリリスは無意識に口へ運ぶ。続いて注がれた紅茶を一口。その瞬間、張りつめていた表情がふっとほどけた。
「……美味しい」
「お気に召しましたか?」
「ええ。渋みが柔らかくて、香りが綺麗。良い茶葉を使っているのね」
「気に入っていただけて嬉しいです。よろしければ少しお分けしますよ」
「……いいの?」
「もちろんです」
アマリリスの眉間から力が抜け、口元がわずかに緩む。
そんなアマリリスを横目に、シェイラは茶葉を小さな缶へ。菓子と共に麻袋へ丁寧に包んだ。
「お菓子はおまけです」
「ありがとう。帰ったら、いただくわ」
「ねぇ……」
「はい」
「さっきの話に戻る前に、ひとつ聞かせて」
「わたしに答えられることなら」
アマリリスはゆっくりと視線をあげて、真っ直ぐシェイラを見つめた。
「──あなた、失われた悪夢の魔女よね?」
シェイラは静かにカップの縁を指でなぞり、なにか考えている様子だった。
そんなとき、開いていた窓から花びらがふわりと舞い込み、彼女のカップの中へ静かに落ちた。
僅かにハッとしたような表情になり、とても優しい笑顔を浮かべる。
そしてまるで花びらを隠すように、掌をカップへ翳した。シェイラが掌を退けると、そこには桜の花が一輪浮いていた。
その花をしばらく眺めてから、シェイラはゆっくりと顔を上げた。
「その通りです」
そう答えたシェイラの表情は、出会ってから初めて見るものだった。彼女の感情が、確かにそこに滲んでいた。
(まさか、本当に……)
「やっぱり…そうだったのね」
「はい。ですが……わたしには、悪夢の魔女と呼ばれていた頃の記憶がありません」
「えっ…それどういう……」
アマリリスの困惑に、シェイラは首を横に振った。
「わたしにも、わからないんです。だからこそ、いまそれを探しています」
「そうなの…でも…じゃあ魔法やお伽話のことは、どうして覚えているのよ」
「それは──」
「は〜い、ストップ!」
詰め寄るアマリリスと、それを受けるシェイラの間に、腕と軽快な声が割って入った。
アマリリスが腕の主を見上げると、窓際にいたイーサンがやれやれといった表情をしている。
「あのね〜まず君は、何でもかんでもズカズカ聞きすぎ」
「でもっ!」
「はい、うるさい。うるさいお口は一旦閉じようね」
「──っ!」
あっという間に、シェイラがアルスにかけていた魔法がアマリリスにもかけられた。いくら口を開こうとしても、縫われたかのように開かない。思わず手を口元にあて、開こうとジタバタする。
そんなアマリリスは無視して、イーサンはシェイラの方へ向きを変えた。
「そしてシェイラ!君も聞かれたこと全部に素直に答えない。話すべきタイミングや順序ってものがあるでしょ」
「わかっています。ですが、わたしだけ答えないのも不公平じゃないですか」
「はぁ…わかる、わかるよ。でも君が話すことで、彼女を危険に晒すかもしれないんだよ?そこまで考えていかないと」
イーサンに痛いところを突かれたのか、シェイラが苦い顔をする。
「……確かに、わたしの考えが甘かったですね」
「そうでしょ?言うなとは言わないけど、今じゃないよ」
「…たまにまともなことを言われると腹が立ちますが、今回はあなたが正しいです」
「ねぇ〜!『わかりました、ありがとう』でいいじゃん!シェイラ冷たい!いつからそんな子になったんだよ〜」
泣き真似をするイーサンにやや冷たい視線を向けてから、シェイラはアマリリスの方へ向き直り、姿勢を正した。
そして静かに頭を下げた。
突然のことに、アマリリスは口が開かなくなっていることも忘れ、キョトンとしてしまう。




