赤ちゃんの記憶?
翌朝は早く目が覚めた。しかし馬車で行くと言っていたので、部屋で大人しく待つことにした。早く行っても馬車は出発しないからだ。
「遠足の日の子供みたい。」
独り言を言いながらカップに水を入れて飲む。
「あれ?外で音がする。」
椅子から立ちあがり窓へ向かう。
「あ・・・。」
窓を叩く雨音が聞こえる。しかも本格的だ。この世界には傘がない。人々は雨の日はほとんど外に出ず、出かける時は濡れてもいいマントを着ている。
「傘、売らなきゃよかったかな。」
ちょっとだけ後悔する。その時扉を叩く音が聞こえた。
「真人です。起きてますか?」
鍵を開け、扉を開ける。
「起きてるわ。雨が降ってるわね。」
「ええ。結構本格的ですね。定期馬車、怪しいですよ。」
屋根付きの馬車でも乗る人が少ないと欠便するという。
「歩けばびしょ濡れよね。風邪をひくかもしれないわよね。」
冬の雨にうたれてびしょ濡れになれば風邪をひかないはずはない。諦めてもう1泊することにした。
いざ1日延泊しても雨なので外に出ることも出来ない。真人は部屋で自主トレをするのだという。
「私も魔法のトレーニングしようかな。」
今日は何の日だったっけと考えながら魔力を練る。今使えるのは雷系、火系、水系の3つだ。まだ風系は使えていない。癒しの魔法はあの日以外に使えていない。
「ギルドに報告はしてないけど、黙っていていいわよね。」
水系、特に氷まで使えるようになったことをタグ上は秘匿にしてあるが、火系を使えるようになったとわかると貴族から声がかかるのは免れない。兎に角ばれるまでは黙っていることにした。
「風が使えると汚れを落とす魔法が使えて便利だと真人が言ってたわね。今更だけど覚えたら便利よね。」
両手を前に出し、掌を上に向ける。風をイメージして魔力を流す。両手の間に小さなつむじ風がおこる。
「出来た・・・。」
やっぱり自分のレベルの問題だったようだ。魔力の微調整も出来るほどレベルが上がったのだ。渡り人のチート能力なら出来ると思った。まだ細かいコントロールは出来そうにないが、いざとなったら思いっきり魔力を放出させれば魔物と出会った時も距離を稼ぐことは出来そうだ。
「エアカッターみたいに相手を風の力で切ったりすることが出来るようになればいいんだけどな。」
ここでやると備品を壊しそうなので止めた。やっぱり暇だ。早く明日になればいいのにと昼寝をすることにした。
暗い部屋の中にいる。誰かが泣いている声がする。声がする方を見ると、背中を丸めて声を殺して泣いている女性が見える。
頭を上げ、涙を拭きこっちへ来る。
「トモちゃん起きたの?すぐミルクにするね。」
顔にはもやがかかっていて見えない。ミルクという事は、私は赤ちゃんなのか?
しばらくすると女性は哺乳瓶を持ってきた。ベッドから私を抱きかかえミルクを飲ませてくれる。
「いい子ね、トモちゃん。いっぱい飲んで大きくなってね。」
優しく語りかけてくれる。遠くから鍵を開ける音が聞こえる。ガチャン。扉を開けて誰かが入ってくる。
「お帰りなさい。今朋美にミルクを上げているから夕飯は少し待ってて。」
女性はそう言って私にミルクを飲ませている。
「家に一日中いてお前は食事の支度も出来ないのか?」
男性が女性にきつく言う。
「ごめんなさい・・・。」
女性の声のトーンが下がった。男性はネクタイを外し、鞄と一緒に床に投げる。
「先に風呂に入るから、その間に支度をしろよ。」
男性は私たちがいる部屋から出て行った。
「ごめんね、トモちゃん。」
女性は優しく頭をなでる。お腹がいっぱいになったからか、段々女性の姿が見えなくなってきた。暖かい手の感触だけが残っている。
目を開けると天井が見える。頬が濡れている気がして手をあてて確認みる。
「あれ?どうしたんだろう・・・。」
どうやら涙が流れていたようだ。
「あれは何だったんだろう。赤ちゃんの頃の記憶?ううん、そんなはずない。お父さんはあんな酷いことを言うような人じゃないわ。それじゃああれは誰?」
しばらく考えたが分からない。体を起こし、ベッドに座る。
「ただの夢よ。」
ただの夢にしてはリアルだった。
「もう!」
再びベッドに横になる。ごろごろ左右に動いてみる。
「ああ、もう!」
ベッドから飛び起きる。どうしようもなくむしゃくしゃする。
朋美は部屋を出て真人の部屋をノックする。
「はい。どなたですか。」
「私、朋美です。」
「あ、少し待って下さい。」
ちょっとだけ待つと真人が扉を開けてくれた。
「どうぞ。さっきまで体を動かしてたもので。」
シャワーを浴びたばかりの真人が出迎えてくれた。Tシャツの上からでも鍛えられた筋肉がはっきりわかる。濡れた髪がちょっとセクシーだ。
「あ、あのね、大したことじゃないんだけど・・・。」
部屋に入る。真人はすぐに椅子を出してくれた。朋美は椅子に座り、真人はベッドに腰を下ろす。
「真人の両親って仲は良かったの?」
いきなりの質問に真人はびっくりした顔をする。
「ほら、前に話してくれたでしょ。弟さんが生まれる前は仲が良かったのかなと思って。」
真人は困った顔をした。
「その質問だと弟が生まれてから仲が悪くなったように聞こえますね。」
少し機嫌が悪くなった。
「あ、そんなつもりで言ったんじゃないの。その・・・夢を見たんだけどね。」
朋美は夢の話をする。
「そんな夢を見るってことは、何か気になることがあったのですか?」
気になることがないわけでもない。
「以前キャンプした時にも変な夢を見たの。あの時の感覚と似ているわ。」
その時の夢の話もする。
「そんなことがあったんですか。でも残念ながら自分には分からないですね。アーヤさんならわかるかもしれませんね。確か子供さんがいらしたのですよね。」
そうかもしれない。でもアーヤに会う前にあっちに戻れるかもしれない。
「わかんないなー。母親の事は全く記憶にないのよね。だって私が1歳にもならない時に亡くなってるから。」
「その・・・気を悪くしないで下さい。トモさんのお母さんってどうして亡くなったんですか?」
ちょっと間をおいて答える。
「自殺したの。」
「え?自殺ですか。あの・・・すみません。」
「ううん、真人が謝るようなことじゃないわよ。」
申し訳なさそうにする真人に声をかける。
「もしかしたら、お母さんの自殺の原因に関係あるのではないでしょうか。」
母の自殺の原因?そういえばこっちに来る前にちょっとだけ聞いたけど、原因なんて聞かなかったな。
「どうして母は自殺なんてしたんだろう。あの日私は橋の上に置き去りにされたって・・・。」
「置き去りですか?」
真人はそれこそ聞いてはいけないことを聞いてしまったと思った。気まずそうな顔をする真人に、朋美は父から聞いた話をした。
「それってもしかして、心中するつもりだったのではないでしょうか。それで何かがあって思いとどまってトモさんを置いていった・・・とか。」
父から話を聞いた時はそんなこと思いもしなかった。ただただ残された父が可哀そうに思えただけだ。
「そうか。その可能性もあるのか。母は私を連れていこうとした。でも連れていけなかった。」
何の為に?どうして思いとどまった?本人がいないから分からない。これ以上考えても仕方がないのでこの話は終わることにした。
真人は立ち上がり窓を開けた。
「雨、止んだみたいですね。」
私も立ち上がり真人の隣へ行く。綺麗な虹がかかっている。
「こっちでも虹は同じだね。」
「ええ、綺麗ですね。」
明日は出発できそうだ。
今日は雲一つないいい天気だ。昨日の雨が雲をすべて持って行ったようだ。馬車は昨日足止めを食らった人たちが多いので抽選だという。
「どうしますか?馬車は検問が楽ですが。」
朝食を食べながら真人が言う。
「でも出発まで1時間もあるんでしょう?歩いた方が早いかもね。」
「そうですね。昨日動いていないから今日は体を動かしたいですしね。」
抽選で外れたら次の馬車を待たなければならない。それも外れたら次の馬車・・・下手をするとまた泊まることになるかもしれない。
「それじゃあ出かける準備しなきゃね。ここのパンはまあまあいけるから買ってくるわね。」
昼食用のパンを購入する。道中現地調達も出来るが、主食は難しいので買っておく。収納の中だと腐らないからありがたい。念のため3食分を購入する。
チェックアウトをする為に受付に行く。朋美は何か頼みごとをしている。
「何を頼んだのですか?」
「アーヤさんに手紙を書いたの。可能性が0に近いから諦めたって言ってたけど、帰れる方法が見つかったら気が変わるかもしれないでしょ。」
「そうかもしれませんね。それじゃあ行きましょうか。」
宿を出て西門へ向かう。入れ違いでマイたちのパーティが帰ってきた。
「おや、昨日出発しなかったの?」
「雨で出られなかったんですよ。」
「そうなんだー。こっちは洞窟の中だったから分からなかったけど。そんなに降ったのね。」
みんな疲れた顔をしている。長話はせずに手を振って別れた。
西門で外に出る手続きをする。私たちは王都のある領に向かって歩き始めた。




