春が来た
雪解け水が川に流れ込むようになってきた。こっちへ来て最初の春だ。そしてマリウスから手紙が来た。
「戻ってきた渡り人について噂話を入手したから来て欲しいって書いてあります。」
どんな情報でもいいと伝えてあったが、噂話で呼び出されるとは思ってもいなかった。
「せっかくだし行ってみましょう。ミヤコまで足を運んでもいいし。」
「そうですね。近いうちにそちらに伺いますと返事を書いておきますよ。」
手紙は訓練された鳥が定期的に飛んであちこちへ届けているので陸路より早く届く。ただシェスナはその路線にないので、手紙はグリージアまで出しに行かなければならない。
のんびり朝食を食べ終わり、ギルドへ向かう。朝一で依頼を受けた冒険者たちが出て行った後なので、ギルドは少し静かだった。2人はゆっくりと依頼を見て、よさそうなものを3件受けた。
「おはようございます。マサトさん、トモーミさん。」
ギルド職員のラナリアが声をかけてきた。彼女はリスデンのギルド職員リズの同期なのだそうだ。内容を確認しながら依頼書を渡す。」
「中々堅い依頼ばかりですね。マサトさんたちには物足りないんじゃないですか?」
「別に依頼は無理して受けるものでもないですからね。」
「そうですね。だから達成率100%なんですね。」
特に冒険者として名を成したいわけではないので、無理して依頼を受ける必要もない。今のランクがあれば十分生活していけるだけの依頼を受け続けることが出来る。
「私たち近々王都へ行くのですが、それに見合った依頼はありますか?」
王都で出された依頼でも職員に言えば受けることは出来る。ただ期限内に王都のギルドへ持って行くことが条件だが。
ラナリアは素早く依頼をチェックする。
「今のところないようです。もしあれば優先的に紹介しますね。」
お願いしますと言ってギルドを出た。
「ロマの先だとツェンから行った方が早そうですね。」
「そうね。それからロマに戻って馬車でグリージアへ行ってもよさそうね。でもその前にリルーディさんのところへお使いがないか聞いてみましょう。」
ツェンは小さな村なので買い物が不便なのだ。時々アーヤがこちらから色々買って持って行ってあげている。しかしアーヤ1人ではツェンに行くのは大変なので、依頼のついでに届け物があるなら持って行ってあげるようにしている。
「そうですね。それではアーヤさんのところに寄ってから行きましょう。」
「ああよかった。今からこれを届けに行こうと思っていたところだったの。今日は調合もしなければいけないから、とても助かるわ。」
そう言って肉と魚を受け取った。
「来週あたりから王都に行くので、ポーションをお願いできますか?」
「分かったわ。中級を4本でいいかしら。」
「そうですね。そのくらいあればいいです。」
すぐに注文伝票を書いている。
「明後日までには作っておくわ。」
そう言って2人を送り出してくれた。
荷物を届けてすぐに依頼の薬草や討伐に向かった。ブロンズとブラックの2人には難なくこなせる依頼だった。思ったより早く終わったので、ロマに行かずにツェン経由で帰ることにした。リルーディの家を訪ねるとコーヒーを入れてくれた。
「今朝はありがとう。ここにいると野菜は取れるけど、肉と魚はあまり食べられないからね。時々他の家にご馳走になることもあるけれど、いつもってわけにはいかないだろう。」
確かにそうだ。小さな村だとみんなが助け合って生活しているが、依存するわけにはいかない。
「以前はシェスナの今アーヤが住んでいるところにいらしたのですよね。」
「そうだね。あそこでメルフィラに調合の仕方を教えていたのさ。」
メルフィラの師匠でもあるから当然だ。しかし以前より気になっていたことがある。ずっと教えていたメルフィラを後継者にせず、後から来たアーヤを後継者にした件だ。
「あの、差し支えなければ教えて欲しいのですが・・・。」
思い切って聞いてみることにした。
「どうしてメルフィラさんじゃなくてアーヤを後継者にしたんですか?」
リルーディはしっかりと朋美を見つめ、そして答えた。
「メルフィラよりアーヤが優秀だったからさ。」
優秀な方を後継者にする。確かにその通りだ。
「でも元々はメルフィラさんを後継者にって育てていらしたのですよね。」
「そうだね。しかしアーヤはメルフィラが10年かかって覚えたことを2年で覚えてしまったからね。決してメルフィラが遅いわけではないのだけれど、あの子自身にも少し問題があってね。」
コーヒーを口にし、少し間を置く。
「メルフィラさん自身に問題がですか。」
「そうさ。あの子は治療薬よりも毒薬に興味があってね。そっちの研究ばかりするのさ。確かに必要なものかもしれないが、実はメルフィラは未だに高級ポーションが作れないんだよ。アーヤがこっちに来てもう4年半になるが、すでにアーヤの腕はメルフィラより上なのさ。」
やはり腕の問題だったようだ。
「アーヤさんはこちらに来て4年半ですか。」
「そうだね。私が見つけてこの家に連れて来たんだよ。」
「リルーディさんが見つけて連れてきた?」
意味が分からず聞いてみた。
「私が薬草を摘みに行った時に見つけたんだよ。川の中に落っこちてきたから慌てて岸に引き上げたのさ。気を失っていたから、そのままだと溺れ死んでたね。」
「それじゃあリルーディさんはアーヤさんの命の恩人なんですね。」
「まあそうだね。雪も降り始めていたから、引き上げてそのままにしていても凍えてしまうからね、そのままこの家に連れてきたんだよ。」
アーヤはいい人に助けられたのだ。
「ほら、あんたたちも外が暗くなる前に帰らないと。」
すっかり長居してしまった。また来ますと言ってツェンを後にした。
「自分たちもけっこう危険な場所に出たけど、川に出るパターンもあるんですね。異世界転移はランダムですね。」
「私は泳ぎが苦手だから、水の上に出なくてよかったわ。」
強化した足でスイスイ歩く。予定ではロマ経由でグリージアへ寄って依頼を達成してシェスナへ帰るはずだった。しかしツェンに寄ってリルーディのところで話し込んだのでグリージアへ寄れなくなったのだ。依頼の期日があるからいいけど、ない時は気をつけなといけない。明日は早めに家を出てグリージアへ行かなくてはいけなくなった。
「メルフィラさんとアーヤの関係って微妙ね。メルフィラさんがアーヤを嫌ってる気がしたけど、そんな事情があったからなのね。」
「そうですね。でもそれはそれ。自分たちには関係のない事ですから、あまり首を突っ込まない方がいいですよ。」
「そうね。あれ以来メルフィラさんとも会ってないし。」
そうだ、あれ以来マイには会ったがメルフィラには会っていない。元気にしているのだろうか。仕事の依頼を受けて一緒に行動しただけだと割り切ることにした。
「今日は小さな花かごで食事をして帰りませんか?帰ってから作ると遅くなるでしょう。」
「そうね。たまには外食もいいわね。」
そして帰りながら恒例のお風呂はどっちが先じゃんけんをするのであった。
「おや、久しぶりだね。」
フィフィーさんが声をかけてくれた。朝食は和食の日だけは必ず来るようにしていたが、家を借りてから晩御飯はあまり食べに来なくなったのだ。
「今日は天ぷらの盛り合わせだよ。」
フライじゃなくて天ぷらとは、中々いい日に来たものだ。2人ともそれを注文し、エールも一緒にお願いする。
「何の天ぷらかな。天ぷらって初めてだよね。」
「そうですね。天ぷらは家で中々しませんからね。」
先に届いたエールを飲む。
「はい、天ぷらお待たせ。」
野菜と魚の天ぷらが皿の上にたっぷり乗っている。
「これ、サヨリじゃない?」
「おや、あっちではサヨリって言うのかい?こっちではハヤリって言って、春を告げる魚なんだよ。この時期が旬なんだ。」
よく見るとタケノコもある。天つゆに大根おろしもついてきた。食卓もすっかり春だ。




