リルーディの弟子たち
「まずいわ。急がなくちゃ。」
メルフィラは服や調合器具をテーブルの上にかき集めている。
「明日は師匠が来ちゃう。絶対に怒られるわ。」
バタバタと部屋の中を走り回り、必要なものを鞄に詰め込み何とか口を閉めた。部屋を出て街へ向かう。
「急げ急げ。今日は仕入れのおじさんが来てる日だから乗せてもらえるわ。」
パンパンに膨らんだ鞄を引きずるように運びながらある場所へ向かう。
「馬車があった。よかった、間に合ったわ。」
荷台に荷物を乗せる。
「おじさん、今日乗せて!」
「おや、メルフィラちゃんかい。いいぞ。」
しょっちゅう乗せてもらっているらしく、おじさんはあっさりとOKを出す。タダで乗せてもらうので一応荷積みの手伝いはする。
「いやー、メルフィラちゃんが手伝ってくれたから早く出発できてよかったよ。」
「タダで乗せてもらうんだもの。この位当然ですよ。」
ベラーナまでは定期馬車が出ていないので、足は自分で確保しなけらばならない。歩いていくことも可能だが、道中は魔物が出るので護衛を雇う必要がある。護衛を雇えない人たちは命がけで移動しなければならない。幸いベラーナにはメルフィラと同じ薬師がいる。その人に魔よけの薬を作ってもらい、馬車に振りかけてやってくる。魔よけの薬は魔物が嫌う匂いがするらしく、その匂いがする間は魔物が近づいてこないのだ。ただすべての魔物に有効なわけではないが、人間の生活圏内にいる魔物には効いているようだ。殆どが薬師が自分で使うために作成しており、あまり市場には出回っていない。しかしこれがないとベラーナは陸の孤島になってしまうため、今回のように仕入れなどで移動する人の為には提供しているのだ。当然王都から持ってきたものは自分たちも使うので、結果自分の為に提供しているようなものだ。
馬車に揺られて3時間。ベラーナに着いた。
「おじさんありがとう。」
「こっちこそ楽しい時間をありがとう。」
メルフィラは同じ師匠と学んだ仲間、ターニャの家へ向かった。
「そろそろ来る頃だと思ってたわ。」
「だよねー。どう?腕は上がった?」
「ぜーんぜん。上級ポーションなんてそうそう作れないわよ。」
「だよね。あんな難しい物、そんなにポンポン作れないわよ。」
その上級ポーションを作れないから師匠に半人前と言われているのだが、本人たちは自覚がない。とりあえず上級ポーションが作れなくても1人で生きていけるレベルという事で外へ出されたのだ。
「でもアーヤは作れるんだよね。」
「そうかもしれないけど、あんな得体の知れない人を後継者にするなんて師匠も酷いわ。私たちあんなに頑張ってきたのに。」
メルフィラは自分が後継者候補だっただけに、突然やってきてリルーディの後継者になったアーヤの事が気に入らない。
「教会で適性を受ける前から弟子入りしているのに、師匠はどうしてあんな人を選んだのよ。納得できないわ。」
自分が上級ポーションを作れなくても後継者になれると信じていたメルフィラはたとえアーヤの腕が自分より上であってもそれを認められないのだ。
「どうせ今回もここに来るわよ。とりあえず作れるもの準備しておこうよ。」
「そうね。毎度のことだから、自分が作れる一番いい薬を作っておこうね。」
2人は機材を準備し、今の自分で作れる最高の薬を作り始めた。
「・・・メルフィラはやっぱり毒なのね。」
「もちろんよ。これが私の薬師道よ!」
「それじゃあ私は解毒薬にするわ。」
弟子入りが同じ時期なのでこの2人は仲がいい。仲がいいのはいい事だが、切磋琢磨して高みを目指してはいなかった。とりあえずこの位・・・の精神でやってきているので未だに上級ポーションを作れるレベルにいかないのだ。
「ところでマイは元気にしてる?」
「多分?私も冬になる前に会ったのが最後だから。」
「ああ、あれを取りに行ってたのね。」
「そう。そこで渡り人の冒険者に会ったわ。一緒に洞窟に行ったけど、渡り人が私たちより能力が高いって本当だったわ。」
おしゃべりしながら調合をする。普段作っているものだから手慣れたものだ。それゆえにレベルが上がらないのだが、本人たちはそれに気が付いていない。
「ギルドに薬持って行ったんだけど、ちっともランク上げてくれないのよね。」
「私もー。こんなに沢山持ち込んでるのに、どうして上げてくれないのかしら。」
そしてすでにアーヤにギルドの認定ランクが抜かれているのにも気が付いていなかった。
遡ること約4年半前。リルーディは薬草を摘みに近くの森へ来ていた。
「今日は風のない嫌な日だね。」
空を見上げる。木漏れ日が森の中に光のシャワーを射していた。木々はすっかり紅葉し、木の実が地面にたくさん落ちている。河原へ出る。水も随分と冷たくなってきた。今年はメルフィラももう薬草は取りに来ないだろう。洞窟へ入ろうとする。
「あの日もこんな日じゃなかったかな。」
もう一度空を見上げる。突然まぶしい光が射してくる。
「こ、これはあの時の!」
光の輪は大きく広がり、空から地面に降り注ぐ。
「あの時とは違う?」
そう言った直後、光の中から一人の女性が川の中へ落ちた。バッシャーン!大きな水しぶきが上がる。
「こりゃ大変だ、助けないと。」
慌ててリルーディは川へ入り女性を川岸へ連れてくる。動かない女性を見て、死んでいるのかと思った時、
「ううん・・・」
女性は目を開けた。意識がはっきりしていないのだろう。ボーっと周りを見ていた。
「ここは天国ですか?」
「天国?ここはツェンという村の側の河原だよ。」
女性は何が起こったか理解できていないようだ。
「とにかくここでは風邪をひいてしまう。私の家へおいで。」
ずぶ濡れの女性へ自分の着ているマントを渡し、家まで連れて帰った。
「とりあえずこれを着ておくれ。濡れた服は干しておくから。」
女性は言われた通りにする。着替えが終わり、勧められた椅子に座る。部屋の中を見渡すが、ここが天国でない事は理解したようだ。
「私・・・あの・・・」
「あんたは渡り人だね。この国には時々異次元から渡ってくる人がいるんだよ。」
リルーディは紅茶を差し出す。
「ありがとうございます。」
カップを受け取るが飲む気配がない。
「あんたはもう元の世界には戻れないから、ここで生きていく方法を探さないといけないよ。」
「戻れないのですか。」
「ああ。もし戻ることが出来たとしても今すぐという訳にはいかないからね。神様は気まぐれのようだから。」
「それは経験からのお言葉ですか?」
「そうさね。」
急に女性は泣き出した。リルーディは優しく背中をなでる。
「これからの事はゆっくり考えればいいさ。暫くここにいていいから。」
女性はこくこくと頷きながら、必死に涙を止めようとしていた。
翌朝何かの音で目が覚めた女性は、音のする方へ行ってみた。リルーディが朝食の準備をしていた。コンロは火の調節をする為のつまみがない。竈もあるようだが、薪がくべてあるわけでもない。
「ああ、起きてきたのかい。」
「おはようございます。何かお手伝いしましょうか。」
「座っておいで。そのうち手伝ってもらうから。」
そう言ってテーブルにパンと紅茶を置いた。焼けた肉を皿に移し、それもテーブルの上へ置き自分も椅子に座った。
「さあいただこうかね。」
食べ始めた時、女性は手を合わせて『いただきます』と言った。
「あんた、もしかして日本ってところから来たんじゃないかい?」
「はい、そうですけど。」
「そうかい。日本から来たのかい。」
そう言ってリルーディは少し涙ぐんだ。
「ああ、落ち着くまでここにいていいからね。」
優しい顔で女性に言った。




