帰らないという事
あれから1時間ほど歩いてロマに着いた。丁度ギルドが開く時間になったので寄ってみた。収納に入っているもので依頼にあれば売るためだ。
「これとこれは売れますね。こっちは数が足りないか。」
随分と慣れてきたようだ。画面をさっさと操作し、受諾のボタンを押していく。
「トモさん、お願いします。」
カウンターに依頼の物を出す。
「解体済みですね。こっちは薬草ですね。査定しますのでお待ち下さい。」
待っている間、私と真人は地図を見る。
「次はミューズ領のマストですね。多分馬車が出ていると思うので、今日中に着けるなら移動しますか?」
ドキッとする。もうオレイン領を出てミューズ領に入る。王都はその次だ。別れが近づいている。答えられない。うつむいてしまった。査定が終わりましたと聞こえたのですぐにカウンターへ行く。
「状態がいいのでこの金額になります。」
依頼に書いてあった金額より多かった。
「ありがとうございます。」
真人のカードに入金する。
「すみません、トモさん。自分収納バッグを買わないといけないので。」
そうだ。私がいなくなると収納も無くなる。真人は1人でなんでもしなければいけないのだ。
「き、気にしないで。ほら、いざ帰るとなったら私のカードに入っているお金も全部出すから。だって持って帰っても使えないでしょ。」
顔を引きつらせながらそう言った。
買い物を済ませ、馬車乗り場へ行った。マスト行の馬車は出る前だ。やはり1日かかるそうだが、宿泊が検問所という事でテントを張る必要はないようだ。
「乗りますか。」
何事もなかったように真人が言う。
「ああでも・・・今日は宿屋のベッドでゆっくり寝るのもいいわよ。」
思わず口にしてしまった。まるで帰りたくないみたいではないか。
「それじゃあマストに着いて宿をとりましょう。ちょっといい部屋にしましょうね。」
そう言って真人はさっさと馬車へ乗る手続きをしてしまった。
山道ではないので馬車が大きい。20人くらい乗れるのだろうか。ほぼ満席で馬車は出発した。ガタゴトと揺れる。お尻にダイレクトに揺れが伝わってくる。私はクッションを買っていたのを思い出した。
「真人、これ。」
収納から取り出す。
「ありがとうございます。」
2人でお尻の下にクッションを敷いた。そんなにふかふかしたものではないが、振動が半減し少し快適になった。
宿泊は簡易ベッドでグループごとの部屋だった。
「自分はストレッチもかねて少し狩りをしてきます。トモさんはゆっくりしていて下さい。」
そう言って真人はさっさと外に行ってしまった。もうソロで活動する準備なのだろうか。自分がいらないと言われたみたいで悲しかった。
「私も少し行こうかな・・・。」
夕陽が沈みかけた空は逢魔が時のようだ。何か起こらなければいいがと付近を歩いてみる。検問所の側は綺麗に刈り取られているが、少し進むと背丈の長い草の茂った草原があった。もうほとんど枯れていて、茶色い薄のようなものが風に揺れていた。胸程の高さのある草では敵がいても気が付かない。朋美は短剣を取り出し、草を切りながら進んで行った。
カサカサ・・・。草を切る音に反応したのか、何かが近づいてきた。朋美は音のする方向へ短剣を構えて立った。だんだん音が近づいてくる。
何だろう。この寒さなら爬虫類は冬眠しているはず・・・。でもこっちの爬虫類もそうだとは限らないわよね。虫かしら?それとも・・・。
「クワー!」
突然1羽の鶏が飛び出してきた。慌てて短剣を振った。鶏は短剣を足で蹴り、草むらの中へ消えた。
「違う・・・尻尾がヘビ・・・。あれはコカトリスだ。」
毒持だ。用心しなければ。私が知っている鶏の1.5倍はあるコカトリス。その大きさでも草むらの中に上手に隠れる。風が吹いて枯れ草がカサカサと音を立てる。その音に紛れてコカトリスは近づいてきた。
「くらえ、稲妻!」
自分の周りに稲妻を落とした。手ごたえがない。コカトリスはその範囲から出たようだ。感知が出来ない私には敵の場所を見つけるのは困難だ。
「ええい!こうしちゃえ。」
自分の周りに炎を出し、周りの草を焼き払った。丈の長い草原の中に広いサークルが出来た。
「さあ、これならよく見えるわ。出てきなさい、にわとりちゃん。」
右手に短剣を持ち、左手で魔法を放つ準備をする。なかなか出てこない。もういなくなったのかと思ったとき、
「グエー。」
締め上げられた声がする。驚いて声のする方を見る。
「トモさん、来てたのですか。」
コカトリスの首を掴んだ真人がいた。ぐったりと垂れた頭はもう動かない。よく見ると左手には3羽のコカトリスを持っている。しかも私が相手にしていたものより大きい。私は短剣を仕舞い真人の元へ駆け寄る。
「うん、私もちょっと運動しようかなーと思って。」
真人を追いかけてきたとは言えなかった。帰りたい私に帰る気がない真人を付き合わせているのに、その上何を彼に求めているのだろう。
「収納しておくよ。」
「お願いします。」
差し出されたコカトリスをそのまま収納へ突っ込んだ。
翌朝馬車は定刻に出発した。このままいけばマストには8時過ぎには着くという。途中通り雨にあったが、幌馬車だったので濡れることはなかった。
「皆さんお疲れ様でした。」
無事マストへ着いた。皆順番に馬車を降りていく。真人は先に降り、私に手を貸してくれた。
「ありがとう。」
「先にギルドへ向かっていいですか?」
ダメな理由などない。
「ええ、行きましょう。」
町の中の案内図を見てギルドの位置を確認する。
「こっちのようですね。」
歩き始めた真人の後ろをついて行った。
いつものようにブースで依頼を確認する。随分と慣れたものだ。マイさんと同じくらいのスピードで依頼を確認している。
「コカトリスの依頼がありました。出してもらってもいいですか。」
2人でカウンターへ行き、依頼書とコカトリスを出す。すぐに査定をしてもらえた。
「マサト・エンドーさんですね。指名依頼があるので奥へ来て下さい。」
真人は意外そうな顔をする。
「自分にですか?」
「はい、そうです。パートナーの方も一緒にどうぞ。」
「急ぎの依頼でしょうか?」
「そうですね。どちらかというと。」
真人は困ったような顔をする。
「私の事は気にしなくていいわ。さあ、話を聞きに行きましょう。」
ギルド職員に案内されて個室に入る。
部屋でしばらく待っていると、熊のような体格の男性が扉を開けて入ってきた。
「お待たせ。君がマサト・エンドーか。私はここのギルドマスターのグズロフだ。」
そのまま向かいの席にドスンと腰を下ろす。
「各ギルドに武闘タイプの冒険者の照合をしたら、リスデンのギルドマスターが君を推薦してね。あちこち旅をしていると聞いたのでこちらへ来てもらおうと思っていたところだったのだよ。いやぁ、君の方から来てくれて助かったよ。」
真人はちらっと朋美を見る。
「それで自分への指名依頼とは何でしょうか。」
グズロフはテーブルの上に地図を広げる。
「ここがマストの町。ここにリューロー山脈がある。」
マストの町を指さし、それを北の方へずらす。
「この山脈にイエティがいて、それを討伐してきて欲しいのだ。」
「自分にですか?」
「そうだ。イエティは何故か魔法攻撃が一切効かない。長くて硬い体毛のせいか剣で攻撃しても毛を切り落とすのが精一杯で本体まで届かないのだ。でも打撃はいくらか効いているらしく、今まで討伐できたのは武闘タイプだけなのだ。」
「それで自分ですか。でもそれならもっと上のランクの冒険者で対応してもいいのではないでしょうか?」
「それもそうなのだが、今ブロンズ以上の武闘タイプの冒険者は数が少ない上にみんな出払っていてしばらく戻って来ないのだ。」
どこに出払っているのか知らないが、その言い方だと実質自分より上の武闘タイプは今この国にはいないという事だ。
「報酬は1体に付金貨6枚だ。何体討伐しても構わない。出来れば早いうちにお願いしたい。本格的な冬が来ると近隣の村にも被害が出るかもしれないからな。」
そんなことを聞くと今すぐ行きますと言いそうになる。でも今はトモさんを帰すことが優先だ。
「あの、討伐したイエティの討伐証明はどの部位でしょうか?」
朋美が口をはさむ。
「出来ればそのものを持ってきて欲しい。討伐したら狼煙を上げてもらえば引き取りに行かせるから・・・」
「私の収納ならきっと入ります。私も同行させて下さい。」
グズロフは前のめりになって朋美を見る。
「君のタイプは?」
「魔導士・魔法剣士です。」
それを聞いて体を後ろにそらした。
「はぁ、聞いていなかったのかな?魔法は一切効かないのだから、君では足手まといだ。」
「でも私は収納持ちです。彼の荷物は全て私が持ちます。ポーションや食事も私の収納なら全部入ります。戦闘時は邪魔にならないところに避難しますから。」
グズロフは真人を見る。真人に決めてもらおうという事だ。
「同行をお願いします。安全に配慮しますので。」
「わかった。私は君に依頼をしたのだ。誰を連れていこうが君の自由だ。ただし報酬は君にしか出さないぞ。」
「はい。イエティ1体に付金貨6枚ですから、それをどう分けようとそれもこちらの自由ですよね。」
真人はにやりと笑った。
「ああ、そういう事だ。」
グズロフもにやりと笑う。
ギルドを出て真人が言う。
「すみませんトモさん。早く王都に行かなければならないのに。」
「いいわよ。そんなに急がなくても大丈夫よ。それに今日はちょっといい部屋に泊まってゆっくりするんでしょ。英気を養わないと。ふかふかのベッド、楽しみだわ。フフフ。」
スキップしたい気持ちを抑えて宿屋へ向かった。
マストの町で2番目にいい宿屋にした。明日から雪山でキャンプをするから、今だけは少しでもリッチな気分を味わうためだ。流石に一番いい宿は高すぎて無理だったのだ。
「うわー、眺めのいい部屋。あれが明日行くリューロー山脈か。」
部屋の窓から北側の景色がよく見える。真っ白に雪化粧をした山は遠くから見ると兎に角綺麗だ。
「あの山にイエティがいるのね。家族単位で群れを成して暮らしているっていうから、1体だけっていうのはきっと難しいわよね。」
扉をノックして真人が入ってきた。
「わあ、すごいですね。あれがリューロー山脈ですか。」
窓際へ行き、山を見つめている。
「自分の部屋は西側の湖が見えますよ。」
「湖があるの?」
「はい。ミューズ領は中心に大きな湖がるのですよ。その周りに町があるんです。」
手書きの地図を広げながら言う。
「リューロー山脈のふもとには集落がいくつかあるようです。そこで情報収集をして山へ入るのがいいでしょうね。」
「何泊分準備すればいいかしら。雪山だと食料調達も厳しいわよね。」
「はい。最低3日分は必要だと思います。余裕をもって5日分ですね。」
「わかったわ。早速買いに行きましょう。」
後で真人の部屋から湖を見せてもらう約束をして、街へ買い物に出かけた。




