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こっちで元気にやってます  作者: 楠 螢
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これからの事

マリウスに呼ばれて警備隊へ来た。名前を伝えるとすぐに執務室へ通してもらえた。

「どうぞ掛けて。」

ペコリとお辞儀をしてソファーに腰を下ろす。マリウスも向かいの席に座る。

「色々と調べてみたけど、君たちが言っている渡り人はミアナ村に住んでいるカヨという女性の事かな?」

「名前は聞いていませんが、ミアナ村の女性です。」

「やっぱりそうか。49年前にこちらに渡ってきたようだ。当時の年齢が10歳でそのまま王都の孤児院に預けられたと記録されていたよ。」

「では一緒に渡ってきたというお婆さんの記録は?」

「残念ながらそれはなかったよ。」

「ないんですか!?」

声を荒立てて朋美は言う。

「そんなはずはないです。『帰ってきた』って言ったって聞いたんです。そんなはずないです!」

興奮する朋美を真人は落ち着かせている。

「考えられることは2つだ。1つはカヨの妄想でそんな人はいなくて、渡ってきたのは彼女1人だった。」

マリウスは人差し指を立てて1つ目の可能性を話す。朋美は首を振ってそんなことはないと小声で言い続けている。

次に中指を立てて2つ目の可能性を話す。

「もう1つは元々こちらの人だったから。『渡り人』としての記録がない。」

朋美も真人も動きが止まった。確かに元々こちらの人ならば『渡り人』として扱うのはおかしい。

「だとすればその人は誰なんですか?」

マリウスは席を立ち、呼び鈴を鳴らす。扉をノックしてメイドが入ってくる。

「お茶とお菓子を持ってきてくれ。」

メイドはお辞儀をして部屋の外に出ていく。それからしばらくして紅茶とクッキーを持って入ってきた。それをテーブルにセットし、お辞儀をして出て行った。

「そういえばこの前来た時にコーヒーは飲み物だって言っていたね。是非1度飲んでみたいものだ。」

そう言いながらクッキーを1枚食べる。紅茶を飲み、そして再び話し始めた。

「それに関しては記録が全くないのだ。そもそも渡って行った人の記録がないからね。」

渡って行った人の記録がない事は想定していたが、戻ってきた人の記録もないのは完全に当てが外れた。

「あっちに行っていた時の話をお芝居にしたとか、体験談が本になったとか、そんな話もないのですか?」

「ああ、全くないのだ。」

これでは降り出しに戻ったも同然だ。

「だからカヨの話は嘘で彼女は初めから1人だった。1人で渡ってきたカヨが寂しくて作りだした空想の人物だったという可能性も出てくるわけだ。」

「そ・・・んな・・・。」

朋美はショックで今にもソファーから崩れ落ちそうになった。そんな朋美を真人は支えている。

「まあ、カヨの話が本当ならばどこかに情報があるかもしれないが、可能性は限りなく低い。しかも当時老婆だったというならば、今存命の可能性もかなり低い。引き続き調べてはみるが、あまり期待はしないでもらえるかな。」

コンコンコン。扉をノックする音がする。

「ルイーシュです。」

「ああ、入れ。」

扉を開けてルイーシュが入ってくる。」

「ルイーシュ、マサトが会いに来てくれたよ。懐かしいだろう。」

マリウスはニコニコしながらルイーシュを手招きする。ルイーシュは少しバツの悪そうな顔をしながら、

「やあマサト。この前はすまなかったな。途中から記憶がなくって。」

「は?記憶がってなんだ?」

「いや、実は非番の日に偶然マサトと会って一緒に飲んだんです。でも自分飲み過ぎてしまって・・・。」

ルイーシュは頭をかきながらマリウスに報告する。

「なに―?もう一緒に飲んだのか!?マサト、私とも飲みに行くぞ!」

よほどリスデンでの食事会が楽しかったのか、マリウスは強引に飲み会の約束を取り付けた。真人は魂が抜けたような朋美を連れて宿へ戻って行った。


「トモさん大丈夫ですか。」

部屋に入り、椅子に座らせる。

「うん・・・ごめんね。暫く1人にしてくれない?」

一緒にいてやりたいが、それは無理だと理解している。真人は後ろ髪を引かれる思いで朋美の部屋を出た。

椅子から立ち上がり、ベッドにそのまま倒れ込む。枕に顔をうずめ拳を振り上げてベッドを叩く。

「どうして・・・ううう・・・。」

涙が枯れるまで泣き続けた。


真人は複雑な気持ちだった。戻れる方法が見つからなかったという事は、朋美はこの世界に留まらなければならないという事だ。真人の気持ちとしては嬉しいが、朋美の絶望感は計り知れない。兎に角今はそっとしてあげることが一番だと思ってはいるが、本当にそれでいいのかとさえ思う。

「トモさん本当に大丈夫かな・・・。」

この日は真人も宿から一歩も出ることなく過ごした。


「おはよう、真人。」

扉を叩く音がする。真人はまだ寝ていた。今朝は随分と早い。

「トモさんちょっと待って下さい。」

寝ぼけ眼でベッドから起きて鍵を開ける。

「開けました。どうぞ。」

扉を開けて部屋に入ろうとした時、真人が上は何も着ていないことに気が付く。

厚い胸板、綺麗に割れた腹筋。朋美は釘付けになった。思わず口に出た。

「凄いね、腹筋。」

その一言で真人は自分が上着を着ていないことに気が付く。

「わ、すみません!」

慌ててベッドサイドに置いている上着を着る。

「こんなに早く、どうしたんですか?」

朋美は部屋に入り、椅子の背もたれに手をかける。

「昨日あれから色々考えたの。」

真人は後ろを向いたまま聞いている。

そのまま背もたれを引き、椅子に座る。

「今まで必死になって帰る方法を探していたけど、気長に探すことにしたわ。きっと今までこっちに渡ってきた人も同じことを考えていたと思うの。ヒントを手に入れた人や試してみた人もいたと思うし。でも必死になってもすぐに見つかるものじゃないってことだけは分かったから、その・・・何ていうのかな・・・。」

上手く言葉が見つからない。振り返った真人は朋美の目が赤いのに気が付く。昨夜はかなり泣いたのだろう。

「少し早いけど朝ご飯を食べに行きましょう。晩御飯を食べていないから腹ペコですよ。」

朋美も急にお腹が空いてきた。

「うん、たくさん食べよう。」

椅子から立ち上がり部屋を出る。真人は少しうれしくなったが、出来るだけ顔に出さないようにした。扉に鍵をかけ、そのまま朋美に続いてレストランへ向かった。


宿泊についている朝食だけでは足りないと思い、もう1品注文をした。山盛りのサラダが出てきた。

「この野菜美味しいわね。人参っぽいけど甘みがあるわ。」

ポリポリと音と立てて食べている。

「こっちのコーンみたいなのは少し酸っぱいですよ。」

パンと一緒にスープを飲む。今日はヘルシーな朝食だ。

「手袋の仕上がりがあるのでもうしばらく王都にいなければなりませんが、トモさんはどうしますか?」

「どうするも何も、依頼を受けないといけないでしょ。」

冒険者家業をする気はあるようだ。

「とりあえず後1週間宿を取りましょう。依頼も出来るだけこの周辺で済むものにしましょうね。」

「遠出してもいいんじゃないの?情報収集も兼ねていると思えば。だってこっちにはあまり来ないと思うから。」

こっちには来ないという事は、一旦リスデンかシェスナへ戻ることを想定しているという事だ。

「部屋って私たちでも借りれるのかしら。」

朋美がポツリと呟く。

「手袋が出来上がったら、シェスナに戻って探してみますか?あそこなら仕事もそれなりにありましたから。」

その言葉を聞いて朋美も笑顔で答える。

「友達も出来たからね。」

そうだ、こっちへ来て最初の友達だ。これから沢山の初めてをトモさんと作っていこう。

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