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「おかえり〜、二人とも」
最初の店に戻ったかと思えば、アマリリスは聞き覚えのある声に出迎えられた。
声のする方を見ると、ソファで眠るアルスのそばで、アップルパイを頬張りながら手を振っているブロンドヘアの美男子がいる。
(とてつもなく綺麗な人…どこかで……)
「また食べてるんですか、イーサン。朝も食べたじゃないですか」
「だってアルスってば、残したままだったから。もったいないでしょ?」
「アルスに怒られても知りませんよ。それが最後だったんですから」
(この声も……どこかで……)
「……あっ」
次の瞬間、アマリリスは弾かれたように声を上げていた。
「あなた、 黒髪の魔法使いじゃない!」
突然の大声に、イーサンとシェイラが同時にこちらを向く。
我に返ったアマリリスは、はっとして両手で口を覆った。
「ご、ごめんなさい……!」
顔が一気に熱を帯びる。勢いで口に出してしまった自分が恥ずかしく、視線を彷徨わせた。
そんな様子を見て、イーサンは腹を抱えて笑い出した。
「あはははっ! あー、面白い……君、よく気づいたね」
「髪の色が変わったくらいじゃ、その顔は誤魔化せませんよ」
「それもそうだよね」
屈託なく笑うイーサン。
しかし、アマリリスはしばらく逡巡したあと、赤くなっていた顔をゆっくりと引き締めた。
改めて、目の前の男を見つめる。
先ほどは驚きと照れで流してしまったが、今ははっきりと“恐怖心”が胸に湧いてきた。
「……あなた、黒髪だったわよね…」
静かな声だった。イーサンの笑顔は変わらない。
「そうだよ?」
その返答を受け、アマリリスは小さく息を吸い、言葉を続けた。
「…呪いの子」
一瞬、空気が張りつめたように感じられた。
だが、イーサンは肩をすくめて、あっけらかんと笑う。
「黒髪=呪いの子、かぁ。腐った考え方だよね。なんで黒髪になるのか、その理由も知らないくせにさ」
「この国で黒髪の人間なんて、見たことがないわ。理由なんて、わかりきっているでしょう。呪いよ」
(でも、どうして髪色が変わっているの…?)
そう言い切るアマリリスの声は、無意識に強張っていた。それが“常識”として刷り込まれてきた証拠でもある。
イーサンは小さく鼻で笑う。
「その常識が、一番危ないんだけどね。まずさ─」
(ああ……この流れは、面倒くさい上に長くなるわね)
シェイラは小さく溜息をついた。
「アマリリスさん」
「なによ……」
「星と花の妖精、というお伽話はご存知ですか?」
「あ、ちょっとシェイラ!横入りじゃない!?」
イーサンが抗議するが、鋭い視線を向けられると、しゅんと大人しくなる。
「すみません。それで、ご存知ですか?」
「ええ。昔は空に星が輝いていて、この国のどこかに星が降り、花が生まれた。その花の蜜を飲むと花の妖精が願いを叶えてくれる……って話でしょ」
「そう。その話です」
「それが何か関係あるの?」
シェイラは一拍置いてから、静かに言った。
「このお伽話には、誰にも知られていないことがあるんです」
レンツ王国に古くから伝わる──《星降りと始まりの花》。
「少し長くなります。座ってお話ししましょう」
そう言って、シェイラは母屋へと案内した。
ソファで寝たままのアルスを置き、三人で移動していると、朝と同じくソルーナが近寄って来た。
静かにシェイラの隣まで歩き、優雅に横を並べる。
「可愛こぶっちゃってさ〜」とイーサンはぶつくさ言うが、ソルーナの視線が向くと、途端にそっぽを向いた。
「とても綺麗な猫ね。飼ったことはないけど、昔懐いてくれた猫に似てるわ」
「そうなんですね。その子はソルーナといいます。ちなみに、話している内容は理解しているので、言葉には気をつけたほうがいいですよ」
シェイラの言葉に、イーサンの目は泳ぐ。するとソルーナは上機嫌に尻尾を揺らし、「ニャッ」と鳴いた。
「あなたも頭がいいのね、覚えておくわ」
アマリリスは懐かしそうな眼差しを向けて、ソルーナの頭を優しく撫でる。撫でられているソルーナは気持ちよさそうに目を瞑り、ゴロゴロと喉を鳴らす。
「イーサンはいつも喧嘩を打って、痛い目に遭ってますからね」
「…酷いなぁ、喧嘩なんて打ってないよ。僕は紳士だからね」
イーサンの言葉を無視して、三人は母屋へと入る。
テーブルへ案内され、アマリリスは言われるままイスへ座る。ソルーナも当たり前のように飛び乗り、その座る姿はあまりに優雅で、アマリリスは思わず見惚れてしまった。
「…それで、さっきの話だけれど、わたしが知っている内容と何が違うのかしら?」
「おおまかには同じです。ただ、生まれたのは花だけではありません」
シェイラの言葉に、アマリリスは眉をひそめる。
「わたしが知っている話は──」
シェイラが語り始めたのは、アマリリスが初めて聞く内容だった。
『この世界は、星が降る前、何もない世界だった。星は寂しくなり、世界を豊かにしようと考えた。
まず最初に花を生んだが、綺麗になっただけで世界はあまり変わらなかった。そこで水、風、火、影を生み出した。
すると次第に世界は進化し、生物や自然が誕生する。そして長い長い時間が経ち、人間も生まれたのだ。
だが、それだけではない。星が生んだ花、水、風、火、影に属する妖精たちも誕生していた』
「ちょ、ちょっと待って…」
初めて聞く内容に、アマリリスの頭は混乱していた。
(妖精に属性…? それに、星ってお伽話の話じゃなかったの…?)
「大丈夫ですか…って、まあ大丈夫じゃないですよね」
「えぇ…現実味がなさすぎて、頭が痛いわ…」
アマリリスはこめかみを押さえ、ぶつぶつと呟く。
「一旦休みますか?」
「あ、ごめんなさい…大丈夫。このまま続けて頂戴」




