マリウスの執務室にて
2人が宿に戻ると伝言が入っていた。マリウスからだ。言伝を聞いてくれたらしい。
明日警備隊の方へ来て欲しいとのことだ。
「よかったですね。少しは情報があるかもしれませんよ。でも期待しすぎるのはダメですよ。トモさんは感情が出やすいようですから。」
急に恥ずかしくなった。うんうんと頷いて急いで部屋へ行った。
泣くだけ泣いた後、抱きしめられた真人の腕の中の感触を思い出していた。
「あんな逞しい胸にしがみついていたなんて。」
改めて赤くなった顔を手で覆う。
「私・・私は・・・。」
朋美は真人に対する自分の感情を確認する。嫌いなはずはない。間違いなく自分は真人が好きだ。でも自分は帰ることを望み、真人は残ることを選んでいる。でももし帰る方法がなかったら・・・。”ううん、そんなことはない!”と首を横に振る。
「もう少しだけ、もう少しだけ今の距離を保っていたい。」
真人の気持ちに答えたくても答えられない朋美は、ずるいとは思うがこの距離だけを保つことにした。
翌日指定された時間より少し前に警備隊の詰め所に着いた。
「話は聞いています。さあどうぞ。」
昨日と違ってすんなり通された。元々朋美を連れてくる予定ではなかったが、昨日の件があるので離れないようにしようと連れてきた。
「やあマサト、よく来てくれたね。」
笑顔でマリウスが迎えてくれる。
「トモーミも久しぶり。」
椅子に座るように勧められた。
「マサトはブロンズに昇格したそうだね。おめでとう。ところでトモーミは他に何か魔法は覚えたかな?」
言われてドキリとした。全属性覚えましたとは言えないと思っていたら、わずかな表情を読み取ったマリウスがくすくすと笑いながら言ってきた。
「その様子だと何か覚えたね。」
タグに水は登録されているが、一般職員は見れないようになっている。しかし王室警備隊はギルドより格が上なので、おそらく見ることは出来るだろう。
「ああ、いいよ。それを知りたくて来てもらったわけじゃないからね。」
手を出し、それ以上話さなくていいとジェスチャーする。
「ところで王都まで来たという事は、何か用事があったのだろう。ついでにでも訪ねてくれて嬉しいよ。」
マリウスは機嫌よく話す。メイドが紅茶とクッキーを持ってきた。
「今街ではやっているお菓子なんだ。以前来た渡り人が伝えたレシピをアレンジして作ってあるものらしい。君たちには珍しくないかもしれないが。」
市松模様だ。チョコはこちらに来てみたことがないので、このこげ茶色は何だろうと思い一ついただいた。苦い味がした。
「これ、コーヒーですね。」
リルーディのところで飲んだコーヒーと同じ味がした。どうやらコーヒーでこのこげ茶色を出しているようだ。
「やはりコーヒーは知っているのだね。むこうでは普通に食べるのかい?」
「いえ、コーヒーは飲み物です。コーヒーの種を焙煎してそれを粉にしてお湯を注いで飲みます。確かに其れを食べることも出来ますが、一般的ではないですね。」
きっとこっちでは飲む習慣がないので、食料として利用しているのだろう。
「そうか。では今度試してみよう。」
新しいものが好きなようだ。糸電話といい、今日のコーヒーといい、知らないものを知っていくことが楽しみなようだ。
「実は今日はお願いがあってきたのです。可能であれば教えていただきたいのですが。」
真人の言葉にマリウスは真剣な顔をして身を乗り出だす。
「何を知りたいんだい?」
「なるほど、渡り人として渡った記録・・・か。それは多分無理だと思うね。いなくなることが珍しいわけでもないから気にも留めないだろう。しかし、渡った人が戻ってきたという話は聞いたことがない。その女性は50年前と言ったね。渡り人が来た記録はあるから、もしかしたらそっちに載っているかもしれないね。君たちに見せることは不可能だが、私が閲覧することは可能だと思うよ。わかった、調べてあげよう。」
その言葉に2人はほっとする。特に朋美は喜びが顔に出ている。
「トモーミはそんなに帰りたいのかい?」
マリウスが尋ねる。真人が聞けなかったことだ。自然と真人は朋美を見る。
「はい。私の家は母が亡くなり父と2人暮らしだったんです。突然私がいなくなって、父は探していると思うので。」
やはり父親の事を気にしている。
「でもこちらではそういう家庭も多いよ。それでもみんなそれを受け入れて生活している。以前こちらに来た渡り人もそうやって生活してきた。」
朋美は手をぎゅっと握って絞り出すような声で言う。
「でも、もし戻れる方法があるのなら私は戻りたいのです。」
「まあ、その気持ちを否定するつもりはないよ。でもどうしても?マサトも同じかい?」
2人が真人を見る。
「いえ、自分は残ります。こちらで生きていくつもりです。」
その答えにマリウスは満足そうな顔をする。
「いつでも言ってくれれば推薦するよ。」
そう言って紅茶を飲み始めた。
「すぐに調べられるか分からないよ。どのくらい王都にいる予定かな?」
「宿は一週間取っていますが、こちらでも調べるのでもう少し延長する予定です。依頼も受けたいですし。」
「警備隊の受付に定期的に連絡をくれないか?こちらからも宿に伝言を入れるようにしよう。」
とてもありがたい。お礼を言ってマリウスの部屋を後にした。
警備隊の廊下を歩きながら、朋美は真人に尋ねる。
「仕事をするの?」
「ええ。手袋の作成を依頼していますし、少しは収入を得ないと王都は物価が高いですからね。すぐに手持ちが無くなってしまいます。」
「私も一緒に依頼を受けた方がいいかしら?」
「特にすることがなければお願いしたいです。」
「公園で声掛けしても思ったほど情報は集まらなかったものね。うん、私も一緒に依頼を受けるわ。2人でこなせば早く終わるもの。」
王室警備隊を出て、そのままギルドへ向かった。
「トモさんは先に移動の手続きをして下さい。そうしないと依頼が受けられないので。」
「え、真人はもう済ませてるの?」
「はい。自分は移動してきた日に済ませました。」
「もうこっちで生きていくと決めているから、その辺の手続きはきちんとしているのね。」
「はい。死活問題ですから。」
自分はお客さん気分だから、その辺は考えてなかった。受付で手続きを済ませ、一緒に受けられる依頼を探す。
「あまり遠出は出来ないので、これはよさそうですね。」
「こっちの依頼も報酬がいいわよ。数はちょっと多いけど。」
朋美の収納が大きいからそのあたりは関係ない。
「それじゃあこれとそれは受けましょう。」
依頼の受諾をし、受付カウンターへ行く。
「あ、この依頼を受けて下さるのですね。それでしたら同じ依頼も受けていただけませんか?やはりこの数なので中々受けていただけるパーティがいないのですよ。」
数違いで同じ内容の依頼をもう1つ受けた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
どの依頼も王都の南にある洞窟の中が採取場所らしい。
「スマホのライトが使えるわ。私の雷魔法で充電ができたのよ。」
「トモさんも中々器用なことをしますね。」
「もし電波が繋がったら連絡したくてやってみたの。」
「それじゃあ今から行ってみますか。」
そのまま南門へ向かった。南門は王城から一番近い。それを横目に見ながら歩いていく。
「すごい大きなお城ね。あそこに王族が住んでるのね。私たちには縁がないけど。」
朋美はそんなことを言いながら歩いている。時々警備隊の人たちが巡回している。
「トモさんが使える魔法を暴露したらあそこに住めるかもしれませんよ。」
真人が耳元で言う。
「嫌よ!絶対に。」
朋美は怒って速足で歩いていく。
「冗談ですよ。」
その後を真人が追いかけていく。それが面白くて朋美は走り出した。
マリウスは執務室から出て、戸籍課の渡り人の記録がある部署へ行ってみた。
「閲覧は出来まるかな?」
「どのようなものが必要でしょうか。」
マリウスはそこそこの権限があるらしく、閲覧は簡単にできるようだ。
「50年ほど前の記録が見たい。その前後の物も合わせて持ってきてもらえるかな。」
「かしこまりました。揃えてお持ちします。」
「それと、こちらから渡った人の記録というものはあるのかな?」
「さすがにそれはございません。」
「そうか、ありがとう。ではよろしく頼む。」
そのまま執務室へ戻る。最近電話の件で研究機関へ行くことが多く、肝心な仕事が溜まっていた。
「ルイーシュ達に随分と仕事を押し付けてしまったな。そう言えば、ルイーシュもマサトに会いたかったのではないかな。次に会うときは呼んでやろう。」
すでに一緒に飲んでいるとは知らないマリウスは、こっそりサプライズを計画するのであった。
しばらくして戸籍課の職員が2冊の本を持ってきた。
「こちらが王歴841~50年でこちらが851~60年までの物です。」
「ありがとう。いつまで借りておけるかな?」
「明後日までは大丈夫です。こちらにサインをお願いします。」
貸出の書類にサインをする。職員は深々とお辞儀をして部屋を出て行った。
「さてと、古い方から見ていくか。」
パラパラと841~からの記録書を見始めた。




