ロドリゴ隊長と飲み会
「よく来たね。待っていたよ。」
翌朝警備隊を訪ねると連絡が入っていたらしく、すぐに執務室に通された。マリウスがにこやかに迎えてくれ、勧められてソファーに座った。前もって準備していたらしく、メイドがすぐに紅茶とお菓子を持ってきた。
「例の事だが、噂話だけどかなり信憑性あってね。それで来てもらったのだよ。」
ただの噂話だと思っていたがそんなに有力な話だとは意外だった。
「かなり昔の事だから詳しく知っている人がいなくてね。多少尾ひれがついていつかもしれないが。」
そう前置きをする。
「ある裕福な家に双子の女の子がいたそうだ。ある日その双子の片方が家族の前で異世界へ渡った。母親はショックを受け、その日から寝込んでしまったそうだ。」
渡った話?あれ?帰ってきた話じゃなかったの?頭の中にいっぱい『?』が浮かんだ。マリウスは想像通りの顔だと言わんばかりに紅茶を飲む。
「それからその家族は異世界へ渡る方法を必死になって探し始めたらしい。」
「そ、それでその方法は見つかったのですか?」
身を乗り出して聞いた。マリウスは首を横に振る。
「私財を投げうって探し回ったそうだ。ありとあらゆる方法を試してみたが、異世界に渡る方法も見つからず子供も帰ってこず。雇っていたメイドも1人を残してみんな辞めていったらしい。それからどのくらい経ったかしれないが、ある日母親が『娘が帰ってきた』と残ったメイドへ話したらしい。しかしそのメイドはその後すぐに暇を貰ったそうだ。」
「暇を貰った?」
「辞めさせられたという事よ。」
「それがあの50年前の話なのですか?」
「いや、それがはっきりしないのだ。ただこちらから渡って帰ってきたというのはほぼ間違いないらしい。それからしばらくして母親は亡くなったそうだが、驚くほど穏やかな顔をしていたそうだ。」
「それが帰ってきたって証拠になるのですか?」
「母親の葬儀を済ませた後残った家族はどこかへ引っ越したそうだが、その時の人数は3人だったそうだ。『娘が帰ってきた』と聞いたメイドがその家の最後のメイドだったそうだから、父親と娘2人じゃないかな。」
「その家族がどこへ引っ越したかは分からないのですか?」
「残念ながらそこまでは分からなかった。ただ薬師の一家だったと聞いているから、もしまだこの国にいれば娘はどこかで薬師として生きているのではないのかな。」
「薬師ですか。」
私たちに薬師の知り合いはリルーディさんとメルフィラ・アーヤの3人しかいない。かなり昔の事ならば、もし知っていてもリルーディさん位だろう。元々この世界の人でないアーヤは絶対に知らないだろうし。
「今回の話しは以上だ。ところで2人は今夜の予定があるのかな?」
「いえ、特に予定はありませんが。」
「そうか!よかった。では前回叶わなかった飲み会に行こうじゃないか。早めに仕事を切り上げるから、6時頃に警備隊のところへ来てくれないかな。スポンサーも連れてくるから、好きなだけ飲み食いしていいぞ。」
断る理由もなかったので今日のお誘いは受けることにし、一旦宿に戻った。
「隊長、本日6時です。」
「そうか。どれ、お前の押しの渡り人と初対面だな。」
ロドリゴ隊長は真人との対面を楽しみにしていた。マリウスがあまりにも褒めるので、直接会ってみたいと思っていたのだ。前回来た時にはそれが叶わず、今回まで待ったという訳だ。
「しかしよかったのですか?あの事を伝えて。」
「もちろん誰とかいつとかは言わなかったのだろう?すぐにはたどり着かないだろう。」
マリウスもロドリゴも、あの後真人達からの話を元に独自のルートで情報を集めていた。そしてカヨが語った『老婆』の正体にいきついたのだ。しかし不確かな部分が多いので、あえてその辺りは曖昧にして伝えたのだ。
「本人はすでにいないし、妹もどこにいるのか不明だからな。薬師ギルドに問い合わせたが、すでに引退していてどこにいるのか分からないらしいからな。」
「『帰る方法はなかった』で終わらせればこっちで生活する覚悟も出来るのではないでしょうか?すでに真人は帰る気はないと言っているし。」
「いや、こんなに必死になって探し回っているのだ。自分で納得できなければ無理だろう。もうしばらくこっちも調べてあげているというスタンスでいくぞ。そうすれば少なからずこちらの希望も聞いて貰いやすくなるからな。」
ロドリゴとしては、2人とも王室警備隊に入って欲しい。強引にとなれば反発も出てくるが、協力してあげたという形をとれば向こうもお願いを断りにくくなる。
「出来るだけ情報は小出しにして、恩を売っておくのだな。」
5時半には警備隊の詰め所へ着いた。少し前だとすでにマリウスは待っているからだ。そしてやはりマリウスは待っていた。
「6時の約束だったが、随分と早く来たんだな。こちらももうすぐ終わるから、そこに腰かけて待っていてくれ。」
警備隊室の端にある木でできた長椅子に2人で座った。マリウスは書類を配り、部下に何か指導をしている。
ガチャリと扉が開いた。体格のいい年上の男性が入ってきた。
「マリウス、準備が出来たぞ。」
男性はまっすぐマリウスのところへ行く。
「あ、ロドリゴ隊長、こちらが以前話をしていた渡り人のマサトとトモーミです。」
いきなり紹介されて、慌てて立ち上がった。
「初めまして、マサト・エンドーです。」
「トモミ・オーノです。よろしくお願いします。」
「ああ、私は王室警備隊第二部隊隊長のロドリゴ・バーハーンだ。」
右手を差し出し握手を求めてきた。真人も右手を出し、ロドリゴの手を取る。ロドリゴはその手をしっかり握り、真人を自分の方へ引き寄せた。
「いやぁ、立派な体してるねぇ。ちょっと手合わせいいかな。」
左手で真人の背中を叩きながら喜んでいる。
「隊長・・・。」
マリウスは頭を抱えたが、その様子を見て逃げるのは無理だと思った真人はすぐによろしくお願いしますと答えた。
警備隊の訓練場に真人とロドリゴが向かい合っている。周りには見物人が集まってきた。
「ロドリゴ隊長が手合わせって久しぶりだよな。」
「相手の男は誰だ?初めて見るぞ。」
「入隊試験か?」
いろんな噂が飛び交っている。
「私は魔法は使えないが、剣と武闘は使える。君は?」
「自分は武闘のみです。」
「そうか。では武闘のみで対戦するとしよう。いいかな。」
「はい、お願いします。」
真人はぺこりとお辞儀をし、戦闘態勢に入った。
2人の間に緊張した空気が流れる。朋美は祈るように拳を握りしめ勝負の行方を見ていた。
先に真人が動いた。ロドリゴに向かって右足で蹴りを入れる。すぐにロドリゴはそれをかわし、真人の顔面に向かってパンチを繰り出す。それを左手で受け流し、後ろへ飛び距離をとる。
「ほう、中々。これは楽しみだ。」
ロドリゴは笑みを浮かべ、腕を強化した。それに気づいた真人も同じく腕を強化した。
「これは凄いですね。本当にマサトは強くなりましたね。」
マリウスは涼しい顔で言う。
「怪我したりしないですよね?」
心配な朋美とは裏腹にマリウスは楽しそうな顔で言う。
「大丈夫ですよ。隊長も加減は分かっているはずですから。」
言ったそばからドンドンバンバンと音がする。2人が強化した腕で殴り合いを始めた。それを見た朋美は驚き、手で口を押え青ざめている。
「いい腕だ!冒険者にしておくにはもったいないぞ。」
「ありがとうございます。でも今はこれが楽しいので。」
そんなやり取りをしながら2人はぎりぎり当たらない距離でお互いの拳を避け続ける。これでは決着がつかないと思った二人は全身を強化し始めた。
「あ、これは・・・。」
マリウスが声を出した。その時2人の拳がぶつかり合い、ものすごい熱量が回りに放たれた。2人の戦いを見ていたある人は強化でその場に留まり、ある人は吹き飛ばされた。朋美はマリウスに支えられ、なんとかその場に立っていた。
砂埃が立ち込める中、バシバシと殴り合う音と、時々うぐっ、がはっと殴られた声が聞こえる。そして砂埃が消えてなくなったころ、地面に倒れている真人と片膝をついて座っているロドリゴの姿が現れた。
「まさとー。」
駆け寄ってきたと朋美に
「完敗です。」
と真人は清々しい顔で少し殴られた跡を抑えながら言った。
「いやいや、中々の腕前だぞ。本気で考えてくれ。」
そう言ってロドリゴは立ち上がり、訓練所を出て行った。
「さあ好きなだけ飲めー。」
予約してあった店へロドリゴ・マリウス・ルイーシュと共に座っている。ルイーシュは少し斜め下を見て目を合わせないようにしている。このメンバーでの飲み会を楽しんでいないようだ。確かに隊のトップを居酒屋で酒を飲むなど、滅多にあることではない。料理は前もって頼んであったらしく、次から次へとテーブルを埋め尽くしていく。
ロドリゴはご機嫌で真人の隣に座っている。
「いやー、マサト。いっぱい食べろよ。お前はもっと強くなるぞ。」
かなり気に入られたようだ。円卓に並んだ料理をせっせと真人の皿にのせていく。
「あの、自分で取れますので。」
「気にするな!好きなだけ食べろよ。」
ガンガン飲み食いするロドリゴに少し引き気味になる。やっぱりルイーシュは目を合わさないようにちびちび飲んでいる。ロドリゴとルイーシュの間に座っているマリウスが突然朋美に話しかけてきた。
「あの時の短剣はまだ持っていますか?」
ロドリゴがマリウスを見る。
「あの短剣とは?」
「魔石を使い捨てする魔剣なんですよ。」
「君はそんな面白いものを持っているのか?どれ、見せてくれないか。」
ロドリゴは大きな手を朋美の前に差し出す。
「あれは今自分が解体に使ってます。トモさんは違う魔剣を持っているので。」
「違う魔剣?あれよりいいものかい?」
街の中なのでどちらも収納の中に入れている。2本とも取り出し、テーブルの上へ置く。鞘の飾りを見てすぐにマリウスが口を開く。
「黒の魔石が付いてるじゃないか!」
「武器屋の人が久しぶりの魔剣製作だからって付けてくれたんです。どうせ残り物だからって。」
ドルディンが作った魔剣よりそっちに興味があるマリウスは真っ先に手を伸ばす。そして柄の中にある魔石の色に気が付いた。
「オレンジの魔石!こんな高価なものが良く手に入ったものだね。」
「あ、それはゴールドロリポリの魔石です。」
3人は固まった。あっさりゴールドロリポリの名前が出てきたからだ。
「もしかしてと思うが、ゴールドロリポリを倒したのかな?」
「はい。随分と大きかったですけど。」
当然のように返事をしたことが3人には信じられなかった。
「あれは滅多にお目にかかれないそうじゃないですか。あれの殻で作った鎧はそれはそれは軽くて丈夫で・・・。」
ルイーシュは冒険者になりたかった言っていたから当然魔物の事は詳しい。
「あー、私もお目にかかってみたい!」
よほど悔しいのか、急にエールをがぶがぶ飲みお替りを注文した。ロドリゴとマリウスは魔石をまじまじと見ている。
「こんなに大きなオレンジの魔石は珍しいですよ。どれだけゴールドロリポリが大きかったか想像できます。武器職人が腕を振るうはずですね。」
そんなに凄いものとは思ってもいなかった。
「あ、そういえば一緒に行った冒険者の人がとても喜んでました。」
「え?もしかして1匹じゃなかったの?」
「はい。2匹だったので1匹ずつ分けました。」
「「ええー!?」」
「えっと・・・渡り人はラッキー数値が高いんですよ、きっと。」
あまりの驚き方に少しまずいと思ったのか、朋美はお決まりのセリフを言ってみた。




